11 実験体0号
さて問題は、フラグが立ちまくっていた『実験体0号』なのだが……と思っていると、案の定部屋にアラームが鳴り響いた。
『「実験体1号』ノ機能停止ヲ確認。『実験体0号』ノ起動条件ガ満タサレマシタ。『実験体0号』ノ起動ヲ開始シマス』
「そこは起動しますか? とか聞いて欲しいよなあ……」
つい文句を言ってしまうが、遺跡のAI(?)は我関せずで『起動シークエンス進行中』『起動シークエンス最終段階』『起動完了』と立て続けにアナウンスする。
さてなにが現れるのかと身構えていると、『実験体1号』の背中のハッチの中にあった円筒形の魔道具が、ガコンという音と共に飛び出してきた。
そして側面の蓋がパカッと両開きに開くと、中から全身銀色に輝く人形のようなものが飛び出してきて、地面に飛び降りた。
「お父様、あれが……」
「『実験体0号』ということなのだろうな」
それはやはり、銀色の人形というべきものであった。表面が微妙に波打っているのでもしかしたら液体金属のようなもので構成されているのかもしれない。背は150センチにも届かないだろう。前世で言えば小学生くらいの大きさである。
いやしかし、これはちょっと怖い状況だ。『実験体0号』自体がゲームに未登場のキャラな上に、小さな人型で液体金属製とか本当に強キャラ感しかない。
「ご主人様、どうするですか?」
クーラリアの尻尾が微妙に膨らんでいるので、彼女もあれが強敵だと察しているようだ。もちろんほかの娘たちもいつになく真剣な顔である。
「私がまず当たってみよう。もし私が敵わぬようならすぐに逃げよ」
「それはできないぜですご主人様」
「そうですお父様、ここは皆で力を合わせるべきです」
「ならぬ。『実験体0号』については私も知らぬ相手だ。どのような存在なのかもわからぬ以上お前達を巻き込めぬ。ローテローザ公、後は頼む」
声をかけるとヴァミリオラは少し驚いた顔をして、それから「わかったわ。任せてちょうだい」とうなずいた。
俺はうなずき返し、さらになにか言おうとするフォルシーナたちを抑えて、一人前に出た。
まあちょっとばかり格好をつけたが、『神速』を全開にすれば太刀打ちできないということはないだろう。問題は『実験体1号』みたいに、倒すのに余計な条件が必要な場合だ。
俺が近づいていくと、銀色の人形『実験体0号』は、首をかしげるような動作をした。子どもっぽいその動きに俺はさらに強キャラ臭を感じてしまう。
「来い、格の違いを見せてやろう」
久々の煽りセリフとともに、剣の切っ先を突き付ける。『挑発』スキルだが、さてどう出るか。
首をかしげた『実験体0号』は、しばらくそのままだったが、急にビクッと姿勢を正した。
そのまま攻撃に移るか――と身構えた俺の前で、しかし『実験体0号』はそれ以上大きな動作をすることなく、なぜかペコリと頭を下げた。
『貴方ヲ当機ノマスターニ登録イタシマシタ。モードヲ選択シテクダサイ』
「……なに?」
『貴方ヲ当機ノマスターニ登録イタシマシタ。モードヲ選択シテクダサイ』
「えぇ……」
さすがにこれは想定外だった。
いや、むしろ想定すべきだたったのかもしれないが、さすがにこういう楽なパターンを想定して動くのはありえないだろう。
「モードとはなにか説明をしてくれるか?」
俺は剣を引きながら、それでも警戒は解かずに質問をした。
『了解イタシマシタ。モードトハ、当機ヲ運用スル際ノ形状ノコトヲ指シマス。人型、鳥型、獣型、不定形型、ドラゴン型ノ指定ガ可能デス』
「それは一度決めたら変更はできないのか」
『変更ハ可能デスガ、当機ハソノ形状ニオイテ行動ヲ学習シマスノデ、効率的デハアリマセン』
「なるほど。今の形状は人型ということでよいのか?」
『イエ、コレハ無設定モードデス。コノ形状デハ当機ノ機能ハ著シク制限サレマス。マスタート行動ヲ共ニスルタメニ、仮ニデモモードヲ選択シテクダサイ』
「ふむ……」
しかしこんな奴がいたなんて本当に初耳なんだが、これもリアル世界だからこその差異ということだろうか。ともかく使えるならキチンと運用しないというのも勿体ない気はする。間違いなく戦力にはなりそうだし。
後から変更可能ということなら、とりあえず目立たないものがいいだろう。
「ならば鳥型で頼む」
『了解シマシタ』
そう言うと、『実験体0号』を覆う銀色の液体金属みたいなものがうねり始め、その背中に翼のようなものを形作り始めた。
古代文明って便利だなあ、とか思って見ていると、『実験体0号』の人型の部分の表面が変化し、銀色から白っぽい色……ハッキリ言えば、人の肌のような質感に変化した。形は翼の生えた人のまま、銀色だった全身に次第に色がついていき、ディテールが付け加わっていく。
そして十数秒後、目の前に、白い翼をもった、サラサラ黒髪ロングヘアの10歳くらいの女の子が誕生した。いやなんでよ。
「モード変更完了いたしました。当機の名称を設定してください」
言葉遣いが急に流暢になる『実験体0号』。
「待て、私は鳥型を指定したはずだが」
「こちらが鳥型モードになります」
「……済まないが、人型以外の他のモードにも一通り変化してもらえるか?」
「了解しました」
ということで試したのだが、予想通りすべて女の子の姿になった。『獣型』は獣人族っぽい感じ、『不定形型』はスライムが女の子の姿になった感じ、『ドラゴン型』はやはりツノや翼や尻尾が生えた竜人娘だった。
そこで俺はピンと来てしまった。これは間違いなくソシャゲ版で追加されたキャラだ。そっちはプレイしてないから詳しくないんだが、どのモードでも妙に露出が多いので間違いないだろう。
いやしかしどうするのこれ。返品、はどうせできないんだろうなあ。
「……わかった、済まないが人型になってくれ。それでとりあえず決定とする」
「了解しました」
獣型はともかく他の型は目立ちすぎる。鳥人もスライム人も竜人も、この世界には存在しないのだ。
俺の指示通り、『実験体0号』は普通の人間型になった。最初の鳥人タイプから翼を外しただけの女の子である。衣服は白のワンピースで、幸い人型は露出が控え目だった。というかちょいエロが売りだったソシャゲ版で10歳くらいに見える少女を出すのはマズいのではないだろうか。まあどうせ古代文明の兵器だから5010歳とかの設定だったんだろうなあ。業が深い話である。
さて、イレギュラーもあったが、とりあえず古代兵器『実験体1号』は潰せたので、あれが王家に利用されて暴走とかそんな面倒なイベントはなくなった。
これをアテにしていただろうロークスやゲントロノフ公にとってはガッカリの話だろうが、さすがにそこまでは知ったことではない。
と考えながらふとフォルシーナ達の方に目をやると、全員が非常に微妙な目でこちらを見ているのに気づいた。その視線を追って振り返ると、そこには白いワンピースの少女が無表情に立っている。
ああこれはまた説明が面倒になるやつだ。といってもこれに関しては完全に古代文明人の趣味なので、納得してもらうしかないのだが。




