06 王家の使い
「なるほど、国王陛下は我が娘をご所望か」
「は、はい。陛下はそのように強く希望されておりまして……」
応接の間で、俺は王家の使いである壮年の官吏を相手にしていた。
予想通りフォルシーナを王妃として迎えたいという話であったが、信じられないことに今すぐ使いの者に預けて寄越せという無茶なことを言っているらしい。
しかも『支度金』と称して、公爵領の年間予算の三分の一にあたるほどの資金まで寄越せと言っているらしい。そもそも輿入れの『支度金』は王家が妃側の家に払うもののはずなのだが……もはや無茶苦茶である。
「国王陛下はそのような無法が通ると本気でお思いなのか?」
「は……。三大公であっても王家の命令には逆らえぬとの仰せでして……。多少強気に振舞えば公爵閣下もすぐ折れるだろうなどとも……。私の失礼の段もそのような理由がございまして……」
と言い訳をしているのは、目の前の痩せた男が、はじめ王家の使いということで居丈高に振舞っていたからだ。
といっても俺が公爵的威圧感を演出するとすぐに土下座を始めたのは多少気の毒ではあった。いくら王家の使いとはいえ、俺は公爵でなおかつ『蒼月の魔剣士(笑)』である。一官吏にとってはドラゴンみたいな相手なのだ。
なので俺が、
「ふむ、国王陛下はまだお若い。こういったやり取りなどにも慣れてはいらっしゃらないのであろう。貴殿に責を負わせるのも忍びない。私が直接陛下にお会いして断ることとしよう」
と言うと、王家の使い氏はテーブルに叩きつける勢いで頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 実は陛下の機嫌を損ねることが恐ろしく、我々も無理を無理と申し上げられない状況なのです。どうか公爵閣下のお口添えをお願いしたく……!」
う~む、やはりロークスの『破滅ルート主人公』っぷりは相当なようだな。
「しかし陛下にはゲントロノフ公がついていたと思うが、公は陛下に諫言されぬのだろうか? 貴殿もゲントロノフ家に連なる者であろう。なにか聞いてはいないのか?」
「そ、それが、ゲントロノフ公爵閣下は陛下の考えを後押しされるばかりで……。実は先日、急に税率を上げると陛下がおっしゃって、それをそのまま公爵閣下もお認めになられたりしているのです」
「民の生活すらままならんのにか? 私もローテローザ公も、王家と王都に対して金銭的な援助は行っているはずだが」
「その援助資金も、どうやら陛下の遊興費などに多く使われているようでして……。それを指摘した者もいたのですが、すぐに投獄されてしまうような有様なのです」
その後も王家の使い氏に色々話を聞いたが、俺が恩を売ったせいか、かなりオフレコな話まで聞くことができた。
その中でももっとも気になったのは、ロークスが外征の準備をしているという話であった。どうも魔族領へ侵攻するつもりらしく、近々俺やローテローザ公に援軍を出せとの要請が来ることになっているとか。
「あまりに酷い状況のようだ。よい、王都に向かうついでにそちらも私から話をしてみよう。ともかく貴殿は我が家で過ごされたのち王都に戻られよ。貴殿が着く前に話は終わっているはずだ」
「よろしくお願いいたします……!」
まあ反旗を翻す前に、一度くらいロークスの様子を見ておくのもいいだろう。
もしかしたら改心する可能性も……なんてことはありえないだろうなあ。
王都へ行くにしても、『転移魔法』で今すぐというわけにもいかない。なにしろ使いの者が来て翌日王都に行ったらそれだけで怪しまれてしまうからだ。ゆえに行くのは5日後ということにして、俺はまずローテローザ領の公爵邸にお邪魔することにした。
ヴァミリオラにはいつでも来ていいと言われており、さらには公爵邸内にいきなり転移する許可と、その場所も用意してもらっている。というのは、さすがに俺がちょくちょくヴァミリオラのところに転移しているのを使用人たちに見られたら大騒ぎになるからだ。
俺はその用意された部屋に転移したのち、設置されたインターホンのような魔道具のボタンを押す。するとヴァミリオラと、その妹のアミュエリザが部屋に入ってきた。
「いいところへ来たわね。ちょうどこちらも相談したいことがあったのよ」
3人でソファに座ると、ヴァミリオラが眉を不快そうに寄せながらそう口を開いた。
「王家の使いが来たのだろう?」
「やはりそちらにも行ったのね。まったくふざけているわあの色ボケ王。アミュエリザを今すぐ寄越せなどと、いったいなにを考えたら三大公相手にそんなことが言えるのかしら」
「それに関しては、私も一度ロークス王には会って断りを入れるつもりだ」
「私も行きたいところだけれど、貴方の動きにはついてけないかしらね。躾のなってない犬には一度よく言って聞かせておきたいのだけれど」
「姉上、国王陛下を犬などと……」
とアミュエリザも慌ててたしなめるが、そこまで本気でないのは彼女もまたロークスに思う所があるからだろう。
「それで、今日来たのはそのことだけじゃないのでしょう?」
「うむ。今回の件でもはっきりしたが、もはや王家との対立は避けられん。ゆえにブラウモント家は現国王の退位を求めることにした。国王退位後は貴族の合議の上、次の王を決めることとしたい」
「ようやく決心したのね。これでまだためらうようなら王にマリアンロッテの情報を横流しして無理矢理対立させるところだったわ」
ヴァミリオラの言葉は半分は冗談だろうが、本気でやりそうなところもあるから怖い。
なおアミュエリザはようやく俺の言葉の意味を理解して、目をキラキラと輝かせ始めた。ゲームではマークスチュアートの行為が義にもとると言い続けていたはずなんだが、どうしてこうなってしまったのだろう。
「恐ろしいことを言うものだ。ともあれ、ついてはローテローザ公にも協力を願いたい。当然王家の軍勢と戦ということになろうが、主として陽動作戦を行い、王家の軍の一部をひきつけてもらえるとありがたい」
「ええ、もちろんそれくらいならやらせてもらうわ。でもそうすると、王都攻略は貴方が行うのね?」
「そのつもりだ。『転移魔法』を使えば短期間で落とすことも可能と踏んでいる」
「たしかにそうでしょうね。正直、その『転移魔法』と貴方自身という戦力を考えると、貴方に逆らえる者はいないと思うわ」
「ふっ。暗殺の恐怖などで国を動かすつもりはない。そのような手法で栄えた国など存在しないからな」
「貴方の良識に期待しましょう。まあでも、戦だけは手段を選ばないでいいと思うわよ。人が流す血の量は少ないに越したことはないのだから」
「その通りだ。さて、そこで提案なのだが、もし戦となるならローテローザ公にもかのゴーレムを10体ほど贈呈しようと思う。非常に有用であることはすでに我が領で証明済みであるがいかがかな」
「それはもちろんいただくけれど……後でなにかを求められるのかしら?」
「協力いただくことへの礼だ。返礼は不要。こちらとしてもローテローザ公に負けてもらっては困るのでな」
「なるほど、そういうことにしておきましょう。しかしこうなると、少しあの色ボケ王が可哀想になるわね。ただ気になるのはゲントロノフ公の軍と、騎士団と宮廷魔導師団。特に魔導師団団長のレギルが強力な魔法を編み出したと聞いているのだけど」
さすが情報戦に長けたヴァミリオラ、そこまですでに耳に入れているか。




