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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~  作者: 次佐 駆人
第3章 悪役公爵マークスチュアート、領地防衛のために奔走す

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05 大いなる精霊の泉  2

 泉から現れた、全長5メートルほどの、太ったワニのような姿のアンデッドモンスター。


 それは全身腐敗が進んでいて、身体は半分ほどが骨になっていた。恐ろしいほどの腐臭があたり一帯に立ちこめ、吐き気を催すほどである。


「うげっ、ちょっ、これは耐えられねえ……っ」


 クーラリアがえずく。嗅覚が鋭敏な獣人にはキツいだろう。フォルシーナとミアールも、口と鼻を押さえて眉間に眉を寄せている。


「お前達は離れていろ。他にアンデッドがいるかもしれぬゆえ注意は忘れるな。これは私が相手をする」


「すまねえご主人様、下がるぜ……っ」


「お父様、申し訳ありません……」


「お館様、失礼いたします……」


 強がりすら言わないで下がっていくのだから相当に苦しかったようだ。毒耐性スキルのレベルが高い俺だからから辛うじて耐えられる感じだしな。


「さて、お前はどうしてやろうか」


 リアル世界となって強烈な臭いがあるのに面食らったが、このモンスター自体は『プリズンゲーター』というゲームにも出てきた敵である。


 むき出しの肋骨が檻のようになっていて、腹の中に獲物を閉じ込めて運ぶモンスター、みたいな設定のあった大型のザコ敵で、バトル中に仲間が腹に閉じ込められるなんてアクションもあった。


 実際確かに肋骨は檻というか、籠みたいに閉じた形状で、中に何か入れられそうではあるのだが……


「なにか入ってるな」


 よく見ると、その骨の籠の中になにかが閉じ込められているようだ。


「まさか本当に泉の精霊が捕まってるなんて可能性もあるのか? 少し面倒だな」


 といってもコイツは後半のザコでしかない。中ボスだった俺の相手にはならないだろう。


プリズンゲーターは俺のほうにのそのそと歩いて来ると、俺がどかないことで敵と認識したのか、口を大きく開いて噛みつきにきた。


 俺はそれを避けつつ、氷魔法『アイスジャベリン』を頭部に向かって放つ。


 まだ肉の残っているワニの頭に氷の槍が5本突き刺さり、周囲までも凍らせてダメージを与えた。


 たださすがにアンデッド、それでは動きが鈍らない。


「ふむ……身体の機能をしっかり奪わないといけないということか」


 次に放ったのは風魔法『ウインドカッター』、よくある風の刃を飛ばすやつだ。かすかな空気の歪みとなって認知できる風の刃が四本の脚をすべて切断すると、『プリズンゲーター』は巨体を支持できなくなり横倒しになった。


「アンデッドは炎が一番だが、中に誰か捕まっているなら使えないな。仕方ない」


 俺は『ウインドカッター』を連射して、プリズンゲーターの首を集中攻撃した。数発打ち込むと大きな頭部がゴロンと転がって、腐った巨体は光の粒子になって消えていった。


 ついでに臭いも消えたようで、俺はようやくそこで深く呼吸をすることができた。


 プリズンゲーターが消えた後には、白い布をまとっただけの女性がぐったりとした状態で横になっていた。水色のゆるくウェーブのかかったロングヘア、目をつぶっているその横顔は均整の妙をたたえている。耳の先が微妙に尖り、全身がうっすら半透明になっているので、明らかに普通の人間ではない。


 『精霊』――ファンタジー世界でありがちな超常的存在は、ゲーム知識から考えるとここにいてもおかしくはないのだが、この世界の常識ではいまだ伝承上のものである。


「さすがですお父様。……あら、こちらの方は?」


 戦闘終了を察知して、フォルシーナたち3人が俺のところにやってくる。もちろんすぐに地面の上の半透明美女に気付いて注目する。


「見た限り普通の人間ではあるまい。もしかしたら本当に『大いなる精霊』なのかもしれぬ」


 半透明美女は微動だにしないが、かすかに胸のあたりは上下しているようだ。精霊って呼吸するの? と一瞬疑問が浮かんだが、それは無視して俺はその女性の近くにいって観察を始めた。


 半透明であること以外は特に妙なところはない。全身に非常に澄んだ魔力をまとっているので、やはり人間より上位の存在である気はする。試しに腕に手を伸ばしてみると、普通に感触があって触ることができた。俺が軽く揺すると、彼女の長いまつげがピクピクと動く。


『……ん……うぅ……わたくしは……?』


「もしや『大いなる精霊』でいらっしゃるか? 貴女はアンデッドに囚われていたのだ。我らがそこから解放した。理解できるか?」


『アンデッド……? 解放……? あ……っ!?』


 女性は急に上半身を起こして周囲を見回した。


 すでにアンデッドの気配は完全に消えている。プリズンゲーターを倒したことで、アンデッドモンスターを生み出す瘴気的なものが消え去ったのだろう。


 見ると、奥にある泉もすっかり綺麗な状態に戻っていた。復元力が強すぎる気もするが、精霊の座所となれば当然なのかもしれない。


『どうやら悪しきものは消えたようですね。ありがとうございます。助かりました』


 どうやら女性の意識ははっきり回復したようだが、立ち上がる動きは頼りない。倒れそうになるので、近づいて身体を支えてやった。


『ありがとうございます。貴方はわたくしの身体に触れることができるのですね』


「ふむ、やはり貴方は常の者ではないのだな。私の名はマークスチュアート・ブラウモント。この辺り一帯を治めている者だ」


『わたくしはイヴリシア、貴方が先ほど口にされたように、精霊と呼ばれる者です。領主様にお願いをするのは失礼かもしれませんが、あちらの泉までわたくしを連れていっていただけませんか?』


「いいでしょう」


 俺はいわゆるお姫様抱っこをしてイヴリシアを泉まで運んだ。なお精霊ゆえか体重はほぼ感じなかった。


 泉の側に下ろすと、イヴリシアはそのまま泉の中にすべるようにして入っていった。


 しばらくして、泉の中からイヴリシアが立ち姿ですうっと水面の上に出現する。


 光に包まれたその美しい姿はなるほど『大いなる精霊』と呼ぶにふさわしいもので、フォルシーナたち3人も息を飲んで見つめている。もっとも俺にとっては「ゲーム通りのビジュアルだなあ」というのが正直な感想なのだが。


『ありがとうございますマークスチュアート様。おかげで力が戻りました。魔の者の手に落ちるところ助けていただいて、心より感謝いたします』


「それはなによりであった。ところで貴女を狙った者に心当たりはあるのだろうか?」


『いえ、それがまったく……。私たち精霊は人よりは優れた権能を持ちますが、その力はこの場所があって初めて発揮されるもの。捕らえることに意味があるとも思えません』


「ふむ。しかし先のアンデッドが自然発生したとは到底思えぬ。何者かが背後にいるのは間違いなかろうな」


『ええ、その通りでしょう』


 とまあこんな会話をしているが、もちろんゲーム知識からいえばイヴリシアが狙われる理由も知っているし、アンデッドを使役する存在にも心当たりはある。ただ本来ならイヴリシアを狙うのは別の奴だったし、しかもそもそも動き出すのにはまだ早いはずなのだ。なにしろまだゲーム本編は始まってもいないのだから。


「まあ事前に動いていてもおかしくはないのか。だが……」


 ゲームでは過去にイヴリシアがさらわれていたという話はでてこなかった。もっとも実際には誘拐未遂があって、今の俺のがそうしたように、マークスチュアートが助けていたという話があってもおかしくはない。ゲームでこの世界の出来事すべてが描かれていたわけではないのだ。


 俺が少し黙り込んでいると、フォルシーナが顔を覗き込むようにしてきた。


「お父様、精霊様をこのままにしておいてよろしいのでしょうか? 今の話ですと、再び狙われることがあるように思われますけれど」


「その通りではあるが、しかしここを守らせるのは難しい話だ。精霊の存在を世に出す必要が生じてしまうゆえな」


『それは困ります。わたくしはひっそりと暮らしていきたいだけなのです』


「ではどうすれば……」


 と言われてもどうしようもない。


 兵士に守らせても、プリズンゲーターが相手だと、俺か将軍のドルトン、もしくは部隊長レベルが2人以上いなければ被害が出るだろう。


 ただまあ、手がなくもない。


「『水精霊のしとね』を我が館の近くの泉に移動するか……」


 俺がそうつぶやくと、イヴリシアの魔力が大きくうねり、彼女自身驚いたような顔になった。


『なぜその存在を知っているのですか?』


「なに、古き書物に記述があったのだ。精霊のおわすところに精霊の座所を定める水晶があるとな」


 もちろん実際はただのゲーム知識ですが。


『信じられませんが……しかしマークスチュアート様がご存知というならその通りなのでしょうね。しかし我が住処すみかを移動し、わたくしを守ってくださるというのですか?』


「精霊である貴方は我が領地に益をもたらしてくれる存在。それ以前に我が領の住む者となれば領主たる私が守るのは当然だ」


『それは素晴らしいお考えと思いますが、わたくし自身はそこまでお役に立つことはないと思います。それでもよろしいのでしょうか?』


「貴女の姿を見るだけでも癒されることはあろう。それに貴女の住まう泉の水も錬金術にとっては貴重なものとなる」


 ゲーム中では『精霊水』というアイテムで、これを使って錬金術でポーションを作ると、ワンランク上のポーションができるというなかなかに有用なものだった。


 そんなゲーム思考をしつつふと周りを見ると、フォルシーナが『氷の令嬢』モードに半分入っているのに気づいた。ミアールは少し呆れたような顔をしていて、逆にクーラリアは「さすが公爵様だぜ」としきりに感心している。


 イヴリシアの方はというと、両腕で自分の身体を抱くようにして腰をくねくねと動かしている。よく分からない動作だが、俺の直感が好感度アップアクションだと告げていた。


『……見るだけで癒されるなど、正面からそのように言ってくる人間は貴方が初めてです。貴方はわたくしに触れることができるようですし、きっとわたくしにとって特別な人間なのでしょう』


 いや、多分触れるのは俺が中ボスだからだと思います、などとは言えず、黙ってうなずくしかなかった。


 するとイヴリシアは一度泉の中に潜っていき、すぐにまた水面に姿を現した。 


 その手にはバレーボールくらいの大きさの、美しい透明の水晶球があった。


『この「水精霊の褥」を貴方にお預けします。こちらを貴方の館の近くにあるという泉に投げ入れてください』


「入れるまでに5、6日かかるが大丈夫か?」


『はい、それはいつでも問題ありません』


「貴女自身はどうされるのか?」


『この水晶の中に入ってその時を待ちます』


「そこまで信じていただけるのは不思議に思うのだが」


『悪しき者から守っていただいたのですし、真心のある言葉もいただきました。マークスチュアート様を信じます』


 なんかゲームイベント並の簡単さだが、彼女の保護はいずれ必要なことではある。前倒しが必要なら否やもないだろう。


 俺は前に出てイヴリシアの手から『水精霊の褥』を受け取った。イヴリシアはそのまま『よろしくお願いします』と微笑んで、すうっと水晶球の中に吸い込まれるように入ってしまった。


「ふへ~、精霊様まで手懐てなずけちまうとは公爵様の手練てれん手管てくだはすさまじいぜ」


「人聞きの悪いことを言うなクーラリア。私は誠の心で語ったにすぎん」


「まあそうだろうけどさ。だからこそアタシもご主人様だって認めたんだし」


「私は認められた覚えはないのだがな。まあいい、時間をかけすぎた。急ぎ馬車まで戻るとしよう」


 ということでちょっとした寄り道が少し大きな話になってしまったが、ゲームシナリオにも関わってくる精霊イヴリシアを手の内に入れたのはかなり大きい。


 問題はフォルシーナの好感度稼ぎに寄ったはずなのが、なぜか『氷の令嬢』面を引き出すことになってしまったことだが……。帰り道に何度か話しかけても「お父様のお気持ちがわかりません」と言ってそっぽを向かれてしまうのでどうにもならなかった。


 なんとか馬車の中で好感度を回復できればいいのだが。

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