02 マリアンロッテ 1
落ち着いたころを見計らって、来客用の部屋で休んでいるはずのマリアンロッテに会いに向かった。
俺が部屋に入ると、金髪をツーサイドアップにした美少女マリアンロッテと、銀髪が輝いているフォルシーナがテーブルセットに座って話をしているところだった。
フォルシーナ付きのメイド、赤髪をボブカットにした美少女ミアーナが一人で給仕をしているので、マリアンロッテの付き人はまだ回復していないのだろう。彼女はずっと歩き詰めだったらしく、相当に消耗していたようだ。
「マリアンロッテ嬢、身体の方は大丈夫だろうか。詳しい話を聞かせていただきたいのだが」
声をかけると、マリアンロッテは立ち上がって深くお辞儀をした。
「ブラウモント公爵様、この度は急に来訪いたしまして申し訳ございません。そして受け入れていただいてありがとうございます。旅の疲れもだいぶ取れましたので、私がこちらへ参りました理由をすべてお話いたします」
「マリアンロッテ嬢は王太子の開拓部隊に随行したと聞いている。今回はその部隊から、侍女と2人で逃れてきたという認識でよいか?」
「はい、その通りです。王太子殿下の元から許可なく離脱してこちらへ参りました」
「承知した。では話をうかがおうか」
マリアンロッテは椅子に腰を下ろして姿勢を正すと、話を始めた。
「私はロークス王太子殿下を補佐するという名目で、南の大森林開拓に参加をいたしました。開拓部隊は特に問題もなく出発し、2日目には南の都市サウラントに到着しました。1日休息をとってから出発する予定だったはずなのですが、王太子殿下はそこで開拓部隊をずっと留めるよう命じたのです」
「うむ」
「王太子殿下は、サウラントでは毎日宴のようなものを催し、ずっと遊興にふけっていらっしゃるようでした。3日目に騎士団のラシュアル団長閣下が出発するように進言をしたのですが、待てばわかると言わるだけで、それは聞き入れてもらえなかったそうです」
「うむ」
「団長閣下に相談されたので、私も殿下に理由をお尋ねしました。すると、『もうすぐ魔族が王都を攻撃するという情報が入った。その結果次第では、自分たちは引き返さなければならない』とおっしゃいました。その時は殿下はそういった情報にも明るい方なのだと思ったのですが……」
「裏があったのだな?」
「はい……。実は王太子殿下には私の祖父がつけた側近がいるのですが、彼との秘密の話を偶然にも聞いてしまったのです。魔族が王都に攻め込むのも、それに乗じて国王陛下を亡き者にするのも、王家に反抗的な大臣たちを退けるのも、すべて計画のうちだと」
マリアンロッテが両手で肩を抱くようにして身体を震わせると、フォルシーナはマリアンロッテに寄り添うようにして気づかうようなそぶりを見せた。どうやらメインヒロイン同士、すでに打ち解けているようだ。
しかし今の話が本当であれば、この純真な少女にとっては悪魔のような企みに思えたことだろう。実際王都への魔族襲撃を知りながら利用したということになれば、それによって生じる多くの犠牲よりも己の野望を優先したということになる。
しかもだ。今の話だとさらに深い闇があることになる。
「マリアンロッテ嬢、今の話を聞くと、魔族の襲撃そのものも王太子一派が誘導したように聞こえるのだが、そうとらえてよいのか?」
「はい……。祖父がつけた側近がこう言っていたのです。『魔族は餌にかかって王都を攻撃しました。公爵閣下の策が見事に成りましたな』と」
「なるほど……。それを聞いて、マリアンロッテ嬢は王太子の元を離れられたのですな」
確認すると、マリアンロッテは目を伏せて申し訳なさそうな表情になった。
「そうです。本来ならば婚約者である私がお諫めしなければならないのでしょうが、その時の王太子殿下の様子がとても恐ろしく……。ブラウモント公爵様を頼ってしまったのも、とても申し訳なく思っております」
「お父様、マリアンロッテは婚前にもかかわらず、何度も寝屋を共にするように迫られていたそうです。その時の王太子の様子もケダモノのようであったとか」
フォルシーナが不快そうに擁護をした。
確かにあの『立太子の儀』の様子を考えればいかにもありそうな話ではある。マリアンロッテのような少女にとっては婚前交渉など思いもよらないことであろう。
「ところで、マリアンロッテ嬢は最初に王太子殿下を『悪魔のような男』と評していたが、それは今の謀ゆえということでよろしいか?」
その質問に、マリアンロッテは細い身体を震わせた。
「いえ、それだけでなく……王太子殿下はサウラントに着いてからは毎晩のように女性を自分の部屋に引き入れては暴力を振るったり、気に入らない部下をその場で手打ちにしようとしたりと、あまりにも酷いありさまで……。一度など、近くの村の井戸に毒を投げこめなどとおっしゃっていて、私もお留めしたのですがまったく聞き入れてもらえず……。騎士団のラシュアル団長がいらっしゃって止めに入らなければ何人の方が亡くなっていたかわかりません。その団長にまで寝屋に来いとおっしゃっていた時もありましたし……」
えぇ……、いったいなにしてんのロークスは。まさか破滅ルート主人公がそこまで性格の破綻してる奴とは思わなかったな。ゲームでも破滅ルートだと会話の選択肢がだんだん酷くなっていくんだが、さすがにそこまでではなかった気がする。
「そのようなありさまなら確かにマリアンロッテ嬢が悪魔と言うのもわからなくはない。しかしそれが事実とすれば少し面倒なことになるやもしれんな」
「もしかしたら私を受け入れたことでブラウモント公爵様にもご迷惑がかかるかもしれません。ただこのことだけはどうしても伝えたくて参りました。もし殿下に私を受け渡すよう要求されましたら、それには従ってください。私のせいで公爵様が殿下から責められることはあってはならないことですので」
「ふむ……」
マリアンロッテが俺のところに来たことは、隠したとしてもいつかはロークスの知るところとなるだろう。当然受け渡しは要求してくるはずで、公爵であっても正当な理由なくそれを拒むことはできない。もし断れば、それを口実にこちらに圧力をかけてくることになるはずだ。というより、普通に王家とゲントロノフ家を敵に回すことになる話である。
さらに言うならば、公爵としての俺の務めの第一は領民の生活を安んずることだ。それを考えれば、俺にマリアンロッテをかばって領地にずっと置いておくという選択肢はない。
ただなあ……マリアンロッテをロークスの元に返せば、酷い扱いを受けるのは目に見えているんだよな。
それにこの世界がゲームの設定通りなら、彼女を含めたメインヒロインは一人も失われず、しかも誰かの元に集まっておくのが理想である。その『誰か』は本来ならロークスのはずなのだが……どう考えてもそれだけはない。
などと考え事をしていると、フォルシーナが俺のことをじっと見ているのに気づいた。
「なにか意見があるのかフォルシーナ」
「お父様、まさかマリアンロッテをあの男の元に返すつもりがおありですか?」
「王家との対立を避けるなら必要な措置ではある。ただ……」
「お父様、さきほどの話を聞かれて、それでもマリアンロッテに戻れとおっしゃるのですか?」
フォルシーナの言葉は強く、そして微妙に『氷の令嬢』感が現れていた。どうやらマリアンロッテとは随分と仲が良くなってしまったようだ。




