12 イレギュラー処理 2
「これでとりあえず人質さえ助け出せれば乗り切れるか……?」
俺は『神速』スキルを全開にして、王都の北街道を時速100キロほどで全力疾走しながらつぶやいていた。
いやしかし、暗殺を阻止したのはよかったが、暗殺者としてあのダークエルフ3人組がここで来るのは驚いた。彼女らはそもそもマークスチュアートが中ボスとして倒された後に出てくるキャラなのだ。そしてさらに言えば、ゲームでは、アラムンドを仲間にするイベント用のキャラ達でもある。
本来なら暗殺対象はゲントロノフで、それを主人公ロークスが阻止するのだが、そこで彼女らをとらえるか逃がすかの選択を迫られる。それがゆくゆくはダークエルフであるアラムンドのイベントにつながるわけだ。
逆に言うと、彼女らを粗略に扱うとアラムンドは敵対してしまうのだ。俺にとってアラムンドは裏切りキャラではあるのだが、もはやゲームシナリオが息をしていないこの世界では、彼女の裏切りを阻止できる可能性もある気がする。正直アラムンドを失うのは痛いので、できればゲームの設定を活かして仲間にしておきたい。とするならば、あのダークエルフ3人娘についてもきちんとゲーム知識を使って対応しないとならない。
とりあえずは適当に公爵っぽく対応したので、後は設定どおりの場所に人質がいるのを祈るだけだ。
「たしかこのあたりだったはずだが……あれか」
夜中なのであたりは暗闇だが、月の光に照らされた、奇妙な形の山はすぐに見つかった。
山というより、岩でできた巨大な衝立みたいなオブジェだ。周囲に申し訳程度の森が広がっているが、俺はその森を突っ切って山の真下まで走っていく。
途中からは『隠密』スキルを使ったが、必要はなかったようだ。岩山にぽっかりとあいた洞窟、その前に立っているはずの見張り2人は大口を開けて眠っていた。先ほどの牢獄の衛兵とは違って、こっちはただ単に寝ているだけだ。
「どうやらやはり設定だけは同じようだな」
この洞窟はいわゆる盗賊のアジト、を装った魔族の拠点である。見張りも人間の格好をしているが、よく見ると翼のないデーモン族、つまり下級の魔族だ。
俺はミスリルの剣を抜いて洞窟へと入っていく。
中の構造はゲームとほぼ同じだった。というかよく覚えてるな俺。前世の青春時代をすべて投げうっただけはある、と言うと悲しさしかこみ上げてこないが。
夜中なので拠点の構成員はほとんど部屋にこもっているようだ。3人ほど『隠密』スキルでやり過ごすと、奥にある牢屋へとたどり着く。見張りはいない。
鉄格子がはめられた牢屋が2つ。一つは空、もう一つに小さな人影があり、牢屋の端にうずくまっていた。どうやら寝ているようだ。
俺は牢屋の鍵をミスリルの剣で切断した。高レベル者の手にかかれば音が出ることもない。この世界の強者は物理法則を超越する。
牢屋に入り、その人影の肩をゆする。ダークエルフの女の子、年齢は人間で言うと10歳くらいか。黒髪をおさげにしているその顔は可愛らしく、ジラルナにどこか似ているのは姉妹であるからだ。彼女はうっすらと目を開き、そして俺の姿を認めてビクッとなった。声を出そうとしたが、その前に俺の手が口を塞いでいる。
「声を出すな。ジラルナに話を聞き、お前を助けにきた」
そう小声で伝えると、子どもはコクコクとうなずいた。俺は手を口から離してやる。
「お前を担いで逃げる。絶対に口を開くな。舌を噛むぞ」
再びコクコクとうなずく女の子。俺は彼女を片手で抱き上げ、牢屋から出て出口へ向かう。
このまま外に出られれば……というのさすがに甘かった。というよりゲーム通りだ。出口を背後にして、一人の男の魔族が立っていた。
「オマエ、オレの気配感知をダマせると思っていたのか?」
身長2メートルほどの、翼を背に持つ魔族幹部だ。モブ中ボスキャラだが、たしか四至将ミルラエルザの手下だったはずだ。ゲームだとロークスは倒してしまっていたが……。
「済まぬが、私も暇ではないのでな」
俺はダークエルフの女の子を下ろすと、『神速』で魔族の正面に移動、そのみぞおちに拳をめり込ませ、前かがみになったところで延髄に手刀を叩き込んだ。
倒れる魔族を受け止めて地面に寝かせてやったのは音がするのを避けるためだ。幹部クラスの魔族は頑丈だからこの程度で死ぬことはないだろう。
「これでよし。さあ、逃げるぞ」
再度女の子を抱き上げ、俺は闇の中を走り出した。
「ジラルナお姉ちゃん!」
「ミラルナ!?」
抱き合うダークエルフ姉妹。
夜中の公爵邸の一室で、感動の姉妹再会のシーンである。連れの二人も一緒になって泣いていて、それを離れたところで見ているアラムンドの目も多少優しい感じになっている。
これはゲーム内では実現しなかったイベントだ。なにしろジラルナ達は主人公に捕らえられても逃がされても、どちらにしても結局は殺されていたからな。
「アラムンド、彼女らに説明はしてあるか?」
「はい、お館様について、そして公爵家での使用人の待遇については一通り。彼女らはすべて納得して、お館様に仕えると申しています」
「ならよい。今日はもう遅い、我らも休むとしよう。詳しい話は明日する。彼女らはこの部屋で寝るように伝えておけ」
「はっ」
自室に戻って一服する。
さすがに夜のマラソンは少しだけハードだった。帰りは子ども一人運んでいたしな。この身が中ボスでなければぶっ倒れているところだが、まだまだ体力に余裕があるのだからまったく恐ろしい。
そのまま就寝して翌朝。
朝食を終え、執務室で王都の新聞に目を通していた俺のもとに、ジラルナ以下ダークエルフ暗殺者改め密偵見習いと幼女ミラルナの4人が、アラムンドに連れられてやってきた。
ジラルナ達3人は執務机の前に来ると膝をついて頭を下げた。ミラルナも真似をして同じポーズをする。
「公爵様、昨夜はありがとうございました。お礼を言うのが遅れて申し訳ありませんでした」
「よい。それより確認をしていなかったが、人質はその娘でよいのだな?」
「はい。妹のミラルナです。助けていただいてありがとうございます」
「里にいるときにさらわれたのか?」
「いえ、実は妹は私たちの冒険者活動についてきていて、仕事中は宿屋にいるようにしていたのですが、そこを狙われたみたいです」
「なるほど。ならばその娘も公爵領に来るということになるか」
と言うと、ジラルナは耳をピクリとさせた。
「連れていっていいのですか?」
「無論だ。ただし公爵領に着くまでは絶対に外には出るな。お前たちを雇ったものに見つかれば面倒になる」
「わかってます。これからは公爵様のために働きます」
「お前たちの働き次第ではダークエルフが住む土地を用意してもよい。アラムンドにもそう言ってあるがな」
「は、はいっ。信頼してもらえるよう力を尽くします!」
3人娘が顔を見合わせて嬉しそうな顔をしている。
「公爵領へは5日後に出発をする、それまでは休んでおけ。他になにもなければ下がってよい」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げつつ執務室を出ていくジラルナたち。最後ミラルナが「こうしゃくさまありがとうございましたっ」とお辞儀をするのに癒される。
俺が新聞に目を戻そうとすると、アラムンドが目の前に来て膝を折った。
「どうした?」
「いえ、私からもお館様にお礼を申し上げなければなりません」
「ダークエルフを救ったからか? 今回の行為は私に利があるからおこなっただけだ。礼を言われるものではない」
「しかし、お館様が王家から睨まれる危険をおかしてまで助けるほどのものではありません。お館様はなぜ彼女たちを助けたのですか?」
「ふむ……個人的には、ダークエルフという種族の置かれた状況に多少の同情もある。また三大公として、王国に生きる人間に対しての配慮はその職責のうちだ」
「はい」
「それとあそこで彼女らを見捨てたら、お前の感情も私に対してよからぬ方向に動こう。アラムンド、私にとってお前は大切な存在なのだ。わかるな?」
だって裏切られると困るし、それにアラムンドの諜報能力は非常に貴重なのだ。できれば仲間になってほしい。
俺の強い気持ちが伝わったのか、アラムンドはしばらく目を見開いていたが、すぐに顔を恥ずかしそうに横に向けた。たしかこれは好感度アップ(大)の動作のはずだ。うむ、さすが俺。
ただその動作も一瞬で、彼女は直後に非常に苦しそうな顔をした。まあアラムンドは現在進行形で別の組織の命令を受けているはずだからな。彼女の良心がそんな表情を生み出したのだろう。
「……わかりました。お館様のお心に感謝いたします」
「うむ。私はこれから王城に向かう。お前はジラルナたちを見ておけ。公爵領までは馬車に詰めてもらわねばならぬからな。その準備もしておくように」
「はっ」
去っていくアラムンドの背中を見送り、俺はふうと息をついた。
突発的な3人娘イベントだったが、どうやらおかげでいい方に転がったようだ。
アラムンドの好感度も上がったし、それにダークエルフの密偵候補が増えたのも大きい。ダークエルフはその種族特性からスパイに非常に向いているのだ。
しかしクーラリアたち獣人族といい、ジラルナたちといい、ゲームでは死ぬ予定のキャラを仲間にできるのは面白いな。まあ死ぬ予定キャラ筆頭の俺が生き残るつもりで動いているのだから、彼女たちだって生き残ってもいいはずだ。




