02 魔族軍襲来
「お館様、王太子ロークス率いる大森林開拓部隊が王都を出発したようです」
翌々日、ダークエルフ忍者のアラムンドが執務室でそう報告をしてきた。いよいよ始まるということだ。
「北部魔族領付近の動きはまだないか?」
「今のところはその報告は来ておりません」
「そうか。まあ動くとしたら王太子の一行が大森林に入ってからであろうな。とするとあと1週間というところか」
と俺が言うと、アラムンドは金色の瞳を俺に向けてくる。
「お館様は、なぜ魔族が動くと確信なさっているのですか?」
「何度も言っているが、先日のカオスデーモンの件、そして北部のモンスター大量出現、これらは魔族が機をうかがっていることを証している。そんな中大森林開拓で王都の戦力が大幅に下がるとなれば、むしろ動かぬ方がおかしいというものだ」
「しかし魔族の軍勢はいまだ国境付近には動いておりません。魔族に軍勢を一瞬で移動できる技術があるとのことですが、その確信はどこから生まれるのでしょうか」
アラムンドがここまでしつこく俺に質問をするのは珍しい。まあ魔族の王都襲撃に関して、彼女は『上』から色々と指示を受けているからな。俺に想定外の動きをされると困るのだろう。
ともあれゲーム知識とは言えないので、俺は「フッ」と笑ってごかます。
「それに関しては半分は勘だ。安心せよ、私の勘は外れぬ。それよりアラムンド、我が領の南部で上位アンデッドが出現した件、原因はなにも分かっておらぬのか?」
「はい、そちらに関してはなにも」
「ふむ……。魔族にもアンデッドを扱う者はいるが、動きがないというのであれば別の勢力の可能性もあるか? どうだアラムンド」
「それは……自然発生的なものの可能性もあると思いますが」
「それはあるまい。私が戦ったアンデッドは対象捕獲用の特殊なものだった。上位の存在が使役しているのは間違いない」
俺が語気を強めて言うと、アラムンドは微かに動揺する仕草を見せた。なるほど正解か。
しかしこの時期に奴らが動くというのは……もしかしたら俺が変節して『人体強化』実験を放棄したことが原因の可能性もあるな。もっとも単にゲームでは描かれていなかっただけの可能性もあるし、それ以前にこの世界はすでにシナリオが崩壊しているから、その一端かもしれない。
「ともかく精霊は我が手元に移した。これでさらに精霊に手を出してくるようなら、その勢力にも探りを入れねばならん。その時は頼むぞアラムンド」
「は……はっ、お任せください」
ビクッとなりながら返事をするアラムンド。本当に分かり易くて助かるな。まあもともと完璧無表情キャラではないからこんなものだろう。
ともあれこう言っておけば、奴らがイヴリシアに手を出してくる可能性は減るだろう。まだ表に出てくるタイミングではないはずだからな。
さて、あとは魔族を迎え撃つだけだ。こういうのは落ち着かないから、来るならさっさと来て欲しいものだ。
そして5日後、フォルシーナと共に執務室で仕事をしていた俺のもとに、ミルダートが急ぎ足でやってきた。
「お館様、北の国境近くに魔族の軍が確認されました。物見の兵によると、ゴブリン・オークの兵を中心にして3~4万ほどの軍勢だそうです」
「思ったよりも多いな。となると幹部クラスも複数いるか。砦付近の農村の撤収は済んでいるな?」
「滞りなく」
「では私も出るとしよう。すぐに準備をせよ」
「はっ!」
俺が席を立つと、フォルシーナも「準備をしてきます」と言って執務室を出ていった。
魔族軍との戦いには、フォルシーナとミアール、そしてクーラリアも全員連れていくことになっている。せっかくの経験値を逃させるわけにはいかない……なんていうのは完全なゲーム脳だな。
まあ大規模な戦の前だ。盗賊狩りなどはやっているが、本格的な出陣となるとマークスチュアートとしても初めてなので、俺自身かなり緊張はしている。紛らわせるのにそれくらいの強がりは必要だろう。
使用人がやってきて俺に鎧を装着させる。以前試着したときに気づいたのだが、ミスリル製の派手な鎧は、マークスチュアートが中ボスになっていたときに着ていたものだ。フル装備時の自分の姿を鏡で見るととてつもなく複雑な心境になる。
出陣の準備は、30分で完了した。俺とフォルシーナ、ミアールとクーラリアの4人は、供回り30騎を連れて、公爵邸を北の砦に向けて出発した。
馬を飛ばすことほぼ一日、日が落ちる直前に北の砦に到着した。
砦は小高い丘の上にあり、周囲はなだらかな起伏のある平原になっている。背の低い草がまばらに生えているが、地面が露出しているところの方が多い。
砦は高い城壁に囲まれた大きなもので、魔族領が近いこともあって、常時1000名ほどの兵士が詰めている。今は将軍のドルトン以下1万の兵も詰めているが、さすがに入りきらず、南側には野営のテントが多数張られていた。
砦の周囲には13体のゴーレムが守護神よろしく立ち並んでいる。その雄姿はかなり頼もしく、少なくない兵士がその姿を見上げながら、仲間同士で話をしていた。
砦の北側は、見渡す限りの平原だ。その奥の方は山脈が左右から迫る地形になっており、その山脈の間を魔族の軍は進んで来るはずだ。
砦に入り、ドルトンのいる作戦室へと向かう。
最上階にある扉を開くと、そこにはドルトンと、作戦参謀以下10名の将校と、Aランクパーティ『紅蓮の息吹』の4人がおり、地図を広げたテーブルを囲んでいた。
「公爵閣下、お疲れ様で」
ドルトンの挨拶に片手を上げて応える。俺の後ろからフォルシーナたち3人も入ってくるが、ドルトンも将校たちも特に反応はない。場違いな美少女3人だが、彼女らの立場や実力もある程度は知られている。場違いという意味なら『紅蓮の息吹』も同じではあるし。
「状況を聞かせよ」
「はっ。ローラン、説明してさしあげろ」
「はっ!」
完全にドルトンの右腕になっている兵士ローランの説明は以下の通りだった。
・魔族軍は、現在王国領と魔族領との間の緩衝地帯を行軍中、明日の昼前には砦前の平原に姿を現す予定。
・軍勢はゴブリン・オークが約3万、オーガ約200体、トロールが20体ほど、デーモン系の魔族は100ほどが確認されている。
・魔族幹部以上の数は不明。
「ふむ……」
ゲーム内の情報では、王都襲撃は10万の軍勢で行われたとなっていたはずだ。とすれば、その三分の一近くの戦力をこちらに差し向けてきたということになる。魔族にとっては戦線を拡大させることはなるが、王都の兵が大幅に減っている前提ならおかしくはない。それにマークスチュアートという個人の討伐が目的なら、兵の数より幹部魔族以上の数の方が重要である。とすれば複数の幹部がいるのは間違いないだろう。
「面倒なのはオーガ以上だな。トロールはゴーレムで対応可能だろう。もっとも気を付けるべきはデーモンどもだが、カオスデーモンが出てくると一般兵の損害が増えるな」
デーモン系のモンスターは知能が高く、魔族の中心をなす種族である。下位の『レッサーデーモン』なら一般兵でも十分対応可能だが、上位の『カオスデーモン』は、この場にいる将校クラスか、精鋭の騎士でないと太刀打ちできない。しかも厄介なことに、奴らは空を飛ぶ。ちなみにトロル以下の、召喚可能な知能の低いモンスターたちは、魔族にとっては奴隷以下の、道具みたいな扱いである。
「ドルトン将軍はどう迎え撃つつもりだ?」
「空を飛べるデーモンがいると籠城戦は悪手ですんで、平原で野戦に持ち込みますわ。魔導師は飛行するデーモンどもを牽制させ、遠距離は弓でいきます。ゴーレムの投石がかなりいけるんで、近づく前に数減らせると思いますぜ」
「いいだろう。私は遊撃で幹部を探して倒す。『紅蓮の息吹』も遊撃だな?」
「そのつもりでさ」
ドルトンの答えをうけ、俺は『紅蓮の息吹』のリーダー・メザルに声をかける。
「軍勢がぶつかるところで私は中央を突っ切る。後をついてきてもらい、幹部が見つかり次第倒して欲しい」
「公爵様自ら突っ込むんですか!?」
メザルだけでなく、パーティメンバーの猫獣人ライア、美人魔女サーシア、盾役のカズンまでが驚いた顔をする。
「戦場では強い者が前に立つのがもっとも被害を少なくできる戦い方なのだ。特に魔族幹部は優先して討伐せねば兵に甚大な被害が出る。諸君らならば私の言っていることがわかるだろう」
「承知しました。公爵様が出るということなら、俺たちもお供します」
「今回の戦、魔族の目的は私の首だ。私の近くにいれば幹部は勝手に寄ってくる。その時は頼むぞ」
「はい!」
その後いくつか作戦についての打ち合わせを行い、明日に備えることにした。
さていよいよ大きなイベントバトルだ。
ゲームにはなかったシチュエーションではあるが、これが『オーレイアオールドストーリーズ』の本来の始まりであることに違いはない。
ともあれまずは魔族軍をいかに少ない被害で乗り越えるかだ。なにしろこれはまだ、これから始まる戦乱の時代の序章に過ぎないのだから。




