10 同盟
『亜竜のねぐら』からローテローザ公爵邸に戻ると、俺たちはそのままヴァミリオラの案内で錬金術棟に向かった。
錬金術師を集めて生産をさせる錬金術棟は、貴族にとっては欠かせない施設である。
大型の錬金釜を借り、揃えてもらった材料をすべて入れ、最後に『亜竜の心臓』をそのまま入れて蓋をする。レシピの要、専用の魔法陣を脳内に組み立てながら魔力を流し込むと、ほどなくして100錠ほどの錠剤が生成された。
ヴァミリオラが『鑑定』スキルもちの家臣を呼んで鑑定させると、『魔力欠乏症の特効薬』で間違いないとの結果が出る。
ちなみにヴァミリオラの一番下の妹ロヴァリエがかかっている『魔力欠乏症』というのは、その名の通り体内の『魔力』が減少していく病気である。この世界では『魔力』という、魔法を使う時に使用するエネルギーがその生物の命にも直結していて、これが大きく減少すると生命が失われる可能性がいちじるしく上昇する。
そのせいでロヴァリエはほぼ部屋から出られない不自由な生活をしているらしい……のだが、実はゲームでも姿を現さなかったので俺もよく知らなかったりする。
薬を大切そうにビンに入れてから、ヴァミリオラが俺に小さく礼をした。
「礼を言うわブラウモント公、これでロヴァリエが助かるかもしれない」
「すぐに飲ませてやるといい」
「そうさせてもらうわ」
そう言って、ヴァミリオラはアミュエリザを連れて去っていった。
俺たちは執事に案内されて、風呂場で汗を流し、応接の間で休ませてもらう。
ソファに座っていると、フォルシーナたち3人もやってきた。もはやヘアケアが当たり前になっているフォルシーナたちだが、ローテローザ邸のメイドたちからも熱い視線を浴びているようだ。
「まさかお父様がここまですべてを見通していらっしゃるとは、私たちはもうただ驚くばかりです」
俺の隣に座ってくるフォルシーナの瞳には、純粋な敬意がこもっている気がする。これは追放ルートが少し遠のいたか?
「情報を常に集め、研鑽を怠らなければこの程度は容易い。それを忘れなければ、お前にも同じことができるようになるだろう」
「お父様に評価していただくのは嬉しいのですけれど……とてもできるようには思えません」
「お前はまだ若い。その判断は尚早というものだ」
まあ俺の場合前世の知識ありきだからなあ。今回の件もすべてゲーム知識を元にして仕掛けてるだけだし、純粋な能力ならフォルシーナの方が上に行く気はするんだよな。
俺の言葉にフォルシーナは一応納得はしたようだったが、今度は獣人娘クーラリアが狐耳をピクッと動かしてニヤッと笑った。
「でもご主人様のすごさは情報とか研鑽とか、そういうところだけじゃないと思うぜです」
「なんのことだ?」
「息をするように女を落としにいくところは、どうやってもお嬢にはマネできねえぜですよ」
「私のどこを見ればそのような話が出てくるのか不思議でならんな。フォルシーナ、そうは思わぬか?」
「お父様がそうおっしゃるならそうなのだと思います」
フォルシーナの答えは微妙に奥歯にものがはさまったような感じで、しかも俺を見る目には微妙に冷気がこもっていた。そんな覚えは一切ないのにいったいなぜ?
あ、もしかしたら好感度アップアクションのことを言っているのだろうか?
ゲームでは好感度アップは恋愛フラグを立てる条件ではあったが、それだけでは不十分なシステムだった。もちろんリアル世界となれば女性の心はさらに複雑なはずで、それは単なる勘違いだと言っておきたい。いやまあ言えないけど。
「ふむ、ミアールはどうだ? 私はそこまで無節操な人間ではないつもりだが」
「は……ええと、ハイ、お館様は誠実な男性であるとオモイマス」
と答えるミアールの視線は妙に泳いでいる。もっともミアールは立場上、俺に対して貴方は女たらしですとは言えないか。ということはやはりミアールもクーラリアと同じ意見ということか? まさか好感度アップにパブリックイメージダウン効果があるとは、リアルとはままならないものだ。しかし中ボス・断罪・追放ルート回避のためには好感度アップは必須だしなあ……。
などと思っていると、ヴァミリオラとアミュエリザが部屋に現れた。2人ともに明るい表情なので、薬が効いたのだとわかる。
「どうやら効いたようだな?」
ヴァミリオラは、ソファに腰を下ろすとすぐに頭を下げた。
「ええ。おかげでロヴァリエの体調が目に見えて良くなったわ。魔力もかなり戻ったようで、侍医も驚くほどだった。貴方にはお礼の言いようもないわね」
「それは重畳。礼なら先に依頼をした、しばらくの間互いに干渉せぬという話を呑んでくれればよい」
「もちろんそれは守らせてもらうわ。しかしそれだけというのも妹の命を軽く扱ったようで私の気が済まないの」
「ふむ、そのような考え方もできるか。ならば一歩進んで、水面下で同盟に近い関係を結ぶというはどうだ?」
「同盟? 穏やかでない気がするのだけれど」
「公もすでに知っていると思うが、王太子はすでにかなりのところまでゲントロノフ公に取り込まれている。今のままでは三大公のバランスが崩れる。そうは思わないかね」
「ええ、確かにそうね。孫娘を輿入れさせることに成功したみたいだし、これでもし大森林開拓が成功したら、あの黒の公爵が利益の大部分を持っていくのは間違いないでしょう」
「それに対抗するには、我らが過去のしがらみを一時的にでも忘れ、手を結ぶことだと私は考えている。いかがかな?」
俺の話が予想外だったのだろう、ヴァミリオラは美しい眉を寄せてしばらく考えていたが、自ら言い聞かせるようにうなずいてからゆっくりと口を開いた。
「重ねて確認をするけど、アミュエリザを狙っているわけではないのね?」
「それは絶対にない。そもそも年齢を考えれば私が狙うなら公の方だろう」
「な……!?」
「公は妹御を美しいと評しているようだが、公自身も王国を代表するほどの美貌を備えていることは忘れてはならぬぞ。ああ、無論私が公を狙うなど、そのような大それたことは考えても……」
「いないが」と言葉を続けようとして、普段は余裕たっぷりな妖艶系女公爵が、顔を真っ赤にして固まっているのに気づいた。
いやまさか俺の言葉に照れているなんてことが……あるはずがないな。彼女はそんなキャラではなかったし、元は相当に険悪な仲なのだ。ということは余計なことを言って気分を害してしまったか。
対決ルートを回避しようとしての同盟話だったのだが……。
アミュエリザにつつかれて復活したヴァミリオラは、顔を背けつつ咳払いを一つした。
「あ、ええと、そういうことなら同盟の話を受けるわ。これから王国には一波乱ありそうだし、貴方と組むのは策としては悪くない。少なくともあの王太子と黒の公爵に好きにされるよりはよほどマシよ」
「賛同してもらい嬉しく思う。今後は盟友としてよろしく頼む」
一瞬焦ったが、どうやら妹ロヴァリエを救った恩が勝ったようだ。
しかしこれで、王都陥落前にできることはすべてやれた気がするな。
フォルシーナを王子から遠ざけ、俺自身も王家から距離を置き、自領の防衛力を強化し、精霊イヴリシアを確保し、対決するはずだったヴァミリオラと同盟関係になった。
我ながら完璧すぎるムーブだなと自画自賛していると、なぜか俺の隣でフォルシーナが『氷の令嬢』化していた。しかもミアールは呆れ顔で、クーラリアは腕を頭の後ろで組んでニヤニヤ笑っている。
それと同時にアミュエリザが目を輝かせて俺を見ているのも理由がよくわからないのだが……ヴァミリオラがそれに気付かなかったのがせめてもの救いだった。




