09 館に戻って
あまりにあっさりと話がまとまったので、
「王位を奪うというのはこれほどすんなりと話がまとまるものであったろうか。不思議なものだ」
と帰りの馬車の中でヴァミリオラに言ったら、なぜかすごく可哀想な目で見られた。
「貴方にとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、マルダンフ侯爵だけでなく、上位貴族は貴方に一度命を救われているのよ」
「そんな覚えは……ああ、『立太子の儀』のことか」
「そうよ。だから侯爵はすでに二度貴方に命を救われているの。さらに貴方は魔族の大軍をほぼ無傷で退け、教皇や聖女にも認められた『蒼月の魔剣士』。領地での評判も悪くないどころか、最近はブラウモント領はいい話しか聞かないわ。むしろここで王家の血にこだわるような無能は貴族なんてやってもらっても困るくらいね」
「それは貴族制自体を否定しかねない考えではないのか?」
「だからこそ我々は貴族たるべく切磋琢磨するのでしょう? 血がすべてなんて考えは退廃の道標でしかないわ」
「一理あるな」
などというやり取りの後、ヴァミリオラを領地に帰し、俺もまた公爵領へと戻った。
「お父様、お帰りなさいませ。お話し合いはお父様のお考え通りに進んだのですね」
執務室に戻ると、フォルシーナが席から立ち上がって、微笑みながら迎えてくれる。
「うむ、関係貴族は全員説得できそうだ。後は私自身が更なる力をつけるだけなのだが、その時はまたしばらく館を空けねばならぬ。ゆえに領内のことはお前に頼ることになろう」
「お任せください、と言いたいのですが、お父様とともに行くことはできないのでしょうか?」
「少しばかり危険な場所なのでな。まだお前の力では連れてはゆけぬ」
「そうですか……。まだお父様の隣に立つには力が足りないのですね」
一転して寂しそうな顔をするフォルシーナ。さすがにそういう表情をされると俺の父親としての部分が刺激される。
「そういうわけではないが、少し特殊な場所なのでな。今回の一件が片付いたら再びともに旅をしよう。その時はお前の魔導師としての力をあてにさせてもらうぞ」
「本当ですかお父様!? はい、その時は是非ご一緒にまた旅をしたく思います。先日の大森林探索はとても楽しかったので!」
そう力を込めて言うフォルシーナの笑顔に屈託はない。やはりメインヒロインだけあって、ゲーム通りの冒険の旅に居心地のよさを感じるのだろうか。
まあどちらにしろ今回の王位簒奪ムーブが終わったら、ゲーム通り魔族領へと向かったり未開拓地へ向かう場面は必ず出てくる。もし俺が王になったとしてそんな簡単に旅に出ていいのかという気もするが、『転移魔法』があれば大丈夫だろう。ゲームでも王になったロークスは平気でヒロイン達と旅に出ていたしな。
フォルシーナと共に執務机につくと、ツクヨミが立ち上がって俺の前に立った。
「マスター、報告があります」
「聞こう」
「研究所に侵入した一団は、『試作機1号』を鹵獲し研究所外へ持ち出しました。一団はそのまま立ち去った模様です」
「すると王都へ『試作機1号』が届くのは早くても3日後になるか。私もそれに合わせて王都に行くとしよう。他に動きはあるか?」
「『転移の魔道具』がいくつか新たに設置されました。こちらの場所になります」
そう言うと、ツクヨミは大判の地図を執務机の上に広げた。それはなんとツクヨミの手描きの地図であった。ただしまだ遺跡の捜査範囲が狭いためか、王国全土までは描かれてはいない。
ツクヨミが示したのは、王都直轄領とブラウモント領の境に一か所、同じく直轄領とローテローザ領の境に一か所、それとゲントロノフ領の領都に一か所だった。
なるほど、向こうはすでに対立も視野に入れ、軍をこちらの領地近くに転移させることまで考えているということか。
とすると、ロークスがフォルシーナやアミュエリザを差し出せと言い出したのは、こちらが離反することを狙ってのことなのかもしれない。普通に考えれば今の王家とゲントロノフ公の軍に俺とヴァミリオラ2公爵を相手にできる十分な戦力はない。ただ今回手に入れた遺跡の古代兵器と、魔導師団団長レギルの禁断の魔法『ソウルバーストボム』、そして魔族の四至将ミルラエルザの力、そして王室派の貴族の戦力をあてにするならば、彼らが勝てると考えるのはむしろ当然かもしれない。
「非常に有益な情報だ。すぐに対処しよう。ツクヨミは優秀だな」
俺がそう言うと、ツクヨミは首をかしげたあと、「ありがとうございますマスター」と答えた。
その動作が可愛らしく、しかもツクヨミは見た目10歳の少女なので、俺はついその頭をなでてしまった。今気づいたが、ツクヨミはなんとなく雰囲気が前世の姪に似ている気がする。
「マスター、この行為にはどのような意味があるのでしょうか?」
「これは子どもを褒める時の動作だ。今回のツクヨミの働きに対しての評価、ということになろうか」
「理解いたしました。お褒めいただきありがとうございますマスター」
頭を下げて一礼するツクヨミ。俺の直感がそれを好感度アップ動作だと判断する。
「うむ。よし、では早速ドルトンに対応を頼むか」
俺は公爵なのでドルトンを執務室に呼んでもいいのだが、そろそろ『精霊の祝福』の効果も切れそうだ。練兵場に行くついでに泉にも寄って『大精霊』イヴリシアにも会ってこよう。
俺は立ち上がり、フォルシーナに後を頼もうとした。のだが、
「……どうしたフォルシーナ。なにか気に障ることでもあったのか?」
そこで拗ねたような目で俺を見ているフォルシーナに気付いてしまった。
「いえ。お父様はツクヨミのことを頼りにしているのだと思っただけです」
「彼女は我々が知り得ない情報まで収集できるからな。我々にとって重要な存在であるのは確かだ。お前もツクヨミの能力はしっかりと把握しておかねばならんぞ」
「それはわかっていますが……それでは私が必要なくなってしまうのではありませんか?」
どうもフォルシーナが父の愛情を信じられるようになるまでにはまだまだ時間が必要なようだ。
「フォルシーナよ。私がお前を必要とするのは、その能力によってではない。お前がお前であるからこそ、私はお前を必要とするのだ。それは理解してくれ」
俺が頭をなでてやりながらそう言い聞かせると、フォルシーナは俺の手を取って胸に抱いて、ようやく安心したような顔になった。
「ありがとうございますお父様。お父様のお力を間近で見ていると、私は本当にお父様の力になれるのか不安になってしまうのです」
「お前が側にいるだけで私には力になる。無論お前の力が足りぬということもない。安心して自分のなすべきことをなしなさい」
「はいお父様。私のなすべきこと……自ら力をつけ、お父様のお手伝いをし、そしてお父様の跡継ぎを産むこと、ですね」
「跡継ぎのことは今は考えずともよい。その前に片付けねばならぬことが山積しているゆえな」
「はい、わかっております。まずはお父様がこの国の王になることが先ですから」
そう言うフォルシーナの微笑みには、微妙に『氷の令嬢』のような、それとも違うような、得体の知れない含みがあるように見えた。
う~ん、やっぱり俺が王位を奪うルートってなにか罠があるんじゃないだろうか。
ぼんやりとした不安を持ったまま、俺は執務室を後にしたのであった。




