11 イレギュラー処理 1
館に戻ると、使っていない部屋に暗殺者3人を運び込んだ。縛った上で『スリープ』の魔法をアラムンドに解かせる。
「う、うう……ここは……ッ!?」
3人の暗殺者は目を覚ますと、周囲を見回し、そして目の前の俺、そしてアラムンドの姿を認めてキッと睨みつけるような顔になった。ただしアラムンドを見た時に一瞬だけ驚きの表情になったのを俺は見逃していない。
「ようこそ我が館へ。私は王国公爵マークスチュアート・ブラウモント。王国貴族を害さんとした諸君ら大罪人をとらえた者だ」
「『蒼月の魔剣士』……!? く……っ、裏切られた……か!」
そう口にしたのは、真ん中の黒髪ぱっつんショートボブの暗殺者ダークエルフだ。
「ふむ。私を見て裏切られたと口にしたということは、諸君らに暗殺を命じた者、もしくはその背後にいる者が王国関係者ということか」
「なに……?」
黒髪ボブ少女が目を見開く。
暗殺者としてはずいぶんと迂闊だが、まあ彼女らはもともとただの腕利き冒険者だからな。ただダークエルフという種族特性と、全員が斥候系というところから、暗殺者適性は恐ろしく高いのだが。
「まず初めに言っておくが、私は諸君に暗殺を命じた、もしくは依頼した者とは無関係だ。次に、私はその者についてはすでに目星はついている。ゆえに諸君からそれを聞くつもりはない」
「……」
「私が問いたいのは、諸君らが今自身がどのような状況に置かれているのか、それを正しく把握しているかどうかだ」
「なにが言いたい……?」
訝しそうな顔をしつつ、チラッとアラムンドの方を盗み見る黒髪ボブダークエルフ。残念ながら同郷であっても今アラムンドは動けないんだよな。
「私が諸君らを表に出し、王国貴族を害そうとしたと公表したらどうなるか、諸君らにはわかるかね?」
「私たちが処刑されるだけだろう……っ」
「言い方を変えよう。ダークエルフが人族の貴族を殺そうとした。この事実が世に出たらどうなると思うかね?」
「……ッ!? それは……っ」
「エルフは姿を消した。ダークエルフは辛うじて人族の社会に溶け込んだ。だがそこでこのような事件が起これば、君たちの先人がなしてきた努力はすべてふいになる。そうではないか?」
「うぐ……」
黒髪ボブ少女は口を食いしばるようにして厳しい表情になり、左右の仲間も同様の表情を見せる。ちなみにアラムンドもその気配を微妙に揺らがせているが、それだけこの問題は根が深い。
この『オレオ』の世界では、エルフとダークエルフはどちらもその美貌と能力によって、最大勢力の人族と過去に大きな軋轢があったことになっていた。ゲームでは人族が一方的にエルフたちを弾圧して奴隷にしていた、みたいな描かれ方をしていたが、このリアル世界ではそんな簡単な話でもない。
その詳細はともかく、問題なのは現在、エルフは『不帰の森』の奥深くに引きこもり、ダークエルフは長い時をかけて人族中心の社会に溶け込もうとしてきたことだ。彼らはエルフより数が少なく、人族の社会に入らなければ、原始的な生活に戻らなければならなかったという厳しい状況がその背景にある。
そこをつついてみたわけだが、やはり彼女たちも同族意識は非常に強いようだ。
「さて、そこで私が気になるのは、そこまでのリスクがありながら、君たちはなぜ暗殺などを請け負ったかということだ。見たところ諸君らは暗殺を生業とした人間ではあるまい?」
「私たちは……もとは冒険者だ」
「ふむ。しかし冒険者に暗殺を依頼するなど本来ならあり得ぬ話だ。君たちとて平時ならそんな依頼は受けまい。なにを対価にされたのかね」
「……」
目を逸らす3人組。
う~ん、ゲーム通りの設定なら、そんな答えづらい話でもないと思うんだがなあ。
「君たちが強い同族意識を持つことは理解している。とすればそれに関わるものだろう。相手が王国の人間を語ったのであれば、ダークエルフが住む土地を与えるとかそのあたりか。いや、それでは不十分だな。人質でも取られたか」
俺がゲーム知識を披露すると、耳をピクッとさせる3人組。『真偽の鏡』いらずだなこれ。
「お前、名前はなんという?」
俺は黒髪ボブ娘の前で片膝をつき、視線の高さを合わせて聞いてみる。
黒髪ボブは顔を横にそむけたが、小声で「ジラルナ」と答えた。あ~確かにそんな名前だった気がする。ゲームだと字幕だけ出てたな多分。
「ジラルナ、わかっていると思うが、君とその仲間は二度と表には出られん。出られる可能性があるとすれば、君たちに暗殺を依頼した人間とその一派が表舞台から消えることだが、それは期待するだけ無駄だ」
「……わかってる」
「そして、その依頼した一派は、君たちが依頼に失敗して行方不明になれば、速やかに人質を処分してしまうだろう」
「わかってるっ!」
「そこで取引をしよう。私がその人質を取り戻してやろう。代わりに君たちは私の元で密偵となりたまえ。このアラムンドのようにな」
「は……?」
キッと強い瞳で俺を睨んでいたジラルナが、呆けたような顔になる。他の二人も同じ……と思ってたら、アラムンドまで一瞬同じ顔をしていた。
「なにか問題はあるかね?」
「問題もなにも、人質がどこにいるかもわからないだろう!? わかるというならやはり仲間なんじゃないのか!?」
「私が仲間かどうかは後でアラムンドから聞きたまえ。それと我が公爵家での待遇もな。今問題なのは、君たちがこの取引をする気があるかどうかだ」
「そんなこと言ったって、しないって選択肢はないじゃないか!」
「君たちダークエルフが口に出すことが重要なのだよ。口約束が大切なのだろう、君たちの文化では」
なんか『オレオ』のダークエルフには、一度約束したら相手が死ぬか裏切るまでは約束を履行するって設定があったんだよな。この世界の知識がある今だと、それはダークエルフが人族に溶け込むための方策だとわかるのだが。
ジラルナは俺のことをしばらく睨んだあと、他の二人と相談としてから、吐き捨てるように言った。
「わかったよ、その取引をうける。人質を取り戻してくれたら、あんたの密偵でもなんでもやってやるさ」
「結構。ならばアラムンド、彼女らの世話は任せる。縄は解いてやってよい。私はこれから人質を取り戻してくる」
俺が命じると、アラムンドはハッとなって振り向いた。
「お館様、それならば私も……」
「お前では全力の私にはついてこられぬ。先ほど言ったように、私がどのような人間であるか、そして密偵としての待遇などを話してやれ」
そう言って、俺はその場を後にした。




