04 魔族軍との戦い 2
敵中突破すること数百メートル、目の前に身長5メートルの巨人、トロールの戦列が現れる。トロールは足が遅く、走るゴブリンたちには追いつけないのでこの位置になってしまう。
「目の前のものだけ倒せばよい! 我らの目的は魔族本隊だ!」
進路の邪魔になるトロールは2体。俺は『無尽冥王剣』で両方ともを切り刻む。中ボスが本気で先陣を切ると恐ろしいほどの突破力だ。そりゃゲームだと奥に引っ込んでおいてもらわないと話にならないよなあ。
「公爵様すさまじいな。俺たちって本当にAランクなのか自信なくなるぜ!」
「王国を代表する『蒼月の魔剣士』だからね! さすがに比べたらダメじゃないっ?」
『紅蓮の息吹』リーダー・メザルの弱気発言を猫獣人ライアがフォローする。
俺というチート持ち中ボスと比べるのが間違っているだけで、『紅蓮の息吹』は間違いなくAランクである。
トロールの列を抜けたあたりで、頭上を後ろに飛んでいくモンスターが多数見えた。飛行できるデーモン系の魔族だ。見た感じ下位の『レッサーデーモン』ばかりなので、数は200以上はいそうだが、公爵軍の魔導師兵と弓兵で十分対応できるだろう。
さて、いよいよ魔族軍の本隊が目の前に見えてきた。本隊といっても、デーモン系魔族の上位種『カオスデーモン』が100体ほど、そしてその中心に体格のいい魔族幹部が3体というそれだけの兵である。とはいえこの百数体で、3万のゴブリンやオーガの兵を上回る戦力がある。それがこの世界の武のありかただ。
俺は前に進みながら、声を張り上げた。
「私はマークスチュアート・ブラウモント。我が領に土足で踏み入る愚か者たちよ。礼を失した蛮行の代償はお前たちの首で贖わせてやろう。悔いて消えよ、『ライトニングレイン』!」
俺は剣を天に突き上げ、上級雷属性魔法を発動。
上空から10条ほどの稲妻がいきなり発生し、飛び上がろうとした『カオスデーモン』たちを直撃する。10体ほどが黒焦げになり、30体以上が雷に打たれて地面に倒れ伏す。ちなみにこれは中ボス専用魔法であり、他に使えるのは魔王軍の四天王くらいである。
残った60体が空中に飛び上がるが、フォルシーナの氷の槍、サーシアの炎の槍が次々と撃ち落とす。もちろん俺は再度『ライトニングレイン』を炸裂させ、さらに30体を叩き落とす。
地上に落ちた『カオスデーモン』は、ダメージを受けながらも、爪を赤熱させながら襲いかかってくる勢いは残していた。しかしそれらもクーラリアやミアール、そして『紅蓮の息吹』のメザル、カズン、ライアらに次々と斬り捨てられていく。
一方的ともいえる『カオスデーモン』虐殺を、しかし魔族の幹部3人は腕を組んで黙って見ているだけであった。まあもとからそういうキャラではあるが、現実でも同じようだ。
ほどなくして『カオスデーモン』は全滅した。普通の軍ならこの時点で撤退する話だが、魔族軍にその選択肢は最初からない。
俺たちが隊列を組みなおすと、魔族の幹部3人はひらりと飛び立ち、そして俺たちの前に舞い降りてきた。
前の2人は、身長2メートル半ほどある逞しい身体に、コウモリの羽が生えた姿をしている。薄青い肌、側頭部からはねじれたツノが左右に突き出し、爛爛と赤く輝く目、そして口のはしには長い牙が下向きに生えている。顔立ちは意外にも整っていて、それがいかにも幹部という感じを受ける。ただこの2体はゲーム的に言ういわゆる『名無し』で、量産型の中ボスキャラである。
俺が気になったのは、奥にいる一際目立つ魔族幹部だった。身長は手前の幹部よりさらに高く、3メートルはあるだろう。肌は浅黒く、筋肉の塊のような腕を4本持ち、その手にはそれぞれ剣、槍、斧、刀が握られている。頭部のツノや口元の牙は同じだが、目には強い自信と傲慢さが感じられる。つまりこいつは幹部は幹部でも上位の幹部だ。
さらに気になるのは、こちらを見下しているようなその顔に見覚えがあることだ。もちろんゲームの中で、ではあるが。
「ほう、魔王軍四至将ドブルザラクの右腕、名は確かジーヴァといったか。随分な大物が出てくるものだ。魔族どもも存外小心と見える、それほど私が恐ろしいか」
俺のゲーム知識を利用した煽り言葉に、魔族の上位幹部……ジーヴァは牙をむき出しにして吠えた。ちなみに『四至将』というのは四天王的なアレである。
「貴様ァ、ドブルザラク様を愚弄するとはァ、ふざけたニンゲンだなァ。その言葉をォ、吐いたことを後悔してェ、死ねやァ!!」
やはり直情径行型のキャラのままか。
しかしこのジーヴァは本来なら、王都陥落の際、大森林へ逃げていく主人公ロークス王太子を追跡する役回りだったはずだ。それがここにいるということは、やはり俺が王城で『カオスデーモン』を討伐したことによってシナリオが変化してしまったということだろう。
まあともかくも、コイツがいる時点で魔族がマークスチュアートを本気で警戒していることがハッキリした。あまりいい情報とは言えないが、今は目の前の魔族幹部たちを片付けるのが先だ。
「メザル、1体は任せるぞ。もう1体はフォルシーナ、お前が中心になって3人で倒せ。奥の上位幹部は私がやる」
「任せてくれ公爵様!」
「お父様のご期待にきっと応えます!」
返事を聞くと同時に、俺は『アイスジャベリン』を放ちながら、『縮地』スキルで上位幹部、ジーヴァの懐へと突っ込む。ジーヴァは手にした武器で氷の槍を砕いて、俺の剣を受け止めた。
「生意気なニンゲンめェ! 剣でオレに勝てるものかァ!」
ジーヴァは四つの手に持った武器を次々と高速で繰り出してくる。言うまでもなくその手数は圧倒的で、その上切断力強化スキルや、刃に炎属性を付与するスキルなどを使って攻撃力も高めている。基本的に物理攻撃のみの魔族とはいえ、さすがに『名付き』の中ボス、今までの魔族とはケタが違う実力者だ。
「なんだテメェ、このオレの攻撃を……ォッ!?」
だが残念ながら、同じ中ボスでもこちらは更なる鍛錬を積んだ『神速』持ちである。4倍の攻撃回数だろうが、俺にはハエが止まる程度のスピードでしかない。
4つの武器による攻撃を、俺はすべてミスリルの剣で弾いて行く。ジーヴァは単純な膂力も高いのだが、それについても俺の方が上だった。ゲームキャラ的な格からいけば、マークスチュアートは魔王軍四天王と同格である。その右腕にすぎないジーヴァでは敵うはずもない。
ジーヴァは剣の差し合いでは勝てないと察したのか、大きくバックステップをして4つの武器を交差するようにして構えた。全身から赤いオーラが吹き上がる。必殺技の予備動作だ。
「食らえィ! テトラシューティングス……」
「無明冥王剣」
バトルもののお約束なら必殺技を待ってやるところだが、これはリアルな戦いなので無視だ。
瞬間俺は一閃の光と化し、ジーヴァの脇をかすめ背後へと突き抜ける。
俺が振り返るときにはすでに、頭部を失ったジーヴァの巨体が崩れ落ちながら光の粒子に変わるところだった。中ボス必携の単体攻撃系必殺技。ゲームだと一人をほぼ確実に戦闘不能にするクソ技だったな。
フォルシーナたちは魔族幹部相手にまだ戦っていた。クーラリアとミアーナが前にでて、爪を閃かせる魔族相手によく切り結んでいる。魔族の羽がなくなっているのはフォルシーナの魔法だろう。見ているうちにクーラリアの刀が魔族の腕を斬り飛ばし、ミアーナのショートソードが太ももを深く切り裂いた。
「下がって! 『アイスパイル』!」
フォルシーナの声に2人が飛びのき、動きが止まった魔族の胸に氷の杭が突き刺さる。そのまま魔族の上半身は凍り付き、砕け散って消えていった。
『紅蓮の息吹』のほうはさすがAランクパーティらしく、危なげなく魔族幹部を倒していた。あれならジーヴァ相手でもギリギリ勝てるかもしれない。というかゲームではロークスと『紅蓮の息吹』が共闘してジーヴァを退けることになっていたしな。
フォルシーナが俺の視線に気づいて走り寄ってくる。
「お父様、あの強そうな魔族を倒されたのですね!」
「うむ、『四至将』の副官ゆえ実力者ではあったようだが、あの程度は私の敵にはならぬ。それよりフォルシーナ、魔法の腕が見違えるように上がったな。魔族幹部を倒せるのは大したものだ。私も鼻が高いぞ」
俺が褒めると、フォルシーナは嬉しそうにニコリと笑う。
「ミアールとクーラリアがいたからこそです。3人で得た勝利だと思います」
「うむ、よく言った。その気持ちを忘れるな。貴族として必要な心構えだ」
「はいお父様」
離れたところで行われている公爵軍と魔族軍の戦いもどうやら趨勢は決まったようだ。気を付けるべきオーガとトロール、レッサーデーモンの姿はすでになく、残るは数だけは多かったゴブリンとオークのみ。ゴーレムが10体残っているので、もはや掃討戦の趣すらある。
前世の知識を引っ張ってくるまでもなく、戦の要諦が事前準備にあることは、この世界の兵法書にも書かれている。今回はそれがこの上なくうまくいった感じだろう。
しかし魔王軍四天王の右腕であるジーヴァが俺のところに来て、そしてそれを返り討ちにしたということは、今後は主人公の代わりに俺が魔族にマークされることになるのだろう。
最初から微妙にゲームのシナリオとは違っているこの世界だが、この後の展開が全く読めなくなってきた。ただゲームの設定はそのまま反映されているようだから、その知識をどれだけ有効に使えるかで俺の生存率は大きく変わりそうだ。




