01 『紅蓮の息吹』
モンスター集団を討伐した2日後、3人娘を連れてダンジョンに行った帰りに冒険者ギルドに寄ると、ギルドマスター・ブルランに呼び止められた。
ギルドマスターの執務室に行くと、そこには男2女2の4人組の冒険者パーティがいて、俺の顔を見るなりその中の一人、茶髪のイケメン青年が挨拶をしてきた。
「初めまして公爵様、自分は『紅蓮の息吹』のリーダーをしているメザルといいます。この度は公爵様からの依頼を聞き、やって参りました」
「うむ、来てくれてありがたく思う。話はギルドマスターから聞いているか?」
「はい。自分たちを1年間雇いたいということ、領地防衛と魔族の幹部を相手にすることが依頼内容ということは聞いています」
そこで俺たちは執務室の応接セットに座る。さすがにフォルシーナたちの席はないので、隣の会議室に待機してもらった。
「依頼についてはギルドマスターからの話の通りだ。私は最近の様々な動きから魔族の侵攻が近いのではないかと考えており、領地の防衛に力を入れたいと思っている。無論領軍がその任に当たるが、相手として魔族の幹部が出てくると兵士や騎士では力が足りぬ。そこで君たちのような腕利きを雇いたいと考えたのだ」
「我々を評価していただいているのは嬉しく思います。我々は冒険者をしてはいますが、元は人々を守りたいとの思いで集まった人間です。その為に雇っていただけるのなら、お受けする気はあります。ただ……」
「報酬として『エクストラポーション』が欲しいという話であったな。理由を聞いてもよいか?」
「王都に妹がいまして、大けがをして寝たきりになってしまったんです。それを助けてやりたいんですが、なかなか『エクストラポーション』が手に入らなくて」
「なるほど。そういうことなら報酬に用意をしよう。ときに妙なことを聞くが、諸君らの家族は皆王都にいるのかね?」
「こっちのサーシアとカズンの家族は公爵様の領地ですが、自分とライアの家族は王都です」
サーシアは魔導師の美人、カズンは体格のいい盾役の男前、ライアは斥候スタイルの猫獣人美人だ。
しかし言われて気づいたが、家族が王都にいるというのは考えていなかったな。それはちょっとマズい話かもしれない。
「ふむ……。『エクストラポーション』だが、条件によっては前払いとして渡してもよい。メザル殿もそのほうがよかろうと思うがどうか」
「え、ええ。もちろんその方がありがたいです。妹を早く回復させてやりたいですし。しかしその条件というのは?」
「少し大変かもしれんが、メザル殿とライア殿、2人の家族を依頼の間はこちらの領地に連れてきてもらいたい。仮の住居はこちらで用意しよう。仕事についても必要なら斡旋をする。もちろんこちらへの永続的な移住を望むならそれもかなえよう」
俺がそう言うと、メザルとライアは驚いたような顔をした。
「ええと……それはなぜでしょうか?」
「諸君らは王都で大々的に大森林の開拓を行うというのは聞いたことがあるかね?」
「はい、それはかなり宣伝されてますので」
「その開拓に、王都の相当な戦力が割かれるようなのだ。しかし、昨今の動きから魔族の侵攻は近い。それを合わせて考えると――これ以上は公爵たる私の口からは言えぬ。だが理解はできるであろう?」
「……っ!? そ、それは……」
「それでも王都には十分な戦力が揃っているので最悪な事態にはならぬだろうが、もし王都が攻撃に遭っていると知ったら、2人はこちらの領で安心して戦えるかな?」
「いえ、それは難しいと……思います」
「君たちに十全の力を発揮してほしいからこその提案だ。無論土地を移るということの精神的、経済的な障壁などは理解しているつもりだ。精神的な面は難しいが、経済的な面での支援は約束しよう。どうだ?」
念を押すと、メザルとライアは二人で会話を始め、しばらくしてうなずき合ったあと、俺の方に向き直った。
「自分の家族は妹と母だけなので、妹が回復すれば移動はできると思います。ライアは両親と祖母が料理屋を営んでまして、移動はかなり渋るかと思います」
「ふむ……例えば公爵家でその3人を雇うというならどうかな。実は今後色々と人員を増やすことを考えていて、食堂を新たに作ろうと思うのだが料理人がいないのだよ。無論料理屋を営むということそのものに誇りをもっているだろうが、とりあえず1年間そちらで腕を振るってもらえたりはしないだろうか」
「こ、公爵様に雇ってもらえるんですか?」
獣人のライアが恐る恐るといった面持ちで聞き返してくる。
「うむ。もちろん望むなら永年雇ってもよい。王都で料理屋を営むくらいだ、腕は確かであろうし、こちらとしても渡りに船の話でもある」
「わかりました、なんとか説得してみます!」
どうやら何とかなりそうか?
見た感じ『紅蓮の息吹』はゲーム通りの優良パーティっぽいので、是非確保をしておきたい。
1年雇ったら主人公ロークス王子とは関わらなくなるだろうが、すでにシナリオが大幅に違うこの世界ではそこまで気にすることもないだろう。むしろあのロークスがもし破滅ルート主人公なら、彼らと出会わせない方がいいまである。
「ではここで契約をした後、館で『エクストラポーション』を渡そう。今後ともよろしく頼む」
俺はメザルと握手をして、ギルドマスター・ブルランに契約の手続きをするよう頼んだ。
翌日午前、仕事にかかる前に、俺はフォルシーナを執務室に呼んだ。
執務机の近くの椅子に座らせると、フォルシーナは背筋を伸ばし、令嬢然として俺に対する。
「お父様、どのようなお話でしょうか?」
「うむ。お前には領主の執務についても少し学んでもらいたいと思ってな」
「お父様のお仕事を? つまりお手伝いをさせていただけるということでしょうか?」
「最初のうちは見るだけでよい。お前が見てよい書類についてはそれにも目を通し、公爵家がどのような務めを行っているのかを知ってほしい」
「はい。その後は?」
「書類のチェックなどを手伝ってもらおう。また判断が必要なものに関してはお前の考えも聞くこともする。その中で私がどのような考えの元に判断を下しているかなどを学ぶように」
「わかりました。場所はこの執務室でよろしいのですね?」
「無論だ。お前用の机と椅子を用意させる。当面は午前中のみの従事でよい。お前はそれ以外にもやることがあるからな」
「はい、魔法の練習もダンジョンでの鍛錬も並行して行います」
「よろしい。お前は将来的にはこの領を治める者の補佐をすることになろう。励めよ」
「はい!」
フォルシーナはいずれ婿を取ることになるだろうが、必ずしもその婿が領主をうまくやれるとは限らないからな。今のうちにフォルシーナに仕事を仕込んでおくのは大切なことである。できればさっさと俺の代わりに領主をやってくれると助かるんだがなあ。
「始めるのは明後日からとする。時間の調整はミアールと話し合って行っておけ」
「お父様、今からでも大丈夫です。是非やらせてください」
「む?」
「今からでお願いいたします」
令嬢然としていたはずのフォルシーナが急に立ち上がって机に手をつき、身体をこちらへずいっと乗り出してきた。やる気と熱気に満ちあふれた目に俺はつい圧倒されてしまう。
「時間は大丈夫なのか?」
「お父様との時間が最優先です。それも圧倒的に」
「そ、そうか。ならば今すぐ机と椅子を用意させよう」
う~ん、そんなに執務に興味があるのだろうか。
もしかして自分で仕事を覚えた後は俺を追放しようとか断罪しようとか考えていたりしないだろうか。断罪される理由はもうないはずなので、あるとすれば追放か。まさか俺が地位を奪われる側になるルートがあったりしないよな。
「これでお父様と一緒にいる時間が増えますね。ふふふっ、お父様を独り占めできるとは、なんて素敵な時間でしょう」
机と椅子が運び込まれる様子を見ながら、今まで見たこともないくらい上機嫌な顔でなにかをつぶやいているフォルシーナ。その横顔に言い知れぬ不安を感じるのは、どうかただの勘違いであってほしい。




