04 野営
「よし、今日はここで野営を行う。まずはテントを張るので全員で手伝うように」
「はい!」
中ボスを撃破したあとは早速のキャンプ開始となる。
なお『転移魔法』で館に帰って朝森に戻ってくるというのも一瞬考えたのだが、それは『転移魔法』の制限により不可能であった。森の入口付近ならともかく、ここまで奥に入ると『モンスターのいる場所には転移できない』という制限に引っかかってしまう。
ともあれマジックバッグから野営装備を出してテント設営などを行う。魔道具のおかげでこちらのキャンプの方が前世より楽というのは、俺としては少し面白く感じるところだ。
野営の準備など本来なら間違っても貴族の子弟がやるようなものではないが、フォルシーナたちは嬉々としてやっていた。まあ彼女らにしてみればレクリエーションみたいなものか。
しかしそれでも巡礼慣れしている聖女オルティアナはともかく、ヴァミリオラすら手慣れた様子なのは少し不思議だった。
「私の作業になにか気になることがあるのかしら?」
「いや、ずいぶんと慣れているなと思ってな。ローテローザ公はもしかして冒険者をしていたことがあるのか?」
「ええ、ローテローザ家はそういう教育方針なのよ。これでももとAランクだから。アミュエリザも冒険者をやっているし、ロヴァリエも身体が回復したからやらせるつもりよ」
「なるほど、素晴らしい教育だと思う。貴族たるもの戦えねば話にならぬからな」
「そこだけは貴方と話が合いそうね。フォルシーナたちも大したものだわ。あの5人でパーティを組ませるのは、貴方にしては素晴らしい思い付きよ」
「それはなによりだ」
まあ今日はずっと美少女5人の戦いを食い入るように見てたからなあ。ヴァミリオラにとっては最高のイベントだったのかもしれない。
テントの設営が終わると、炊き出しなどで慣れているオルティアナを中心に野外調理が始まった。材料はすべてマジックバッグに入れてあるのでこのあたりも非常に楽だ。ちなみに今日の夕食はカレーだ。錬金術+ゲーム知識で現代日本風カレールーは錬成済みである。
「このカレーというお料理は初めて食べましたけれどとても美味しいですね! 炊き出しでも出してあげたい味です!」
聖女オルティアナはカレーをたいそう気に入ったようだ。
他の娘たちも皆美味しそうに食べているので、どうやらこの世界でも日本式家庭の味カレーは大正義のようだ。まあ錬金術のレシピがあるくらいだから当然ではあるが。
「お父様の錬金術の腕前は本当に幅が広くて驚くばかりです。この料理は是非館でも出すべきです。それとあのカレールーというのは間違いなく売れると思いますので、領の産業としましょう」
「考えておこう。しかしこのカレーが美味しいのは作った者の腕もある。さすが聖女殿だな」
「そんな、これは公爵様に言われた通りに作っただけです。むしろこんなに簡単にこれほど美味しいものが作れることに驚いています」
オルティアナがニッコリと微笑むが、口の端にカレーがついているのがほっこりする。
ミアールやマリアンロッテたちもうなずきながら食べているが、一番がっついているのは狐獣人娘のクーラリアだ。獣人にはニオイがキツいかと思っていたのだが、案外平気らしい。
「いやぁでもこれ本当に美味いぜご主人様。館のチビたちにも食べさせてやりてえです」
「そうだな。帰ったら食べさせてやろう」
「あら、チビたちってなにかしら?」
急に鋭く光るヴァミリオラの目。
「オレ……じゃなくてアタシと一緒にご主人様に雇ってもらった獣人族の女の子たち……です」
「ふぅん。貴女クーラリアといったわね。その子たちも貴女と同じように可愛らしいのかしら?」
「たぶん全員可愛いと思いますです」
「そう。どういういきさつで雇われたのかしら?」
「奴隷として売られているところを他のチビたちと一緒に買われたんだです」
「奴隷……?」
ヴァミリオラの鋭い目が俺に向けられる。
同時に妹のアミュエリザも少し咎めるような目でこちらに顔を向けてきた。そういえばゲームではアミュエリザは奴隷制度を嫌ってる設定だったが、リアルでも変わらないようだ。
「ブラウモント公爵様は奴隷の女の子をお買いになるのですか?」
「彼女たちはとある目的があって買ったのだ。それが達せられたので今は普通に使用人として雇っている」
「目的というのは?」
アミュエリザの視線には、微妙に軽蔑の色合いが含まれていた。
しまった、思わせぶりな言い方をしたせいでいかがわしい目的で女の子を買ったみたいになってしまった。しかし本来の目的はもちろんのこと、『エクストラポーション』の効果を試すためなんてのも言いづらいんだよな。量産できますなんて言ったら大変なことになるし。
少しだけ悩んでいると、フォルシーナが助け舟を出してくれた。
「お父様は、奴隷となった獣人の娘たちを助けるために彼女たちをお買いになったのです。断じていかがわしい目的のためにお買いになったわけではないのよアミュエリザ」
「助ける?」
アミュエリザが聞き返すと、マリアンロッテもフォローしてくれる。
「そうよ。私も彼女たち会ったけど、皆楽しそうにお仕事をしていたわ。それに公爵様のお館では、彼女たちは奴隷としてではなく普通の使用人として扱われているの」
「そうなんだ。クーラリアはどうして護衛なの?」
「アタシはもともと冒険者だったからだです。ご主人様のおかげで全員身体が治ったんで、自分から護衛にしてくれって頼んだんです」
「今は他の娘たちはなにをしているの?」
「錬金術の勉強をしてるみたいです。だよなご主人様?」
「そうだ。彼女たちはすでにいくつかのものを錬成できるようになっている。我が領にはなくてはならない人材になりつつある。アミュエリザ嬢も気になるなら我が領に来て見てもらってもよい」
と答えると、アミュエリザは納得したようにうなずいた。
「申し訳ありません、公爵様のことを少し疑ってしまいました。公爵様の領地にはぜひ行ってみたいと思っております。この度の探索が終わったら是非私をお連れください」
ふう、なんとか上手く誤魔化せたか。と安心していたら、横手から凄まじい殺気がふきつけてきた。
真紅のロングヘアが逆立つばかりの闘気をまとったヴァミリオラである。
「貴方、どさくさに紛れてアミュエリザを誘うのはやめてもらえないかしら。前にも言ったわよね、狙うなら決闘になると」
「今のどこに妹御を篭絡するような話があったというのだ。聖女オルティアナもそう思われるであろう?」
俺が助けを求めると、なぜかオルティアナはビクッとなった。どうやらなにか別のことを考えていたらしい。
「え、ええ、そう思います。今の話はアミュエリザをどうこうしようというものではなかったと思うわ。ミリーは過保護すぎよ」
「でもアミュエリザを自分の館に誘ったのよ? 今回の件だってアミュエリザを指名してきたし、怪しいなんてものじゃないわ」
「えっ!? 私ってお姉様のついでに呼ばれたのではなかったのですか?」
そこで飛び上がるように反応したのは当のアミュエリザだった。
反応されたヴァミリオラは苦い顔だが、どうやらきちんと話を伝えていなかったようだ。
「今回の件、必要なのはアミュエリザ嬢の力なのだ。これについては改めて説明をすべきであったな。私の手違いであって、姉上の落ち度ではない」
「そうなのですね! それで、どのようなお話なのでしょう」
急に嬉しそうな顔になるアミュエリザ。
結局その後古代兵器の話や、その封印もしくは破壊にフォルシーナ、マリアンロッテ、アミュエリザの力が必要だという話などをしていたら、あたりはすっかり暗くなってしまった。
俺たちは交代で見張りをたてつつ、大森林で一晩を過ごすのであった。




