08 魔窟・王城 1
誰か迎えに出てくるかと思っていたのだが、どうやら人が来るという前提になっていないらしく誰も来ない。
一応警備の衛兵は立っているのだが、皆俺の顔を見て目を丸くしているだけだ。
仕方ないのでそのまま城の廊下を歩いていく。向かう先はとりあえず王の執務室。なにかあれば呼び止められるだろう。
と思っていたのだが、すれ違う役人や使用人たちもただ驚いた顔をするばかりで、誰も俺を呼び止めたりはしない。公爵に声をかけるのはよほどの理由が必要だから仕方ないのかもしれないが。
執務室は2階にあった。何度見ても無駄に豪華な扉だ。これに比べたら公爵邸など質実剛健と言えるくらいのものだ。
扉の左右には近衛兵が立っているが、俺の顔を見て敬礼をするだけだ。彼らは剣を学ぶ者同士として多少交流があったりする。近衛兵なんてほとんどが貴族の子弟であるし。
ノックをすると、内から扉が開かれた。
そして顔を見せた人物を見て、俺は内心「は……?」と戸惑った。しかし腹黒公爵マークスチュアートとしての自分が、その感情を顔に出すことを辛うじて押しとどめた。
扉を開いたのは怜悧な雰囲気を漂わせた女だった。紫紺の髪を短くまとめた、金色に輝く瞳の美女。銀縁の眼鏡とあわせて、どことなく社長秘書を思わせるように出で立ちだ。恐らくは国王の秘書官という設定なのだろう。
そう、この女は断じて国王の秘書官などをやる人物ではない。なぜなら――
「申し訳ございません。お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「……王国公爵のマークスチュアート・ブラウモントだ。国王陛下にご挨拶と報告、そして奏上したい儀があり罷りこした」
「ブラウモント公爵様……。大変失礼いたしました。わたくし国王陛下の秘書官のラエルザと申します。なにぶん新参の田舎者ゆえご尊顔を存じておりませんでした。ご容赦くださいませ」
「構わぬ。入ってよいだろうか」
「どうぞお入りください」
優雅な所作で脇に身を引く秘書官ラエルザ。なるほど、ゲームでも見た格好だが、近くで見てもまったくそうだとわからないな。しかし俺が名を告げたとき、ラエルザのガラス人形のような美貌が一瞬だけ動いたのは察せられた。
しかし魔王軍四至将の一人『冷笑のミルラエルザ』か。確かに裏で謀略をめぐらすタイプの中ボスだったが、まさかこんなところで出てくるとは。
だがこれはどういうことだろうか。魔族は王都を奪還されたフリをして、強力な駒を城に潜りこませたのか。それとも――いや、今はまだ様子を見たほうがよさそうか。
このミルラエルザは裏で事情を抱えたキャラなので、今後のことを考えるとここでいきなり正体を指摘して敵対するのはマズい。俺は気付かぬふりをして執務室に入る。
部屋では新国王ロークスが執務机で仕事を……と思ったらそんなことはなく、ソファで左右をお色気美女に挟まれて酒を飲んでいた。
ちょっと待て主人公、お前まだ14歳だよな、と思ったがやはり顔には出さない。よく見ると左右の美女は女淫魔、つまり魔族だった。もちろん人間に化けてるが、ゲームの名無しサキュバスそのままの姿だからバレバレである。
「ああ? なんだよ客入れるなって言ってるだろラエルザ……って、ブラウモント!? なぜ生きてるんだ!?」
「なぜと言われましても困りますな王太子殿下。それよりもこの度の王都奪還、おめでとうございます。見事な手際でございました」
俺が一礼すると、ロークスは「チッ!」と舌打ちしながらソファを立ち、執務机の方へと歩いていった。
「公爵の方も魔族に襲われたと聞いたぞ。領地は大丈夫なのか?」
「ご心配いただきありがとうございます。3万ほどの軍勢、それと上位幹部が攻めて参りましたが、返り討ちにいたしました」
「ふん、さすが『蒼月の魔剣士』と言いたいが、本当に3万も攻めてきたのか?」
「概算ですが恐らくは。王都はそれより多くの軍勢が押し寄せたと聞いておりますが」
「7万だ。俺がすべて駆逐したけどな」
「それは偉業にございますな。ところで先王陛下がお亡くなりになられたと噂で聞きましたが、真でございますか?」
「俺が城に来ていたときには、母上と一緒にすでにな。今は俺が王だ。即位の儀は済ませ、王都に発表はした」
と椅子の上でふんぞり返るロークス。なまじ元が主人公的なイケメン少年だけに違和感が半端ではない。
「しかし王太子殿下、王国法によれば、国王の即位には三大公の合議による承認が必要なはずです」
と指摘してみると、ロークスは鼻で笑った。
「国の緊急時には必要ないとなっているんだよ。知らなかったのか?」
「それは三大公に一時的に欠員が生じたときの例外規定にございます。三大公が健在、さらには殿下が魔族を退けたのならば緊急時ではありますまい。正式に三大公合議の場を設けるべきかと」
ロークスは再度舌打ちをする。
なるほど、これはもしかしたら俺が死んだという話になっているあたりとつながりがありそうだ。
城に魔王軍四至将のミルラエルザがいることと合わせると、ロークス・ゲントロノフ陣営そのものが魔族とつながっている可能性も出てくるな。俺の領地を攻撃させ、俺を亡き者にしたところで例外規定を使って合議なしで即位する。いかにもありそうな話である。俺の領地を攻めたのが上位幹部ジーヴァ率いる魔族軍3万と知っていたなら、俺が討ち死にしたと早合点してその噂を広めていてもおかしくはない。
「それと、表門に集まる貴族の話を聞きましたが、なにやら魔族との内通者が複数いるとか」
「ああ。そいつらは近々全員処刑する。もちろん一族もな」
「正式な裁判が行われていないのであれば、それも王国法にもとる行いでございます。まずは裁判を行っていただかなくてはなりません。それ以前に、王太子殿下はまだ正式な王ではございませんので、貴族に対するそのような裁量権をお持ちではございません」
俺の諫言に、ロークスは顔を歪めて不快感をあらわにした。というか怒鳴ろうとしていたようだが、俺の言っていることが正論である以上それもできないといった感じである。
代わりに憎々しげに口元を歪めて答えた。
「……ゲントロノフができると言ったのだ。文句があるならそちらに言え!」
「ふむ。ではゲントロノフ公はどちらへ……」
俺の言葉が終わらない内に、秘書官のラエルザが新たな客を執務室に入れた。白髪をオールバックにした鷲鼻の老人。三大公の一人ゲントロノフ公であった。
ゲントロノフは俺を見ると「む……!?」と一瞬だけ目を見開いたあと、ラエルザに咎めるような視線を投げかけた。「話が違う」みたいな感じに見えるのは、俺がゲーム知識でラエルザが魔族と知っているからこそだ。
ゲントロノフは大げさに両手を広げながら、こちらへ歩いてきた。
「おお、おお、これはブラウモント公ではないか。領地が魔族に襲われたと聞いていたが、さすが『蒼月の魔剣士』、難なく跳ねのけたということかの」
「お久しぶりですゲントロノフ公。幸い領地の被害は軽微に済みました。むしろ王都は魔族によって一時占領されたとか」
「うむ。まさか大森林開拓の隙を狙うとは思わなんだ。まあそれも内通者がいたということで納得はいったところであるがのう」
「その話について、さきほど王太子殿下に正式な裁判を行うようお願いしていたところです。さすがに貴族家の取り潰しとなれば冤罪など許されることではありませんので」
俺がそう言うと、ゲントロノフは眉根を寄せ、面倒そうな顔をした。
「しかし疑いは明白。王都民に正義を示すためにも取り潰しは早急に行わねばならんのだがのう」
「明白かどうかは裁判で決まることでしょう。私は三大公の一人として、『真偽の鏡』を使用した貴族裁判の開廷を要求しましょう」
「む……」
『真偽の鏡』とは、この世界に少数存在する『嘘発見器』である。地球のそれとは違って神の力で動いているいわゆる『神器』なので、絶対に誤魔化しがきかないという、ある種の人間にとっては非常に恐ろしいファンタジー道具だ。
王国の法では、特に貴族や聖職者を裁く時には使用することが推奨されていて、その使用については国王と三大公4人のうち2人以上の同意が必要とされている。
「ブラウモント公、今は非常時であるぞ。裁判などという悠長なことをしているときではないと思うがの」
「王太子殿下と三大公が健在、かつ現在は戦闘状態にないのですから非常時にはあたりますまい」
「なるほどの。しかし処刑は明後日にも行う予定。しかも『真偽の鏡』を使った裁判の開廷にはもう一人の同意が必要じゃ。無論新王陛下とわしは同意はせぬ。そしてローテローザ公はこの場にはおらぬ。済まぬが今からローテローザ公を待つ時間はないぞ。民が納得せぬからのう」
ゲントロノフが「くくっ」と笑い、ロークスも「ふん」と鼻を鳴らした。
申し訳ありませんが、都合により11月22日~24日は更新を休ませていただきます。
次回は11月25日更新になります。
【『勇者先生』5巻発売の告知】
別に連載している『勇者先生』の5巻が11月25日(火)に発売となります。
アメリカンな転校生レアが目立つ表紙が目印です。
内容はいつもの通り、Web版の全体的な改稿+エピローグ、書き下ろしの追加となっております。
イラストレーターの竹花ノート様のイラストがいつも以上に美しい一冊ですので是非よろしくお願いいたしいます。




