13 ゴーレム核
「皆よく戦った。このダンジョンなら、すぐに3人だけで最下層まで踏破できるようになるだろう」
ゴーレム戦の動きを褒めると、フォルシーナ、ミアール、クーラリアの3人は揃って嬉しそうな顔をした。クーラリアに至っては尻尾が左右に微妙に動いている。
「はいお父様。今回の戦いで一段と魔力が高まった気がします。氷魔法も新しい魔法を覚えようと思います」
「フォルシーナは氷魔法ならば間違いなく私よりはるかに高みを目指せよう。期待している」
「ご期待に沿えるよう尽くします」
可憐な微笑みを浮かべるフォルシーナは、完全に『氷の令嬢』とは無縁にも見える。しかし時々その片鱗が現れるのでここで気を抜いてはいけない。
「ミアールはどうだ? ボスを仕留めたのだから違いを感じると思うが」
「はいお館様、朝方に比べて身体の能力が倍にもなった気がいたします」
「先ほどの戦いを見た限り、すでに身体能力だけなら中級の兵士くらいにはなっていよう。ただやはり剣技は未熟だ。普段の鍛錬を忘れぬように」
「はっ、精進いたします」
「クーラリアはさすがに安定しているな。マナビースト討伐も参加していると聞いているが、そちらでも問題はなさそうか」
「ああ公爵様、あれくらいならもう少しで一人で倒せるようになりそうだぜです」
「頼もしいな。もっともこれから戦うことになるだろう魔族で言うと、あのレベルはせいぜい中隊長より少し上といったところだ。慢心はするな」
「目の前に公爵様っていう化物がいるんだ。あの程度で満足なんてしねえよです」
「ならよい。さて、ドロップアイテムは……」
見ると床に落ちていたのは赤黒い球体、先ほどミアールが破壊したはずの『ゴーレム核』そのものだった。
「ほう、これは珍しい。それに今必要なものだ」
「お父様、これはなんの役に立つのでしょう?」
「『ゴーレム核』といって、ゴーレムを作りだし、使役できるようになるものだ。ゴーレムは兵力や労働力として非常に有用なのだ」
「ゴーレムというと先ほどのモンスターのようなものですか? 領内でも見たことがございませんが」
「使いこなすには条件があってな、恐らくそれを満たす人間は現在ほとんどいないのだろう」
「お父様ならできるのですね?」
「無論だ。しかし面白いな、ミアールがとどめを刺すと珍しいドロップが出るようだ」
「そ、そうでしょうか」
俺が目を向けると、ミアールは恐縮したように首を縮めた。
「うむ。そういうスキルを先天的に持っている者もいると聞く。検証をする必要があるかもしれぬ」
ゲームにも『良運』『豪運』『神運』などというスキルがあり、ドロップ率上昇などの効果があることになっていた。ただこの世界だとそういう『運』系のスキルについては、後から得る方法は今のところ見つかっていない。可能性があるとすれば、生まれつきもっている特異スキルということになる。
「お館様のお役に立てるのであれば喜んで」
「何度かこのダンジョンに入ってみるか。もしこの『ゴーレム核』が複数手に入るのなら是非とも手に入れておきたい」
「はい、私にできることなら」
とミアールは了承してくれたのだが、そのミアールの腕をフォルシーナがつかんで俺のほうをじっと見てきた。その瞳にちらつく氷の予感が俺を不安にさせる。
「お父様、ミアールは私の使用人です。私にも許可を取っていただきたいのですが」
「む?」
う~む、実際は公爵家で雇っているので俺の使用人なのだが、まあここは正論を言ってもしかたないか。
「……そうであったな。もちろんフォルシーナがいてのミアールだ。それを忘れたわけではない」
「それならばいいのですが……。ただ最近、お父様は私よりミアールやクーラリアの方を先にしている気がするのです」
「それは済まなかったな。俺にとってお前はかけがえのない存在、お前がすべてに優先する。それは疑わないでほしい」
と言ってフォルシーナの肩に手を置く。するとフォルシーナはその手をとって、自分の頬にあてるようにした。
「ありがとうございますお父様。安心いたしました」
ふぅ、俺も安心した。やはりダンジョンでも気は抜けないな。
館に戻った俺は、早速ゴーレムの製作をすることにした。
『ゴーレム核』を持って練兵場に行く。もちろんフォルシーナたち3人も一緒である。
ゴーレムは錬金術の範疇に入るので、トリリアナに声をかけたら錬金術師全員も見たいとのことで許可をだした。家宰のミルダート、そして将軍ドルトンやドワーフのボアル親方にも立ち会ってもらうことにする。
集めた全員が見守る中、練兵場の端にある土塁の上に『ゴーレム核』を置いた。この土塁は魔法練習の標的用のものだが、今回はこれを材料にする。
「始めるぞ」
マークススチュアートの過去の勉強に中にはゴーレムに関するものもあった。ゲーム知識的にも『ゴーレム核』さえあれば後は高レベルの『錬金術』スキルが必要なだけだったのでいけるはずだ。
『ゴーレム核』の上に魔法陣を展開、魔力を注ぎ込む。
ダンジョンで出現した時と同じく土塁の土がズモモモと生き物のようにうねり、次第に人の形を成していく。俺のイメージ通りに作られるので、とりあえず大きさは3メートルほどにしておく。
「さすがお父様です!」
「おお……」
「すごい……」
魔力の三分の一くらいを消費したところで『マッドゴーレム(仮)』は完成となった。見た目は人の形をしただけの、ディテールもなにもないただの泥の塊だ。しかし身長3メートルの土の人形は、そこにあるだけでなかなかの威圧感がある。
「あちらまで歩け」
指示をするとゆっくりと歩き出す。最初はぎこちなかったが、次第に普通の人間のような動きになる。反応を見るとどうも学習をしながら動いているようだ。
しゃがませたり回らせたり、腕を振らせたり、パンチの動作をさせたりするが、やはり一度目より二度目三度目の方が動きがスムーズになる。
基本的に製作者である俺の指示しか聞かないが、命令をする人間は複数設定できるようで、フォルシーナやドルトンなどにもやらせてみる。
「しっかりと言うことを聞きますね。お父様の作られたゴーレムですから当然なのでしょうけれど、本当に素晴らしいです」
「いやぁ、こりゃ色々と使い途がありそうですなあ。コイツ用の武器とか道具とかもあっていいんじゃないですかね」
ドルトンの言葉に、ボアル親方があごひげをしごきながらうなずく。
「今まで作ったことのないデカい道具になりそうだな。だが面白い。公爵様、言ってくれれば作るぞ」
「うむ。このゴーレムはあと2回り程までは大きくできる。それに合わせたものを作ってもらうことになるだろう」
「そりゃさらに面白いな」
男たちが少々物騒なことを考えていると、トリリアナたち錬金術師の一団が感動した面持ちでやってきた。
「お館様の秘儀、大変勉強になりましたわ。ゴーレム誕生の瞬間を見られて私たちは幸運です。公爵様に雇われて本当に良かったと心から思いますわ」
「領主として最上の誉め言葉だな。とはいえ今回は偶然『ゴーレム核』が手に入ったということもある」
「『ゴーレム核』があれば私たちにも作れるのでしょうか?」
「できると言いたいが、恐らく魔力が足りぬ。あのゴーレムを作るのに私の全魔力の三分の一を要しているゆえな」
「お館様の魔力の三分の一……。確かに難しそうです」
錬金術師全員が残念そうな顔をする。
ちなみに中ボスたる俺の魔力は並の魔術師・錬金術師の50倍以上はある。その三分の一の魔力というのは、トリリアナレベルの錬金術師にとっても簡単に身につくものではない。
ゲームでもこのゴーレム作製は、フォルシーナやゲントロノフ公の孫娘マリアンロッテといった天才がレベル50を超えたあたりでようやく可能となるものであった。この世界でゴーレム技術がまったく発展していないのも当然と言える。
「諸君らは毎日の錬金術で魔力は伸びているはずだ。長ずれば可能性はある。もっとも『ゴーレム核』そのものも簡単には手に入らぬのだがな」
と言ったが、今日ギルドマスターのブルランに聞いたら、好事家の貴族対象に少数流通はしているらしい。集めれば10個くらいは手に入るとのことで、早速注文はしておいた。
しかしどうもゲーム知識の記憶が戻ってから、この我が公爵領は一気に発展しそうな気配がある。もっとも特に防衛力強化は急務なので、やれることはやるつもりだ。




