07 対談
翌日、朝食を終えると、俺は応接の間にてヴァミリオラと1対1で対談をすることになった。もちろんこれが今回訪問した最大の目的だ。
さて、俺ことマークスチュアートとヴァミリオラだが、その仲は当然のように良好とは言い難い。そもそも権力をめぐって対立している者同士、表面上は問題なく振舞っているが、水面下では色々と角を突き合わせる間柄である。
特に俺とヴァミリオラは領地がほぼ隣り合っているため、三大公のもう一人、ゲントロノフ公との間よりも溝が深い。ゆえにゲームでは、俺が王位簒奪をした後、ヴァミリオラは俺を征討するために真っ先に兵を動かすことになる。そして主人公ロークス王子たちの到着を待たずに城に乗り込んで、中ボスマークスチュアートに単独で戦いを挑み……ということになる。
なお最後の展開でもわかる通り、ヴァミリオラ自身『真紅の麗炎』という二つ名を持つ高レベルの魔導師である。
ともかく将来的には直接対決する運命があるはずの相手であり、今回彼女の元を訪れたのはその関係を少しでも解消しようという狙いがあった。近い将来こちらは魔族対策で手一杯になるので、そこでヴァミリオラに裏から色々仕掛けられたら面倒なことになるからだ。
現状犬猿の仲にある俺とヴァミリオラは、互いにソファに座り、紅茶で唇を潤していた。先に口を開いたのはヴァミリオラだった。
「それでブラウモント公、このタイミングでの急ぎの直接訪問となれば常の用事ではないと考えていいのかしら。そもそも私たちはこうして膝を交えるほどの仲でもなかったと思うのだけれど」
「無論つまらぬ話をするつもりはない。それと此度は腹の探り合いもほどほどにするつもりだ。今までの諍いをなかったことにするつもりもないが、それとは切り離して話をしたい」
「いささか都合のいい申し出の気もするけれど、そこまで言うなら相当な話なのでしょうね。いいわ、聞きましょうか」
足を組み替えつつ、ヴァミリオラはこちらの言葉を待つ態勢に入った。
「うむ。まず近々行われる王太子主導の大森林開拓についてだ。例のカオスデーモンの件もあり、私は開拓事業については愚策と思っているのだが、あれについて公はどう考える」
「愚策とはいきなり強い言葉を使うものね。本当に腹の探り合いをするつもりはないということかしら」
目を細めて探るように俺を見て来るヴァミリオラ。
俺の言い方は博打に近いところもあったが、彼女自身ロークスに対しての嫌悪感を隠そうともしていたかったので、これには乗ってくるはずだ。
予想通り、彼女はふふっと笑ってから言葉を続けた。
「まあいいでしょう。私もあれは愚策としか思わないわ。経済的に考えても利益を得る可能性は低いし、魔族に対しても腹を見せるような行為でしょうね」
「同じ見解で嬉しく思う。次に、もし開拓中に魔族が王都に攻めて来た場合、王都は落ちずに済むと思うか? 私は3日以内に陥落すると見ているのだが」
「また恐ろしいことを言うわね貴方。しかしまあそうね、兵2万、騎士団長と宮廷魔導師団長、それらがいない王都となると落ちる可能性は低くないでしょう。魔族の幹部クラスに対抗できる者は他にもいるでしょうけど、上位幹部が一人でもいれば耐えられるとは思えないわ」
「それも同じ見解だ。そして此度魔族の侵攻があるとすれば、上位幹部が出張らぬ理由はない」
俺の断定口調にヴァミリオラは眉をひそめた。
「なぜそう言い切れるの?」
「もし魔族侵攻があるならそれは80年ぶりということになる。それだけの年月をかけて、適当に計画をするなどということがあると思うか?」
「確かにね。だけど魔族の南の砦付近には今のところ動きはないわ。大部隊が動いている様子もない。これついてはどう考えるのかしら?」
「これを見よ」
俺はマジックバッグから、例の『召喚の魔道具』を取り出してテーブルの上に置いた。
その複雑な魔法陣の描かれた金属板を見て、ヴァミリオラの瞳が鋭く光る。
「これは魔族の魔道具ね。何をするためのもの?」
「先日我が領でオーガやオーク、ゴブリンが大量発生してな。その後に見つかったのがこの魔道具だ。モンスターを召喚する、魔族にしか使えぬ魔道具よ」
「なんですって……? 確か北の方でもモンスターの大量発生が起きているという話だけれど、まさかこれが使われているのかしら」
「恐らくはそうであろうな。魔族は本気だ。この魔道具のように、我らが扱えぬ技術を魔族は持っている。例えば大勢の魔族を遠方まで高速で運べる技術を持っていたらどうなる?」
俺の言葉に、ヴァミリオラはふうと息を吐いて天井を見上げた。
「なるほど……でもそのような技術を魔族が持っているとは限らないでしょう?」
「技術は存在する。私はその情報をつかんでいる」
「あら、私が知らない情報を貴方がつかんでいるとおっしゃりたいの?」
そこでヴァミリオラは、眼光を今まで以上に鋭くした。
実はゲームでは、彼女は情報戦に絶対の自信を持つキャラとしても描かれていた。それはこの世界でも同じであり、恐らく『立太子の儀』に出なかったのもロークスの情報を事前につかんでいたからだろう。だからこそ、情報戦で上にあることをにおわせる俺の言葉は、彼女の癇に障るもののはずなのだ。
もちろん俺が言ったことはいつもの通りのゲーム知識だが、ここはさらなるゲーム知識でハッタリをかましてでも優位に立たないとならない場面である。
「……下の妹君の御病気は、魔力欠乏症であったかな?」
「下の妹」とは、ローテローザ三姉妹の末妹ロヴァリエのことだ。ゲームではロヴァリエは不治の病にかかっていて、ヴァミリオラは妹の病気のことを秘匿しつつも、その治療法を探しているという設定だった。
その設定を俺が芝居がかった言葉でつついてみると、ヴァミリオラの顔が一瞬で引きつった。先ほどとは比較にならないほどの強い眼力で、俺を射抜くように睨んでくる。
「くくっ、ローテローザ公とあろうものが、その態度では正解と言っているようなものではないか」
「貴方……!」
「済まぬな、どうしても信じてもらいたいのだよ、今回の話はな。妹君の話を出したことが癇に障ったのなら謝罪しよう」
「いつにも増していけ好かない男ね。永遠に好きになれそうもないわ」
「それは残念。だがこちらとしては、貴女とは仲良くはしないまでもゆるい協力関係にはありたくてね」
「なぜ……ああ、もしかしたら貴方の領地も魔族に狙われるということ? 魔族領に近いものね」
「そういうことだ。助けてくれとは言わぬが、余計なことをされるのも困るのだ」
「ふぅん、そういうこと。なんの用かと思ったけどそれなら納得はできるわね。それで、こちらとしてはなにか対価はいただけるのかしら」
「魔力欠乏症の特効薬、それでは不十分かな?」
ヴァミリオラの目がこれ以上ないくらいに大きく開かれる。
「その話……少し詳しく聞かせていただけるかしら」
つかみかからんばかりに迫ってくる妖艶な美女の姿に、俺は取引の成功を確信した。




