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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~  作者: 次佐 駆人
第4章 悪役公爵マークスチュアート、戦場で奮戦す

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01 大いなる精霊イヴリシア

 ブラウモント公爵邸の敷地内北には、小さな森が広がっている。


 家の敷地内に森があるというのは驚きだが、現代日本でも裏山を所持する家なんてのはあったので、実はそこまで驚くことはないのかもしれない。


 ともあれ俺はフォルシーナたち3人娘と、家宰ミルダート、将軍ドルトン、ドワーフのボアル親方と錬金術師トリリアナを連れてその森に来ていた。ダークエルフ忍者のアラムンドも近くにいるはずだが、彼女は基本的に姿を現さない。


 森の中を歩くこと15分ほどで、直径10メートルほどの円形をした泉のほとりについた。


「ではこれから、『大いなる精霊』をこの泉に呼ぶ。この場にいる皆は、私が特に頼りにする者たちだ。ゆえに新たな公爵家の秘密の誕生に立ち会わせるが、必ず秘匿ひとくし通すようにせよ」


 俺が宣言すると、フォルシーナたち以外の4人は目を見開いて驚愕の表情になる。この世界の人間にとって『精霊』はまだ伝承上の存在だからこれは当然の反応だ。もっともゲームストーリー終盤には多くの人間が知ることになるのだが。


 ここで慌てたのはまた大男のドルトンだった。


「ちょちょちょ、公爵閣下、そんなとんでもない話に俺なんぞが立ち会っていいんですかい!?」


「お前はこの領の守りの要であり、公爵家にとってもまごうことなき重鎮だ。その上、これからこの泉から湧き出る『精霊水』には、ポーションという形で世話になることも多くなる。立ち会うのは当然だろう」


「そ、そう言われるとそんな気もしますが……しかし『大いなる精霊』様っていうのはちょっと……」


 と無駄に小心者ぶりを発揮する将軍の横で、おっとり系美人のトリリアナは目を輝かせている。


「お館様、『精霊水』というのは!?」


「錬金術に有用な、精霊の力が宿った水のことだ。錬金術で使用する水をこれに置き換えるだけで、効能が倍ほどになる」


「そ、それってとてもすごいことなのではありませんか!?」


「革新的なものであろうな。さて、では『大いなる精霊』をこの泉に招くとしよう」


 俺はマジックバッグから水晶球『水精霊のしとね』を取り出すと、それをそっと泉の中に入れた。


 しばらくすると泉の水がほのかに輝きを放ち始め、周囲に清浄な空気が満ちていくのがわかる。近くの草木の緑も一段と鮮やかさを増し、木漏れ日が聖なる光であるかのような錯覚に陥るほどだ。


 そして周囲が完全に変質を遂げると、泉の中からすうっと、白い布をまとっただけの、水色の豊かな髪をなびかせた美しい女性、『大いなる精霊』イヴリシアが半透明の姿を浮かび上がらせた。もちろん神々しい後光付きである。


「マジか……」


「なんと……まことの精霊様……」


「これはたまげたの……」


 ドルトンとミルダート、そしてボアル親方が絶句し、トリリアナは両手を胸の前で組んで祈りはじめる。フォルシーナたちは2回目なので見ているだけだが。


 イヴリシアは周囲を見回してから、こちらに向き直って柔らかく微笑んだ。


『マークスチュアート様、ありがとうございます。ここはとても素晴らしい場所ですね。この周囲は強い力が集まっていて、わたくしの中に力が満ちるのを感じます』


「それは私にとっても喜ばしいことだ。貴女にはこちらでゆっくりと過ごしていもらいたい」


「はい、そうさせていただきます。ところでこちらにお集まりの皆さんは?」


「彼らは私の家の中でも特に重用ちょうようしている大切な者たちだ。今後こちらの泉の水を使わせてもらうこともあるゆえ、貴女のことを知ってもらいたかったので呼んだのだ」


『そうでしたか。初めまして皆さん、わたくしはイヴリシア、水の精霊とお考え下さい。マークスチュアート様の庇護ひごを求め、こちらに住まうことになりました。泉の水は自由にお使いいただいて構いません。よろしくお願いしますね』


「はは~っ!」


 ひれ伏すような感じになっている男3人、トリリアナに至っては涙を流して全身を震わせている。なんか反応が大きすぎるのだが、これがこの世界のスタンダードなのかもしれない。フォルシーナたちは大人たちの様子を見てちょっと引いてる感じもあるが、単に2度目だからだろう。


『わたくしはそこまで崇められるような存在ではありませんよ。この度もマークスチュアート様がいなければ害せられていたほどの弱い力しかありません』


 その言葉を聞いてミルダートが頭を上げる。


「お館様とはどのようないきさつがあったのでしょうか?」


『わたくしが魔の者に捕らえられそうになっていたところを、マークスチュアート様が助けてくださったのです。こちらに住処すみかを移したのも、わたくしを守ってくださるから、ということなのです』


「なんと……。お館様はそこまでご立派に……」


 ミルダートが感動した風に目頭を押さえている。そういう「じいや」みたいなリアクションは引退フラグになるからやめてもらいたい。ミルダートにはまだまだ働いてもらわなければならないからな。


 一方でドルトンは、俺の方を見て「はぁ~」とか呆けたような声を出している。


「いやぁ、公爵閣下はなんですか、もしかして神話の英雄でも目指してるんですかい? それなら納得ですぜ」


「私は領地と領民のために必要なことをしているだけだ。私自身にそれ以上の野心などない」


「どう見てもそうは思えないんですけどねぇ。お嬢もうなずいてますぜ?」


 見るとフォルシーナが腕を組んでしきりに首を縦に振っている。


「お父様は公爵領の主で収まる器ではありません。きっと想像もできないような大事だいじを成し遂げられます」


「そのような期待はするだけ無駄だ。私はただ目の前の難事を避けるのに汲々《きゅうきゅう》とする凡俗ぼんぞくにすぎぬ」


「いえ、お父様はきっとこの国の王、そしてこの大陸の覇者となられるお方です」


 フォルシーナの言葉にその場にいる全員が俺の方に目を向けてくる。しかもそれは、驚いているというより、なにかを期待してるような視線であった。


 いや待ってほしい。そんな気は毛頭ないし、そもそも俺はこの国の王になった時点で終わりな中ボスである。大体王位簒奪(さんだつ)とかとんでもない話のはずなのに、なんでそんな「やっぱり」みたいな顔なんだろう。いや確かに以前のマークスチュアートは簒奪ムーブしていたけど。それにミルダートなんてもともと反対してたはずなんだが。


 俺はかすかに世界の強制力のようなものを感じつつ、何度も「その気はない」を連呼するのであった。


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