16 教皇ハルゲントゥス
10分ほどしてオルティアナは戻ってきた。
表情が明るいので無事『エクストラポーション』は効いたようだ。
「ブラウモント公爵様、教皇猊下が是非お礼を言いたいとのことです。一緒に来ていただけませんか?」
「うかがおう」
案内されたのは、教皇の私室だった。部屋はそこそこ広いが調度品は落ち着いた色合いのものが多く、むしろ質素と言えるくらいのもので揃えられている。現教皇の人柄が現れているような部屋である。
その部屋の端に備えらえたベッドの上に、体格のいい老年の男性が上半身を起こして横になっていた。
長い白髪に長い白髭、白い眉の下に光る目は力強く、聖職者というよりは高位の魔導師、それも戦いに慣れた者の雰囲気が漂う人物だ。さきほどまで病床にあったはずだが、それでもなお並の人間が前にしたら身がすくんでしまうようなオーラが漂っている。もっとも俺の感想はここでも「ゲームと同じだなあ」でしかないが。
「おおブラウモント公爵、呼びつけて済まぬな」
教皇ハルゲントゥスは片手をあげ、ニッと笑った。
かなりくだけた感じだが、俺も公爵として教皇には過去数度直接顔を合わせている。とはいえ個人的に親しいというようなレベルにはなかった。というより、マークスチュアートは妻を早くに亡くしたこともあって信仰心はかなり低く、教会ともずっと疎遠だったのだ。
「お久しぶりです教皇猊下。この度は王都の災難に際し、大変なご苦労をなされたとか。薬を持ってきておいたことを幸いに存じます」
「いやいや、此度ばかりはさすがに神の御許に行くかと思ったわ。だが公のおかげでまだその時ではないと知らされた。立場としては喜ぶべきか悲しむべきかはわからぬがな」
そう言ってわははと笑う教皇。なんでこんなキャラなのに古代兵器に突っ込んでいく最期だったりしたんだろうなあ。いや、むしろこんなキャラだからか。
「猊下にはまだまだ神の道を示していただければなりません。神の御許へ旅立たれるのは当分の間先送りにしていただきたいところですな」
「まったく、公まで聖女と同じことを言うか。オルティアナも拙僧は後回しでいいと言っているのに聞かなくてな。だがその小言ももう言わずに済みそうだ。感謝するぞブラウモント公」
「私はただ教会に寄付をしただけにすぎません。礼を言われるのは教義に反しますな」
「教義も時と場合によるわ。しかも公は同じ薬をあと4本寄付したと聞いている。それほどのものを差し出して公爵家は平気なのか?」
「ええ、あの薬についてはとある伝手にて安く手に入りましたので問題ございません」
「安く、のう……。まあ公がそう言うならそうなのであろう。ともかく礼は言うぞ」
微妙に納得いっていない顔だったが、こちらが問題ないと言っている以上追及のしようもない。
「しかし教皇猊下、薬で傷が癒えても、体力がすぐに戻るわけではございません。くれぐれもしばらくの間はご自愛ください」
「そうさせてもらおう。それと王都のほうはどうなっておるのかな。国王陛下が身罷られたのは床で聞いたのだが」
「王太子ロークス殿下が即位なさいました。このような折ですので即位式は簡易で行うとか」
「そうであるか。ともあれ公のおかげでその式には出られそうだ。これについても感謝せねばな」
「我が家は教会とは多少疎遠でしたからな。その埋め合わせとお考えいただければ。それにこの度は聖女様にも国のために力を尽くしていただきました。その礼も兼ねているとお考え下さい」
と答えると、教皇は「なにをしたのだ?」と聖女を見る。
聖女が手短に説明をすると、「なるほど、それは教会としても決して見逃せぬものであったな。オルティアナよ、よくぞ神のお心を示した」と褒めた。多分に政治的な意味合いのあるイベントだったから、そこをつつかれなくて俺も安心する。聖女が政治に利用された、なんて言われたら大変だからな。
「私としても教皇猊下がご健在で安心いたしました。これ以上はお身体に障りましょうから、そろそろ失礼をいたします」
これで王国、というよりこの大陸でも非常に重要な地位の人間2人とつながりができた。もちろん今まで公爵という立場上多少の縁はあったが、こういう貸し借りの形でつながれたのは大きい。
俺が教皇と聖女を残して部屋を出ると、少しの間があって、聖女オルティアナがあわてて追いかけてきた。
「ブラウモント公爵様、お待ちください。もう少しお話をしたいことがございます」
「聖女様とお話ができるなら喜んで」
ということで、応接室に戻り、その後1時間程話をすることになった。
身の上話などもしたが、どうやら教皇から色々探れと言われたようで、『エクストラポーション』の話や、なぜ魔族や精神を操る邪法の存在に気づいたのかなどをそれとなく探られた。
ただそういった話をするときのオルティアナは申し訳なさそうな顔をしていて、やはり腹芸のできない娘さんなんだと微笑ましくなってしまった。
別れ際にゲームでの彼女の最期を思い出してしまったので、見送ろうと後をついてきたオルティアナに向き直り、そっとその手に『エクストラポーション』を握らせた。
「こ、公爵様、これは……」
「このような時勢、聖女様自身も御身に気を付けられた方がよかろう。この『エクストラポーション』は、個人的に貴女に差し上げる。いざというときに使われるがよい」
「し、しかしこのような高価なもの……」
「この程度のものなど、貴女の身とは比べ物にならぬ。ただしこの『エクストラポーション』は、貴女自身のためのものだということを忘れないでいただきたい。それがお渡しする条件だ」
「……それはどのような意味でしょうか?」
「貴女の性格を考えると、誰か別の者のためにそれを使おうとする可能性があるゆえな。身勝手ではあるが、それでは私が困るのだ。おわかりいただけるかな?」
聖女オルティアナは『オレオ』でも助けたいキャラナンバー1だったしなあ。今考えると『オレオ』のサブキャラ死亡率は恐ろしく高いんだよな。時代が違えば鬱ゲー扱いされるレベルだった
それにこの後も魔族やらなにやらこの大陸は戦乱が続くからな。回復魔法に長け、民衆の希望となる聖女という存在は色々な意味で重要である。
自らの重要性に気づいたのか、オルティアナはコクンとうなずいてくれた。その頬が少し赤いのはちょっと顔を近づけすぎてしまったからか。
「……わかりました、ありがたく頂戴いたします。その、もしかして公爵様は、色々な方に『エクストラポーション』を……?」
「必要な者に使うことはあるが、女性に預けるのは初めてかもしれんな」
と口にしてから、ちょっとキモいことを言った気がして反省する。
オルティアナが片手を胸にあてて俺のことを見上げてくるが、その目がちょっと潤んでるのがなかなかに破壊力が高い。というかこれ好感度アップ(大)アクションっぽいな。もしかして『エクストラポーション』って好感度アップアイテムなのか?
好感度アップアイテムといえばあれもあったな。ついでに渡しておこう。
「それとこちらは我が領で量産を始めたばかりの洗髪用の薬剤だ。聖女様の美しさに花を添えるであろう。大変な時ではあるが、このような時こそ貴方は民衆の希望でなくてはならぬからな」
「は、はい……?」
俺は『シャンプー』『コンディショナー』のビンを渡し、使い方を簡単に教えておく。
これでさらに好感度アップ間違いなしだ。
聖女は俺の断罪ルートとは直接関係はないが、好感度を上げておいて悪いことはないだろう。そう思いながら、俺は馬車に乗り込み聖堂を後にするのだった。




