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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~  作者: 次佐 駆人
第5章 悪役公爵マークスチュアート、王都で暗躍す

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13 裁判

 さて翌日は『真偽の鏡』を使った裁判である。


 場所は王城の近くにある裁判所で行われる。しかも『真偽の鏡』を使った裁判は、完全な公開裁判で行われることになっている。なにしろ野外の裁判所で開廷されるくらいだ。もはや完全なイベント扱いである。


 会場は長方形で、北側に楕円形の姿見のような形の魔道具、『真偽の鏡』が設置され、向かって左に裁判官が、右に国王ロークスやゲントロノフが座っている。残り三方は傍聴席で、3000ほどもある席にもう空きはない。


 いわゆる被告席には今回の被告、元宰相を含め6人の人間が並んで座っており、その後ろには家族と思われる人間が50人ほど長椅子に座っている。


 原告席にいるのは国の法務大臣とその部下の検察官だ。どちらも中年の男である。


 三大公であると俺とヴァミリオラは、ロークス新王やゲントロノフと同じ席につく。自然と被告たちと相対する位置になり、彼らの様子がよく見える。


 被告たちは、いずれも40~50歳代の男性貴族たち。王城でも度々会ったことのある人間で、良識派で有能な者たちばかりだ。いくら自らの権力を強めたいからといって、彼らを排除しようなどというのは呆れるしかない。


 ともあれ彼らについて今気になるのは、全員の目が妙に虚ろであるところだ。『真偽の鏡』を使った裁判であれば恐らく無実である彼らとしては望むところのはずだが、嬉しそうな様子がないのはいかにも不自然である。


 ちらと横目で見ると、ロークスとゲントロノフに焦りやいら立った様子はなく、むしろ余裕の笑みを浮かべているほどだ。暗殺が失敗したことを考えればこちらも不自然だが、彼らの後ろに立っている秘書官のラエルザ――魔族四至将ミルラエルザの姿を見れば、不自然さの理由は説明がつく。


 時間となり、裁判官が卓上にある鐘を木槌ガベルで叩いた。


「静粛に! ここに王国裁判の開廷を宣言する。裁くのは『真偽の鏡』であり、これに誤りはなく、ここで下された判決は覆らぬものとする。原告、被告双方ともに受け入れる心を示せ」


「受け入れます」


「受け入れます」


 6人の被告たちが心ここにあらずといった風に宣言する。


 原告側の宣言は法務大臣がおこなった。


「では、原告側は被告側に質問をせよ。その回答に対して『真偽の鏡』を使用し、真か否かを判定する」


 裁判官の指示で、原告側の検察官が前に出ようとする。しかしその前に、被告席の6人が一斉に前に出てきた。そしてその中でももっとも位が高い、元宰相のマルダンフ侯爵――品のよさそうな初老の男性だ――が声を張り上げた。


「お待ちください! 『真偽の鏡』を使う必要はございませぬ! この場にて私たちは全員罪を認めます! ですので、この裁判をこれ以上進めることも必要ございませぬ!」


 そう言って、被告6人は全員がその場で土下座のようなポーズをした。


 それに合わせてロークスが立ち上がり、


「よくぞ言った。その心意気に免じて、一族の命だけは助けてやろう!」


 といかにも得意満面に答える。


 顔面蒼白になっているのは被告たちの一族だ。彼らはこの裁判で助かったと思っているはずだから、これは大変なイレギュラーである。


 すかさずゲントロノフが裁判官に向かって「彼らの意向に沿うように裁判を進めよ」と指示をする。その横顔には消しきれない「してやったり」の笑みが張り付いていた。


 そのやりとりを冷めた目で見ていたヴァミリオラが、そっと俺に耳打ちしてきた。


「本当に貴方の言う通りになったわね。こんな間抜けな芝居をする人間には呆れるしかないけれど、こうなることを見破っていた貴方の慧眼には感服するわ」


「ふっ、そのように褒めてもなにも出んぞ。それよりも、例のものは用意できていると聞いたが、そちらはどうなっている?」


「それについてはわたくしからも少しサプライズがあるわ。貴方に驚かされてばかりでは面白くないから」


「ほう。ならば楽しみに見ていようか」


 俺たちがそんな話をしていると、裁判官が鐘を木槌で叩きはじめた。ざわつきはじめた聴衆を静かになったところで、「被告たちの意志を尊重し――」と裁判をまとめようとする。しかしその言葉を言い終わらぬうちに、聴衆席からよく通る美しい声が響いた。


「お待ちくださいませ! 判決の前に正さねばならぬことがございます!」


 それは若い女性の声であった。


 全員の視線が注がれる、その場に立っていたのは、純白の修道女風の衣服に身を包んだ妙齢の女性であった。透き通るようなピンクブロンドのロングヘア、顔立ちは美しいとともに、慈愛を感じさせる優しさもあわせもっている。その姿を見て聴衆が次々と「聖女様……」と口にするのも納得の容姿であった。


 いや、実際に彼女は『聖女』という肩書を持つ人間である。王国国教であるラファルフィヌス教において、教皇の次に権威があるとされる女性、聖女オルティアナ。ゲームでは主人公ロークスにたびたび助言を与えるお姉さん的にキャラクターであった。


 闖入者ちんにゅうしゃというにはあまりに高貴な人物の登場に、裁判所は再び騒然となる。


 裁判官が鐘を鳴らし、静かになったところで聖女へ声をかけた。


「聖女オルティアナ様、正さねばならないこととはいかなることにございましょうか?」


 聖女オルティアナは傍聴席から議場に下りてくると、裁判官の前までするすると歩いていく。


「被告の方たちから悪しき力を感じます。彼らはなんらかのよこしまなるわざにより、正気を失っている可能性があります」


「なんと……?」


 目を丸くする裁判官。それを見てロークスが忌々しげに舌打ちをする。わかりやすいリアクションは慎んでもらいたいものだ。


「ですので、今からこの『破邪の鐘』を用い邪悪なる力を退けます。よろしいですね?」


 聖女の申し出にロークスはなにか言おうとしたが、それをゲントロノフに止められていた。これが現代日本の裁判所であればともかく、この世界においてこの場で聖女の行動を止める理由はないのだ。むしろ余計なことを言えば自爆しかねない。


 裁判官が「よろしくお願いいたします」と答え、聖女はいまだ土下座をしている被告たちの前に立った。


「皆様にかけられた悪しき力をはらいましょう。正気を取り戻してくださいませ」


 聖女オルティアナは、腰に提げた白銀に輝くハンドベルを手に取ると、それに魔力を流しつつ二度三度と振りかざした。澄んだ鐘の音が裁判所全体を包み込み、心なしか空気までが清められたかのような感覚に陥る。


 聖女が鐘を振るのをやめると、6人の被告たちは一斉に頭を上げた。その目には、先ほどまではなかった生気と光が戻っていた。


「おお、聖女様、ありがとうございます。なにやら頭を覆っていたもやが晴れたような気がいたします」


「いったい私はなにを……? たしか裁判をすることになったと聞いて、そして……」


「ここは裁判所ではないか。いつのまに私はここに……?」


 口々にそんなことを言い始める被告たち。


 さすが聖女、どうやら彼らの状態異常は完全に回復したようだ。『破邪の鐘』は精神を操る邪法を退ける効果があるアイテムだが、彼女が振るうと効果が上がる気がするな。


「しかしまさか聖女が姿を現すとはな。巡礼に出ているのではなかったか?」


「王都が陥落したと聞いて戻ってきたそうよ。聖堂に行ったらちょうど会えたから、今回のことを頼んでみたの」


 ヴァミリオラが得意そうな顔をする。


「なるほど、たしかに驚いた。そして理想的な展開になりそうだな」


「そうでしょう? この件に関しては、聖女が自分の意思でやったということにするのが一番よ。私たちが表に出る必要はないわ」


「違いない」


 俺たちがそんな話をしているうちに、裁判所内は自然と裁判をやり直せという雰囲気になった。


 もちろん慌てたのはロークスだ。ゲントロノフになにかを耳打ちされ、立ち上がって大声を出す。 


「待て! このようなおかしなことがあって、そのまま裁判などできるものか! 今回の裁判は日を改めて行うことにする!」


「国王陛下、今日すでに彼らは悪しきものの術を受けていらっしゃいました。であれば、今後も同様の術を掛けられる恐れもあります。むしろ今すぐにでも潔白を証明させる機会を与えるべきでありましょう」


 聖女オルティアナが、凛とした声で答えた。


 傍聴席からも「聖女様のおっしゃる通り」「この場ではっきりさせるべきです」という声が上がると、ロークスは口元を痙攣させてさらになにかを叫ぼうとする。だが直前でゲントロノフに止められ、「勝手にしろ!」と吐き捨てて、椅子にドカッと腰を下ろした。


 まあこれは当然の流れである。残念ながら王都の陥落を許した王家の威光など、聖女の民衆人気に敵うはずもない。自分たちの策が首を絞めたといっていいだろう。


 その後の裁判については、予想通り被告たちの無実が完全に証明された。彼らはその場で釈放となり、議場にいた家の者たちと抱き合って喜びあっていた。


 ロークスは歯をむき出しにし、全身を震わせて悔しがっていた。なんというか、本当にわかりやすいリアクションはやめるべきだろう。


 反対にゲントロノフは腕を組み口をきつく結んでなにごとかを考えていた。それはそうだ。被告たちがなんらかの術を受けていたということになれば、それを誰がやったのか追及されることは免れない。そして精神を操る術は、魔族以外には扱えないことになっているのだ。いや、正確に言えば、四至将ミルラエルザのみが扱える設定なのだ、この世界の『精神を操る魔法』は。


 肝心のミルラエルザ――秘書官ラエルザはと見ると、彼女は口の端にいびつな笑みを浮かべていた。こっちはこっちで自分の術が破られたことについてはなにも感じている様子はない。今回の件はあくまでも彼女は力を貸しただけ、そんな感じなのかもしれない。


 まあなんにせよ、これでロークスたちがラエルザと協力関係にあることははっきりした。もっともゲームの設定どおりなら、ラエルザがロークスに協力すること自体はおかしくはない。


 問題は、後々のことを考えると、簡単に王城に魔族がいるぞと騒げないことなんだよな。裏を知っているというのもある意味面倒な話である。

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