17 鼎談 1
「貴方、オルティアナにいったいなにをしたのかしら?」
2日後、新王ロークスの即位式の翌日。
王都のブラウモント公爵邸では、すっかり常連じみてきたヴァミリオラが応接室のソファに座り、足を組んで俺を睨みつけていた。
「公がなにを言いたいのか理解できぬのだが。私が聖女になにをしたと疑っているのかな?」
「とぼけるつもり? それとも貴方もしかして気付いていなかったの? 昨日の晩餐会、オルティアナは新王の前でずっと貴方の話ばかりしていたのよ。あの色ボケ王はオルティアナを狙ってたみたいだから、ずっとのろけを聞かされてた形になってそれはそれでいい気味ではあったけれど」
「ふむ……。前日に『エクストラポーション』を教会に寄付してな。先の戦いで教皇猊下が大怪我をされていて、それを助けた形になったので聖女の覚えがよかったのであろう」
「たしかにそんなことも言っていたかしら。でもそれだけではああはならないわ。あの娘は聖女として大切に扱われていたから、貴方のような男には弱いのよ」
「女性に不誠実な人間であるかのように言われるのは心外だな。むしろ公爵という立場上、女性に対しては一線を引いて接しているつもりだが」
う~ん、なんかフォルシーナやミアール、クーラリアたちもそうだが、俺を女たらしみたいに言う人間が本当に多いんだよなあ。たしかに『蒼月の魔剣士(笑)』だし、公爵だし、年齢もぎりぎりセー……人によってはアウトかもしれないが、裏切りそうな糸目イケオジだし、一応独身だし、女たらし要素はなくはないんだが、実際には断罪と追放を恐れるだけの小心者である。
「ともかく貴方にその気がないというなら、オルティアナを勘違いさせるような行為は慎んでちょうだい。彼女はわたくしの大切な友人なのよ」
「こちらにもその気はない。今後気を付けよう」
「ならいいけれど。あら、お客さんのようね」
ヴァミリオラの視線を追って俺も窓の外を見る。
玄関前に馬車が停まっているのだが、どうもそれはラファルフィヌス教会のもののようだ。しかも神官騎士が護衛についているところからして、乗ってきたのは上位の人間だろう。
「お館様、聖女オルティアナ様がおいでになりました」
やってきた使用人の言葉を聞いて、ヴァミリオラの目に凄惨な光が宿った。
俺は迎えに出るために玄関に向かうが、ヴァミリオラも視線を俺の後頭部に突き刺しながらついてくる。
馬車の横まで行くと、馬車から笑顔が神々しい聖女オルティアナが現れ、深くお辞儀をした。先日渡した『シャンプー』などを使ったのか、そのピンクブロンドの髪は輝かんばかりである。
「申し訳ございません公爵様、先触れなく訪れたことをお許しください」
「聖女様に対して閉ざす門を当家は持ち合わせておらぬ。ようこそわが家へ。ちょうどローテローザ公も来ている。よければ共に茶でも飲みながら話をしようではないか」
「あら、やはりミリーも来ているのですね。仲がよいのですか?」
「互いに国を護持する者同士それなりにな」
「以前は顔も見たくないと……あ、申し訳ありません」
オルティアナがあわてて口を押さえたので、俺は聞かなかったフリをして彼女を応接室まで案内した。
期せずして三大公2人プラス聖女という、かなり珍しい鼎談の場になってしまった。『オレオ』プレイヤーとしてはなかなか興味深い絵面である。
ヴァミリオラが俺を一瞥しつつオルティアナに話しかける。
「それでティア、今日はどうしてこんなところに来たの? 聖女が一人で出向いてくるような場所ではないでしょう?」
「そんなことはないわ。今日は先日の寄付のお礼を言いにきたの。それとちょっと気になることがあって、ブラウモント公爵様なら事情を知っているんじゃないかと思って聞きにきたの」
「ふぅん。でも気になることなら私に聞きに来るのが先ではないの?」
「先にミリーのところに行ったら、こちらに来ていると言われたのよ」
オルティアナの答えにヴァミリオラは苦い顔をしてお茶を飲んだ。
「ふむ、それでは聖女オルティアナ様、私やローテローザ公に聞きたいこととはなんだろうか?」
「はい。その前に先日のお礼を。公爵様にあの品をいただいてから少し考えたのですが、魔族がこの王都に入り込んでいるということを併せて考えると、私自身の身をしっかり守れということだと気づきまして。今日も騎士様に守っていただきながらこちらへ参上したのですが、今後も気を付けようと思います」
「うむ。裁判所での一件を見ても、魔族にとって聖女様の力は邪魔と考えるはず。貴女自身が戦えることは知っているが、身の回りを守らせることも大切だ。気を付けられるがよい」
「はい、教皇猊下にもそう言われました。場合によってはミリー……ローテローザ公のところに身を寄せるのもいいという話も……」
「あら、それはいい考えね。ぜひ来てちょうだいティア」
「ありがとうミリー。ただその……これは教皇猊下のお言葉なのですが、ブラウモント公爵様のところへ行くのもいいのではないかと……。公爵様のところの教会が今まで少し手薄というか、そういうこともありましたので」
「たしかに私も教会に対してはしばらく冷遇に近いことをしていたかもしれぬ。今後は改善するつもりだが……」
とは言うものの、今の話は結局教皇が聖女に「ブラウモント領を探ってこい」と言ったということだろうな。まあ『エクストラポーション』計6本はたしかにやりすぎではあるし、あの教皇はああ見えて策略家の一面もあったからなあ。
「ちょっと待ちなさいティア、教皇猊下がそう言ったということは当然なんらかの意図があるのでしょうけど、大切なのは貴女の安全よ。魔族の侵攻があったブラウモント領へ行くのはおすすめできないわ。それにその……この男自身かなり危険だし」
「またミリーはそんなこと言って。それよりブラウモント公爵様の領地にも魔族が攻めてきたのですか? それならなおさら私が行って怪我人などに対応したほうがいいと思いますが」
「ありがたい申し出だがそれには及ばぬ。戦いは大勝であって、怪我人も兵士だけ、それももう皆傷は癒えているのだ」
「まあ! さすが『蒼月の魔剣士』様ですね! でもそうですか……いえ、それでもやはり一度ブラウモント公爵様の領には参りたいと思います」
そう言って俺の手を取りそうなほどに身を乗り出してくる聖女オルティアナ。
なんか距離感バグってるなこの娘さん。そういえばゲームでもそんな人間だった気がするが、実際目にすると見た目とあいまって困ることこの上ないな。




