19 王国騎士団長
非常に胡散臭そうな目で見られながらも、一応ヴァミリオラには妹アミュエリザの同行の許可はもらうことができた。「ただしわたくしも同行するわ。いいわね?」ということになったが、むしろ『真紅の麗炎』の異名を持つ高ランク魔術師が参加してくれるのは願ってもないことである。
なお聖女オルティアナの参加もほぼ確定した。ゲームではパーティに入らなかった2人とダンジョン攻略というのは、もとプレイヤーとしては魅力的な話である。
翌日王城などの様子を見にいったが、有能な人間がごっそりいなくなったことで予想通り大変なことになっていた。正直政務が滞るのではないかと思うくらいだったが、どうやらゲントロノフ公がそれなりに有能な人間を連れてきたらしく、ギリギリで秩序を保っていた。
王の執務室の扉をノックすると、秘書官ラエルザがしれっとした顔で対応に出てきた。
執務室に入ると、ロークスは例によって人に化けた淫魔相手に乳繰り合っていて、俺の顔を見るなり苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「なんだブラウモント、まだ用があるのか?」
「例の無罪となった宰相や大臣はどうなったかと思いましてな」
「あんな怪しい連中を置いておけるわけがないだろう。全員追い出してやった。王都からも出ていくとか言ってたな」
「そうでございますか。彼らにかけられた精神を操る邪法とやらの出所はわかったのでしょうか?」
「今調べているところだが、正直そんなのはどうでもいい。今は魔族への対応が先決だからな」
「かもしれませんな」
「用がないならさっさと領地にでも帰れ。そっちもまた魔族が来るかもしれないんだろ?」
「その点は王都の方も同じと思いますゆえ、くれぐれもご注意を」
「7万の軍を退けた俺がいるんだ。それにこちらには奥の手もある。お前が心配する必要はない」
追い払うように手を振るロークスには、もはや主人公の片鱗もない感じであった。
「奥の手」などという雑なキーワードも聞くことができたので、俺は執務室を後にする。
さて、王都を去る前にもう一人、ゲーム的にも重要だったとある人物に会いに行こう。向かうは王城からやや離れた場所にある王国騎士団の修練場である。
サッカーコートの倍くらいはありそうな修練場では、多くの騎士たちが鍛錬を行っていた。馬を使っての訓練も行っており、見ているとなかなか迫力がある。
兵舎に入り、手近にいた騎士に声をかける。
「ブラウモントだが、騎士団長のラシュアル殿に会いたい。こちらにおられるか?」
「こ、公爵閣下!? はっ、団長は現在執務室にて執務を行っております」
「そうか、ならばそちらへうかがおう。済まぬな」
直立不動で敬礼をする若い騎士をおいて兵舎の二階へとあがる。
『団長執務室』のプレートがかかる扉をノックすると、「入れ」と女性の声が聞こえてくる。
「失礼する」
王国騎士団の団長執務室は、質実剛健、実用一点張りの部屋だった。大きく頑丈なだけが取り柄のような机を前に山積みの書類と格闘しているのは、王国騎士団団長のリン・ラシュアルだ。
可愛らしい名前だが、20代中ごろの背の高い女性で、青みがかった髪をショートカットにした、凛とした美人である。
若い女性が騎士団長というのはゲーム世界ならではだが、この世界の騎士団は完全実力主義なのでありえない話ではない。なにしろ彼女は『蒼月の魔剣士(笑)』と並び称される、『燐光の姫騎士』なのだ。ちなみにここでいう『姫』は貴族令嬢くらいの意味で、彼女自身王族というわけではない。
騎士団長リンは切れ長の目でこちらをちらっと見て、俺の顔に気付いて慌てて立ち上がった。
「これはブラウモント公爵閣下。気づかずに大変失礼をしました」
「構わない。忙しいところ急に訪れて済まぬな」
「いえそのようなことは。ただ、現在騎士団は公爵閣下をおもてなしできる状態になく……」
騎士団長リンは微妙に眉をひそめながら、探るような目を向けてくる。
もともと王位簒奪キャラを匂わせていたマークスチュアートと騎士団長リンは、こちらも決して気軽に話をするような仲ではない。
むしろリンとしてはマークスチュアートをかなり警戒しているはずで、ゲームでも王国を代表する戦士同士、多少のライバル心などもあって、対立しているように描かれていた。もちろんゲームシナリオそのまま俺が中ボスになれば完全に敵同士になるわけだが、今日はそのあたりを少しでも改善したいと考えての訪問である。
……のだが、こんなのばっかりだな俺。
「話をしたらすぐに去るゆえ気にされるな」
「申し訳ありません。ではこちらに」
こちらも実用一点張りの応接セットに相対して座る。
「それで、公爵閣下直々のお話とは?」
「うむ、先日の王都奪還の様子を団長に確認したかったのだ。特に魔族の幹部級の情報を知りたくてな」
「承りました、お話しします。魔族の軍は大半がゴブリンとオークで6万ほど、次いで数が多かったのはオーガとトロルで計3000ほど、デーモン系が1000ほどでした。無論王都を守る国軍との戦いで彼らも消耗していて、実際に我らが相手にしたのはその半数ほどになります。幹部級は確認されている者が8体、うち2体が上位幹部だったと思われます」
「幹部級は全員討ち取ったのかね?」
「下級幹部は全員討ち取りました。上位のうち1体は逃げられ、1体は私が討ち取りました」
「その2体の特徴を教えてほしい」
「私が相手をしたのは人狼族です。かなりの強敵だったので、上位幹部の中でも手練れの者でしょう」
「ふむ……」
人狼族の魔族幹部は魔族軍四至将ドブルザラクの側近の一人だな。ダスコーとかいう名前で、確かにゲームでも王都襲撃で出てきた奴だ。ちなみにゲームだと王都奪還時に俺に倒される役どころだった。
「もう一人は主にレギルが相手をしましたが、四至将ドブルザラクと名乗っていたそうです。巨躯のオーガでレギルも危なかったのですが、私が駆けつけてなんとか深手を負わせて追い払いました。四至将という名乗りは嘘ではなさそうです」
『レギル』というのは王国宮廷魔導師団の団長だ。両団長でぎりぎり追い払うレベルの相手なら、間違いなく四至将ドブルザラクだろう。彼が王都侵攻軍の総大将なのはゲーム通りである。
しかしこれで四至将ドブルザラクは側近を二人討たれ、自身も大ダメージを負って追い返されたことがわかった。そこだけ見ればゲームシナリオ通りなので、ドブルザラクが再度王都を襲撃してくるのはゲーム通り少し先になると期待できそうだ。
「かなりの激戦であったのだな。よくぞ王都を奪還してくれた。両団長には感謝の言葉もない」
と素直に称賛すると、リンはまた微妙に眉を動かして変な顔をした。
まあ王城内でも他人を褒めない人間筆頭だったからなあ、マークスチュアートは。




