05 大いなる精霊の泉 1
さて、領地防衛については目途が立ったところで、もう一つ気になることについて考えねばならない。
それはこのインテクルース王国を支える三大公のうちの最後の一人、ヴァミリオラ・ローテローザ公爵の動向である。
先にも言ったが、この国は王家と三大公と呼ばれる三人の公爵によって保たれているという設定だった。リアルとなったこの世界でもその通りではあるのだが、想像できる通り三大公の間では水面下に熾烈な権力争いがあり、どの家から王の妃を出すかなどを競ってきた。
ゲームでは俺ことマークスチュアートが王位簒奪からの中ボスキャラ、ゲントロノフ公は主人公の後ろ盾キャラ、そしてローテローザ公は主人公寄りの中立キャラという扱いだった。実のところローテローザ公はストーリー的にはその後悲しいことになったりするのだが……。
それはともかく、流行病にかかったということで『立太子の儀』に欠席をしていた彼女だが、これ自体がゲームの設定と違ってしまっている。俺としてはこのあたり事前にしっかりと確認を取っておきたいので、ギリギリのタイミングではあるが、ローテローザ公の元を訪れることにした。
先触れについてはすでに出してある。
問題は俺以外に誰が向かうかという話だが、
「これも領主としての務めならば、私も参らぬわけにはいきません」
とフォルシーナが強く言うのでフォルシーナとミアールは決定、
「公爵様の護衛なんだからアタシも当然行くんだよなです」
ということでクーラリアも同行することになった。
スピード重視ということで護衛の騎士は10名に抑え、俺たちは一路ローテローザ領へ出発した。
ちなみにおおまかな領地の位置関係だが、王都のある王家の直轄領を中心にして、東北東側に俺のブラウモント領、東南東にローテローザ領、西にゲントロノフ領がある。つまりローテローザ領は俺の領からはほぼ南にあり、領都までは馬車で急いで片道3日ほどとかなり近い。
宿場町を経由して2日目の昼、ブラウモント領とローテローザ領の境に差し掛かった時、街道の左手奥に大きな湖が見えた。
『大いなる精霊の泉』と呼ばれる、観光場所としても有名な美しい湖である。
「お父様、あの湖は、幼い頃に行ったあの湖ですか?」
「うむ。そういえば湖の精霊にお前を披露するという話をしていたな。今日は時間に余裕がある。寄ってみるか」
「はい、是非」
俺は御者と護衛騎士の隊長に命じて、湖の方に馬車を向けさせた。
観光地らしく道は整備されていて、10分ほどでほとりまでたどり着く。
馬車を下りて、フォルシーナ、ミアール、クーラリアとともに湖を前にする。
そこには、青空を映した、巨大な鏡のような湖面が目の前いっぱいに横たわっていた。周囲には鬱蒼とした森がその広大な湖を抱くように広がっている。さらにその遥か先には雄大な山脈が、尾根をわずかに雪で飾って立ち並んでいた。
「静謐な、それでいて雄大さをも感じさせる景色ですねお父様。やはりかすかに私の記憶の中に残っている気がします」
フォルシーナが感動したように両手を合わせながら、俺のほうを振り返った。
「まだお前が小さいころであったからな。覚えているだけでも大したものだ」
マークスチュアートが娘をどうしてここに連れて来たのかは微妙に記憶がない。ただ覚えているのは、亡くなった妻がこの景色を気に入っていたということだけ。もしかしたらそれを教えに来たのかもしれない。
「この景色をお父様とともに再び見ることができて、私は幸せに思います。できればこの先も、何度もお父様とともにここを訪れたいと願います」
「ふっ、お前が望むならそうしてやろう」
まあ婿が来たらそんな話は自然消滅するだろうけど。
ミアールとクーラリアも景色を堪能しているようで、
「本当に美しい景色です。湖上に浮かぶ船は魚を獲っているのでしょうか」
「こんな大きな湖は初めて見るぜ。城にいるあいつらにも見せてやりてぇなあ」
などとそれぞれ感想を漏らしている。
それほどの距離もないので、ゲームのイベントがすべて終わったら使用人たちに観光旅行をさせるのもいいかもしれないな。
さてそれはともかく、ここ『大いなる精霊の泉』はゲームの中でも重要なマップであった。まだその時期ではないので『大いなる精霊』は出てこないだろうが、錬金術の素材くらいは手に入るはずなので、ちょっとだけ奥に入ってみるか。
「我らは少し湖の周りを散策してくる。一刻以内には戻るので、お前らはここで待機せよ」
と護衛騎士に命じ、俺はフォルシーナたち3人を連れて、湖畔を通る小径を歩いていった。
「お父様、どちらへいらっしゃるのですか?」
「前にお前を湖の精霊に見せると言っただろう?」
「えっ!? 精霊様が本当にいらっしゃるのですか?」
「本で得た知識だがな。確かめてみるのも面白かろう」
「いや~、ご主人様はなんでも知ってんだなぁ……です」
「クーラリア、失礼ですよ」
クーラリアが両手を頭の後ろに回しながら感心したように言い、ミアールがそれをつついてたしなめている。
しばらく歩いて行くと、小径は湖から離れ、森の中に入っていく。
この世界で森といえばモンスターが出る危険地帯であるが、ゲームではこのあたりは神聖な気が満ちていて、モンスターは近寄ってこないということになっていた。
そのはずなのだが、今歩いているこの森に『神聖な気』とやらは感じられず、代わりにモンスターの気配があちこちにあるのはどうしたことか。
「どうやらモンスターがいるようだ。注意するように」
そう言うと、3人はそれぞれ自分の武器をマジックバッグから取り出した。
すぐに木々の間から妙な音が聞こえてくるようになる。カシャンカシャンという、硬いものがすれ合わさるようなそんな音である。
そして、モンスターが木の間から姿を現した。
「お父様、これは……アンデッドモンスター、でしょうか?」
フォルシーナが『精霊樹の杖』を向けた先には5体の骸骨が歩いていた。見た目はまさに人体の全身骨格標本であるが、手には錆びた片手剣を持っている。俗に『スケルトン』と呼ばれる、不死属性モンスターだ。
ランクはEなので正直ザコ中のザコだが、問題はアンデッドという、モンスターの中でも特に不浄とされるものが、この『大いなる精霊の泉』付近に現れたということだ。
「我らの敵ではないが注意はするように。ミアール、クーラリア、二人で倒せ」
「はいお館様」
「はいよご主人様」
2人は前に出ると、それぞれショートソードと刀を振るって一瞬で5体のスケルトンを倒してしまう。
「見事だ。この先に小さな泉がある。そこまで進むぞ」
再度俺が先頭に立って歩いて行く。
その後も20体ほどのスケルトンを倒しながら森を進むと、急に目の前に大きめの泉が現れた。直径10メートルほどの円形をなす、いかにもゲーム的イベントが起きそうな泉である。
「む……、これは酷いな」
しかしその泉は、ゲーム知識にあるものとは違う様相を呈していた。
本来なら水底までが見通せるほどの透き通った泉のはずだが、今目の前にあるのは、うっすらと赤く濁った水がよどむ、かすかに腐臭すら漂う水たまりであった。
その臭いから顔をそむけたフォルシーナが、俺のことを見上げてくる。
「お父様、ここは……?」
「書物によると、この泉に『大いなる精霊』が姿を見せることがあるのだそうだ。だがこの様子では精霊がいるとはとても思えんな」
「そうですね。それにとても嫌な気が漂っています。精霊様がいらっしゃる場所にアンデッドが出るというのもおかしなことですし」
「うむ……」
しかしこれはどういうことだろうか。
ここは確かにゲームでも『大いなる精霊』関係のイベントがある場所ではあるが、こんな状況になっていることはなかったはずだ。
俺がどうするべきか悩んでいると、クーラリアが鋭く叫んだ。
「公爵様、水の中からなにかでてくるぜ!」
「なに?」
見ると、泉の中から水かきのついた前足が現れ、ついでぬうっと本体が地上に這いあがってきた。
それは全長5メートルほどの、太ったワニのような姿のアンデッドモンスターだった。




