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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~  作者: 次佐 駆人
第3章 悪役公爵マークスチュアート、領地防衛のために奔走す

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06 ヴァミリオラ・ローテローザ

『大いなる精霊』イヴリシアとの邂逅からさらに一日半、その後は何事もなく、俺たちはローテローザ領の領都ロザリンデに到着した。


 ロザリンデは、規模としてはブラウモント公爵領の領都マクミラーナとほぼ同じくらいの城塞都市だ。人口約50万人というのは、この世界の都市としてはかなり大きい。


 城門などはすべて顔パスだ。着いたのは夕方だったが、そのまま領主ローテローザ公爵の館へ向かう。


 やはりほぼ城といった趣の館で、門や玄関の扉などがバラの彫刻で飾られているのが特徴だろうか。庭園も壮大なバラ園が広がっていて、フォルシーナたちは目を奪われていたようだ。


 館の前で出迎えてくれたのは、10人ほどの人間だ。


 飛び抜けて目立つのは、真ん中に立っている派手な出で立ちの女性貴族だ。真紅の貴族服に身をつつみ、バラをあしらった短い魔法杖を腰に下げ、これまた真紅のストレートロングヘアを背に流した妖艶な美女である。ヴァミリオラ・ローテローザ、赤の公爵と言われる三大公の一人である。


 俺とフォルシーナが馬車を下りて歩いて行くと、色香を固めて人の形にしたような女公爵は艶然と微笑んだ。といっても、その真紅の瞳にはバラの棘のような鋭さも見え隠れしているが。


「ようこそロザリンドへ。ブラウモント公とその御令嬢をお迎えできて嬉しく思うわ」


「ローテローザ公直々のお出迎えとは痛み入る。まずは急な訪問となったことを謝罪しよう」


 俺が頭を下げると、ヴァミリオラは片目を見開いて怪訝けげんそうな顔をした。


「青の公爵が来て早々に頭を下げるとは初めてではないかしら。いささか空恐ろしさを感じるところですわね」


「特に裏があるわけではない。単に心から迷惑をかけたと感じているだけにすぎぬ。ローテローザ公はまだ体調も万全ではないであろうしな」


 彼女は『立太子の儀』欠席の理由を『流行病はやりやまい罹患りかん』としていた。ゆえにそこをつついてみたわけだが、さすがにそちらは眉一つ動かさなかった。


「お気遣いいただいたことには感謝いたしましょう。体調については侍医が有能なので大事には至らなかったの。ただ伝染する可能性があったので、王都へ行くのは辞退させてもらったというだけよ」


「ならば重畳。ではフォルシーナ、ローテローザ公に挨拶を」


 俺が指示すると、フォルシーナは「はいお父様」と言って、ヴァミリオラの前で淑女の礼をした。なおフォルシーナの機嫌は俺の必死の好感度アップによって普通レベルまで回復している。


「ブラウモント家が長女、フォルシーナでございます。ローテローザ公にお目文字かないまして光栄に思います。どうぞお見知りおきくださいませ」


「ヴァミリオラ・ローテローザよ。貴女の父ブラウモント公とは色々ある仲ですけれど、よろしくお願いするわ」


 そう返すヴァミリオラだが、微妙に様子がおかしい。フォルシーナのことをじっと見つめたままで、少し呼吸が荒くなっている気がする。


「……ふふふっ、美しいわね貴女。私の妹たちとも並ぶほどなんて、ゲントロノフ公の孫娘以外では初めて見たかもしれないわ」


「ありがとうございます。マリアンロッテ様とは王城でお会いしました」


「そう、貴女あの場にいたの。それは災難だったわね。いえ、父君の雄姿が見られたなら幸運と言うべきかしら」


「はい、今でもまぶたの裏にその時の光景が残っています」


 フォルシーナが遠い目をしながら陶酔したような顔を見せると、ヴァミリオラは目を細めて微笑んだ。


「ふふっ、可愛いわ。その時の話は食事の時に是非聞きたいものね。あら、ここで長話をするものでもないかしら。まずは館にて旅の疲れとほこりを落とすといいわ」


 ヴァミリオラはそう言うと、俺の存在を忘れたかのように、フォルシーナの肩に手を回して玄関へと誘導していった。


「なあ、あの公爵様って大丈夫なのか……です」


 クーラリアがやってきてそんなことを小声で言うが、まああれは一応想定内ではある。


 ゲーム内でも主人公にはほとんど話しかけず、連れているヒロインに興味津々、みたいなキャラクターだったからな、あの女公爵は。




 その後来賓用の宿泊部屋に案内され、湯浴みをしてから夕食となった。


 夕食のテーブルについているのは四人、俺とフォルシーナ、ヴァミリオラともう一人、その妹アミュエリザであった。


 アミュエリザ・ローテローザ。


 彼女はフォルシーナと並ぶ『オレオ』のメインヒロインの一人であり、やはり並の人間(モブ)とは比較にならない美しい少女である。


 真紅の髪をポニーテールにし、いわゆるお姫様カットのように切りそろえた前髪が特徴だ。顔立ちは可愛いというより凛々しいと言った方がいいだろうか、髪色と同じ真紅の瞳には、非常に意志の強そうな光が宿っている。なおゲームでの彼女は、槍が得意な騎士系のキャラクターであった。


 玄関ではヴァミリオラがあんな様子だったので、アミュエリザの挨拶は食事の場でということになった。


「アミュエリザ・ローテローザと申します。ブラウモント公爵様にお会いでき大変光栄に思います。よろしくお見知りおきください」


「マークスチュアート・ブラウモントだ。貴女の噂は聞いている。その美しさもさることながら、槍をよく扱うとな。娘ともどもよろしく頼む」


 と当たり障りのない言葉を返したのだが、ヴァミリオラがバラの棘全開で睨んで来るし、フォルシーナも一瞬『氷の令嬢』化するしで内心焦ってしまった。アミュエリザは恭しく一礼していたので好感度アップ(小)な感じだったのだが……。


 ともかくも食事が始まると、女性同士はすぐに話が弾むようになっていた。


「ふふふっ、父君の剣技はさぞやすばらしいものであったのでしょうね。私たちも流行り病にかからねば是非とも見てみたかったわ。ねえアミュエリザ」


「はいお姉様。私も拝見しとうございました。『蒼月の魔剣士』と言われたブラウモント公爵様の剣技、ぜひともこの目で見たいものです」


 フォルシーナが語る『カオスデーモン討伐劇(脚色多数)』の話を聞いて、ヴァミリオラとアミュエリザは互いにうなずきあう。


 ヴァミリオラはずっとフォルシーナとアミュエリザの方を見ていて、俺の存在は完全に意識から消している気がする。


 反対にアミュエリザは俺のほうをチラチラと見ていて、時々済まなそうな表情を向けてきていた。姉のクセのある性質を知っているのだろう。ゲームだと苦労人体質な面もあったんだよな、アミュエリザは。


「ところでフォルシーナはその『立太子の儀』の時にあの王子には目をつけられなかったのかしら? ゲントロノフ公のマリアンロッテは犠牲になってしまったようだけれど」


「犠牲」って言い方はいいのかヴァミリオラさん、と突っ込みたいが平静を装っておく。一方でアミュエリザは難しい顔をしてるが。


「はい、『妃にしてやる』と言われました。もちろんはっきりとお断りいたしました」


「やはりそんなたわ言を抜かしたのねあの色ボケ王子。アミュエリザを連れて行かずに済んで本当に良かったわ」


「アミュエリザ様もお美しいですから、きっと同じようなことを言われたでしょう。あの場ではマリアンロッテ様もお可哀想でした」


「さもあらん、ね。目の前で別の女にまで手を出そうなどありえない話。しかしその場で断るなんて、フォルシーナは随分と胆力があるようね」


「お父様が一緒でしたから怖くはありませんでした。それにすでにお父様には家にて添い遂げるように言われていましたので」


「添い遂げる……?」


 ヴァミリオラが急に俺のほうを睨んでくる。どうやら存在は忘れられてなかったようだが、フォルシーナの言葉にもちょっと問題があったような気がするな。


「フォルシーナよ、勘違いを生む言葉は使うな。私はお前の能力をあてにすると言ったのだ」


「ええ、家にいて、お父様のお手伝いをせよとのことでした。先日からお父様の執務を見て学んでいるところです」


「なるほどそういうこと。ブラウモント公はお子がフォルシーナしかいないものね、手放すことはできないでしょう」


 一応は納得したような顔をするヴァミリオラ。少し驚いた顔をしていたアミュエリザも元の表情に戻った。


「ところでフォルシーナ、貴女のその銀の髪はとても美しく輝いて見えるのだけれど、なにか秘密があるのかしら?」


 その質問にフォルシーナは俺の方をチラと見た。俺がうなずき返してやると、ヴァミリオラに向き直る。


「はい。これはお父様が錬金術でお作りになった『シャンプー』と『コンディショナー』による効果です。髪を洗って整えるお薬なのですが、先ほどの湯浴みの時にも使いました」


「ふぅん? 『シャンプー』に『コンディショナー』、ね。聞いたことがないけれど、髪から漂ってくる心地よい香りもそれかしら?」


「そうです。錬金術によって生み出された、花でも果実でもない香りだそうです」


「そのお薬、後で見せていただいてもよろしいでしょうか?」


 上半身を乗り出すようにするのはアミュエリザだ。


 騎士系の少女だが、やはりお洒落には興味があると見える。ゲームでも言動と裏腹に少女趣味みたいな設定があったな。


「お父様?」


「ん? ああ、『シャンプー』と『コンディショナー』については挨拶の品として用意してある。この後お渡ししよう」


「ありがとうございますブラウモント公爵様。楽しみにしています」


 ニコリと微笑むアミュエリザの笑顔にはさすがの破壊力がある。姉であるヴァミリオラが溺愛するのも理解できるというものだ。


 一方でヴァミリオラが射抜くような視線を向けてくるのは姉バカキャラゆえか。微妙に殺気がこもっている気がするのがなんともそれらしい。


「ブラウモント公は私の領の女性をたぶらかしにきたということはないわよね。『立太子の儀』に同席していた少女たちが、貴方の剣技に心を奪われて大変だったと、派閥の貴族たちが口々に言っていたのだけれど?」


「さすがにそこまで責任は持てぬ。私自身がなにをしたわけでもない。それはぎぬと言うものだ」


「ふぅん、そういうことにしておきましょうか。ただアミュエリザに手を出すのは決して許さないわ。それは忘れないでもらいたいものね」


「もとよりそのような気はない。公の妹御いもうとごを大切に思う気持ちは理解しているつもりだ。私も娘のことはなにより大切に思っているゆえな」


 なんか最近女たらしみたいに言われることが多い気がするのはなぜだろうか。中ボスを回避するのと領地を守るのにいっぱいいっぱいで動いているだけなのだが。


 一応俺の言葉に納得してくれたのか、ヴァミリオラがそれ以上睨んでくることはなかった。


 フォルシーナも急にニコニコし始めたのは、今のセリフで好感度アップをしたからか。


 しかし食事をするだけでも妙に疲れるな。アミュエリザの済まなそうな顔だけが癒しである。

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