06 懐柔 続
その日の夕食も、もちろんフォルシーナと二人きりであった。
昼間あんなやりとりがあったせいか、逆に気まずい感じがしているのは俺だけだろうか。
フォルシーナは相変わらず氷の彫像のような横顔で、たんたんと料理を口に運んでいる。
「フォルシーナよ、魔法の実技についてはどこまで進んでいる?」
無言に耐えられず、食事の合間に俺はフォルシーナに話しかけた。というかこれでずっと平気だった今までの俺っていったい……まあ将来の中ボスなんだが。
「はいお父様。基本四属性の中級魔法の習得が終わったところです」
「うむ、悪くないな。上位四属性についてはどうだ。お前は氷魔法を得手としていたと思うが」
と聞いたのは、フォルシーナがゲームでそういう能力のキャラクターだったからである。『氷の令嬢』という二つ名は見た目と性格だけでつけられていたわけではない。
だがフォルシーナは不思議そうな顔で俺を見返してきた。
「いえ、そのようなことは先生に言われてはおりませんが……」
「ん? そうであったか?」
あ、そう言えば昨日、上位四属性はまだ理論だけとか言ってたな。
「お父様は全属性均等にお使いになれますし、お母様は水属性が得意だったと聞いておりますので、得意なものがあるとすれば水かと思っていたのですが」
「……そうだな、私は全属性と言ってはいるが実は風属性が多少得意でな。なので私の風と、お前の母が得意だった水を合わせれば氷属性が得意になるのだろうと思ったのだ」
「そうでしたか。早速明日試してみます」
にこりと微笑むフォルシーナ。
なんとか誤魔化せたか?
ちなみに属性属性と話をしているが、この世界の魔法にもお約束の属性がある。火、水、風、土の基本4属性と雷、氷、光、闇の上位4属性と分類されていて、上位属性は基本属性の得手不得手によって使えるかどうかが決まる。
ちなみに俺は全属性得意で、魔法剣士なのに並の魔導士より魔力もはるかに高い。世界が俺に中ボスをやれと言っているようだ。
「ところでフォルシーナよ。今日『不帰の森』で珍しい武具を手に入れてな。それをお前に与えよう」
「それは……ありがとうございますお父様。私、とても嬉しいです」
「魔法を使う際に力になるであろうものだ。お前も貴族の子女として領民を守る力は持たねばならん。嬉しく思うなら一層励むのだぞ」
「はい。領民を守るため、お父様のお力になるよう励みます」
さらににこりと微笑むフォルシーナ。
クール系キャラの彼女がこんなににこにこするのは意外だな。
「うむ。それとお前のメイドのミアールのことなのだがな」
「ミアールがなにか……?」
「今日の様子を見ていると、随分とお前の支えになってくれているようだな」
「は、はい。よく尽くしてくれております。いつも親身になって話なども聞いてくれますので……」
フォルシーナが頬を赤らめたのは、昼間泣いてしまったことを思い出したからだろう。
あの時の様子を見れば、ミアールがフォルシーナにとってどんな存在かは理解できるというものだ。
「それは結構なことだ。だが私にはなにか言いたいことがありそうな様子だった。お前はそれに気づいているか?」
俺がそう言うと、フォルシーナはハッとした顔になり、俺に真剣な目を向けてきた。
「それは……気づいてはおりました。もちろんそれを止めなかったのは私の落ち度です。ですからミアールについてはどうか――」
「よい。今までのお前に対する扱いを考えれば、ミアールが私に不信感を抱くのはむしろ当然。お前に対して忠実ということになれば、逆に褒めるべきところであろう」
「お父様……」
「忠実な家臣は大切にせよ。得難いものゆえ、な」
「は、はい! ありがとうございます、お父様」
よし、これでミアールに対するフォローもできただろう。
フォルシーナを懐柔するのに仲のいいミアールを排除するなどもってのほか。むしろミアールごとこちらになびかせないと、彼女の影響でフォルシーナが俺にマイナス感情を持ちかねない。
しかしおそらく俺がミアールを直接褒めても効果は薄い。ならば間接的に褒める、これが一番効くのは前世で経験済みである。ちなみに元のマークスチュアートは誰も褒めないタイプだった。まさに中ボスな男である。
まあとにかくこれでフォルシーナに関しては懐柔のとっかかりはできたと考えていいだろう。今後も継続して父親の優しさを刷り込めば、少なくともフォルシーナに断罪される可能性は減るはずだ。
もっとも、断罪を避けるために優しくするというのも、それはそれで多少なりとも良心がとがめるのも確かではある。
いつか彼女とも、本当の親子のように付き合える時がくるといいのだが。




