08 説得されたのは……?
「マリアンロッテ様はご存命だったのですか!?」
俺の言葉を聞いて、マルダンフ侯爵はわずかに腰を上げた。
「うむ。私が保護している。彼女は随分と大変な目に遭われたようだ」
「でしょうな。しかし安心をいたしました。マリアンロッテ様の扱いについては我々も気を揉んでいたところでしたので」
「やはり卿らから見ても気になることがあったのだな?」
「……はい。これは使用人たちから聞いた話ではあるのですが、国王陛下は近くの者に打擲を加えることも多く、しかも女性にはその……口にするのもはばかられることもなさることがあり……」
言いづらそうに眉を寄せて目をつぶる侯爵。
俺の隣でヴァミリオラがふぅ、と怒りを鎮めるように息を吐きだす。
「マリアンロッテはあの色ボケ王から逃げ出してきて本当に正解だったわね。聞けば聞くほど救いのない男のよう」
「ローテローザ公爵様のお気持ちもお察しいたします。我々も何度もお諫めしたのですが、聞き入れてはいただけませんでした」
「それどころか魔族と内通しているなんて罪を作り上げて家ごと取り潰そうとするのだから、王としての資質など論ずるまでもないわね」
「……」
ヴァミリオラの言葉は容赦がないが、マルダンフ侯爵もわずかにうなずいたようだ。
俺は話を続けた。
「ところで卿自身も王を糾弾できるような材料を持っているのではないか? 例えば国庫の私的な流用などだ」
「……そうですな。我らに罪を被せようとしたのも、それを指摘したのが理由の一つのようですので。ところで先におっしゃられた、国王陛下の背後に魔族がいるというお話は真なのでしょうか?」
「これは私が直接確認した。王の秘書官にラエルザという者がいるが、あれがそうだ」
「なんと……!?」
これにはマルダンフ侯爵も今日一番に驚いたようで、大きく目を見開いた。
恐らく彼自身、ラエルザとは何度も接触しているはずで、完全に人間だと思っていたのだろう。まあ俺だってゲーム知識がなければわからない変装ではある。
「そういえば裁判の直前に、あのラエルザが私たちに会いに来たことがあるのです。もしや……」
「その時に邪法をかけられたのであろう。精神を操る魔族がいると聞いたことがある」
「しかし、それならば王陛下自身が操られているという可能性もあるのではありませんか?」
「であるならあの裁判の場で、聖女が『破邪の鐘』を使った時点で正気に戻っているはずだ。しかしその兆候は一切なかった。今の王陛下の行動は、すべて陛下自身の意志によるものだ」
「たしかに……」
侯爵がガクリとうなだれたのは、この期に及んでもまだロークスを信じたいという気持ちがあったからか。それとも王家に対する忠誠心ゆえか。
どちらにしろ、ずっと問題を先延ばしにしてきた俺が笑えるものではない。
「さらに言えば、魔導師団の団長レギルが人間の命を犠牲にするおぞましい魔法を使い、王陛下がそれを認めているという情報もある。その上この状況下で増税を行い、我らが送った支援金も遊興に浪費していると聞いた。この国のことを考えれば一刻の猶予もならぬ」
と断言したら、ヴァミリオラが微妙に皮肉っぽい笑みを俺に向けてきた。わかってますよ、俺もかなり口はばったいですからね。
2人でアイコンタクトをしていると、マルダンフ侯爵は深呼吸をしてからゆっくりと顔を上げた。そこには覚悟を決めたような、元王国宰相の顔があった。
「……して、両公爵閣下は私になにをお望みになられるのでしょうか?」
「マルダンフ卿らにも我らに同調をしてもらいたいのだ。なに、兵を出せとは言わぬ。ただ事が始まり、王家から援軍の要請が来たときには、適当に理由を作って動かないでもらえればよい。戦は短期間にて終わるゆえな」
「その程度のことでよろしいのですか?」
侯爵が驚いたように言う。
こういう時は最低でも兵を出させて、協力する意志の有無を確かめるのが定石である。ただ今回はあまりに状況が特殊すぎるからな。その主な原因は俺自身だが。
「構わぬ。ただし、今後この国の周辺、というよりこの大陸は戦乱の世となる可能性が高い。魔族もそうだが、周辺の国の動きもあろうからな。ゆえに戦える準備はしておいてもらいたい」
「そちらはすでに行っているところではございます。それから、国王陛下がもし退位なさったとして、後の王はいかがするおつもりなのでしょうか?」
「今回我らに同調した貴族を集め、合議の上で決定をしたいと思う。先代王妃の所在が確認できればそのお子ということになろう」
「そうでございますか……」
マルダンフ侯爵はそう言って顎に手をあて、しばらくの間考え込む様子を見せた。
彼は今、頭の中で色々と考えをめぐらせているのだろう。
そもそも普通に考えれば、この件は俺とローテローザ公によるクーデターである。俺は今、先代王妃の子を王にするとは言ったが、まっとうな貴族ならそれを言葉通りに取ることなどありえない。国王ロークスがロクでもないことは侯爵自身身をもって知っているところだろうが、だからといって権力を握った後の俺たちがそれよりマシという保証はどこにもないのだ。裁判の件で恩があるというだけで、簡単に判断が下せるものでもない。
と思ったのだが、存外と早くマルダンフ侯爵は顔を上げた。
「承知しました。当マルダンフ侯爵家は、両公爵閣下のお考えに従いたく思います。ただ、一つだけ条件がございます」
「なにか」
「それは、現在の国王陛下が退位なさったあと、空位となった王の座にブラウモント公がおつきになるということです。それがなされるのであれば、私が責任をもって閣下に救われた貴族家をすべて説得いたしましょう」
「……は?」
いやいや、それはちょっと話が早すぎるというか極端じゃありませんか。ロークスを追い出しても王族の血はあちこちに散らばってるはずなんだし、それ以前にダメでしょこんな腹黒糸目丸眼鏡公爵にノー会議で王座を勧めるとか。
「それについてはきちんと合議を経て……」
と言いかけたところでヴァミリオラが肘鉄を食らわせてきた。
ジトッとした目は「この期に及んでなにを言おうとしているのかしら?」と雄弁に語っている。
「……あ~、んんっ。侯爵の考えは承った。王国宰相まで務められたマルダンフ侯爵がそう言われるのであれば、退位が受け入れられた後は、私がこの国の王となろう」
「おお、ありがとうございます! 必ずや関係貴族を説得して参ります。両閣下におかれましては心置きなく正義を成し遂げてくださいますようお願い申し上げます」
子息ともども立ち上がって、深くお辞儀をする侯爵。マークスチュアートの目をもってしても普通に喜んでいるというか、本気っぽく見えるので、裏でなにか考えているとかもなさそうだ。
う~ん、なんかもっとこう貴族っぽい腹芸的なやりとりがあると思ったんだがなあ。王位簒奪っていろいろこじれるというイメージがあるのに、不思議なことがあるものである。




