12 薬の効果
3日後、執務室。
書類相手に格闘をしていると、妙にリズミカルに扉がノックされた。
入って来たのはおっとり金髪美人のトリリアナだ。先日と違ってやたらとニコニコしている顔を見て、俺は察した。
「どうしたトリリアナ、ずいぶんと嬉しそうだが」
「はいその~、お館様にお礼と、新しいレシピについてのご報告をと思いまして」
「聞こうか」
トリリアナは少し恥ずかしそうにしながら報告をした。
「実は、お館様のあの薬が、とてもよく効きまして。錬金術棟の皆にも試してもらったのですが、一人の例外もなく今日は明るい顔をしておりますわ」
「……なるほど、それはなによりだ。身体に不調がでたものはいなかったか?」
「いえまったく。それどころか肌に艶が出るくらいに違うものですから、皆驚いてしまっています」
「なるほど、道理でトリリアナもいつに増して美しいはずだ」
「まぁ!」
頬を染めて腰をくねらせるグラマラスな錬金術師。妙な絵面だがなんとなく好感度アップ(大)な気がする。遂に俺も息をするように好感度稼ぎができるようになったらしい。
「お館様にそのようなことを言われたら、皆仕事が手につかなくなってしまいます」
「それは困るな。トリリアナだけにしておこう」
「ま……っ!」
う~む、また好感度アップ(大)か。ちょっと攻略難度低すぎないかトリリアナさん。ちょっと前までは俺のことを嫌な上司だと思ってたはずなんだがなあ。
「ではそちらの薬は量産体制に入れるな。作ってはみたか?」
「はい、魔法陣もそれほど難しくないので、全員がすでに作れるようになっていますわ」
「頼もしいな。ポーションの新レシピも問題はないな?」
「そちらも全員習得済みです。コストが今までの三分の一なので皆驚いています。さすがお館様と口々に申しております」
「その分楽をさせてやりたいのだが、作る数は増やしてもらわねばならん。お前達にとっては褒められるようなものでもないだろう」
「そんなことはございません。それにその、例の薬がもうすごいので、皆意欲が湧いております!」
そう力説しつつ机に身を乗り出してくるトリリアナ。俺の視界がやたらと豊かなもので埋まってしまうが、錬金術用ローブの上からなのでセーフである。
「ならばよい。いうまでもないがあのレシピの扱いは慎重に頼む」
「もちろんです。皆お館様には最大限の感謝をしていますから、裏切ることなど決してありませんわ」
「えぇ……。いやまあ、それなら重畳。それと錬金術師の数を今の倍に増やしたい。信用できる者を集めたいのだがなんとかできるか?」
「例の薬を事業化するのですね! わかりました、伝手を頼って集めます。それと、新しく雇った獣人族の娘さんたちがいると思うのですが、彼女たちを育てるのはどうでしょうか?」
「ふむ? 獣人族は魔力が少ないと聞くが」
「それが、実はあの子たちの健康チェックを行った結果を聞いたのですが、全員魔力が強いようなんです。ですので鍛えれば戦力になると思います」
「……ほう。手に職を持たせるという意味でもよいかもしれんな。いいだろう、メイド長とミルダートには伝えておく。教育係も用意できるな?」
「ええ、私たちが交代で教えますわ」
「ならばやってくれ。いい提案をしてもらった。礼を言うぞ」
「うふふふっ。お館様のためならこれくらい当然ですわ。それと例の薬なのですが、公爵邸の女性にも提供したいと思うのですが」
「いいだろう。事務を通して販売することを許可する。館の者に対しては儲けはなくてよいが、服用は週1、2回に抑えるように処方箋を出しておけ。また薬は館の外には厳に出すなと伝えるように。守らぬ者が出た時は一切の販売を禁止する」
「ありがとうございます! きっとお館様のおっしゃる通りにいたしますわ! それではまずは錬金術師の採用から始めさせていただきます」
トリリアナは来たとき以上にニコニコしながら執務室を去っていった。
なんというか……男の俺が想像する以上に女性にとっては深刻な悩みだったようだ。まあ解決されたのならよしとしよう。
しかし気になるのは獣人族の娘たちの件だ。全員の魔力が強いということなら、間違いなく『エクストラポーション』による欠損四肢の回復が原因だろうな。そんな副作用があるとは知らなかったが、そもそも『エクストラポーション』自体数が少ないから、知られていない事実なのかもしれない。
彼女たちについては、実はこれ以上館の使用人は要らないという声も聞こえていたので渡りに船の提案だった。あとでトリリアナにはなにか褒美をやるか。
さらに3日経った。
どうも今日は朝からメイドたちが妙に愛想がいい。もとから悪いわけではないが、なんというか心からの愛想というか、そんなものを感じる。
朝飯後、フォルシーナ、ミアール、クーラリアの3人を連れて『石舞台ダンジョン』に向かった。冒険者ギルドにも顔を出して、彼女たちが俺の娘や使用人であることを冒険者たちにそれとなく見せておく。できれば彼女たちは3人だけでダンジョンに行けるようにはしておきたい。こうしておけばガラの悪い冒険者に絡まれることもなくなるはずだ。
今日は一気に最下層の8階まで下りてみた。
すでにAランクを大きく超える俺がいるのと、クーラリアの刀が完成したこともあって、ボス前まではほとんど問題なくたどり着いた。
最下層ボスの扉は縦横が7、8メートルはありそうな鉄製のもので、ダンジョンボス前の雰囲気は満点だ。
4人で最後の小休止をしていると、フォルシーナが『精霊樹の杖』を胸に抱きながら、不安そうな瞳で見上げてきた。
「お父様、この先にかなり大きな気配を感じます。お父様がいらっしゃるので大丈夫とは思いますが、足でまといにならないか心配です」
「お前の魔法の力は十分に高まっている。立ち回りは確かにまだ経験不足だが、ここは私の指示に従っていれば問題はない」
「はい。お父様にいただいたこの『精霊樹の杖』のおかげもあって、魔法の威力は高いとは思うのですが、やはりまだ仕掛けるタイミングなどは難しく感じます」
「こればかりは戦いの経験を積むしかない。魔導師の場合、まず重要なのは魔力量だ。とにかく多くのモンスターを倒し力をつけなさい」
「わかりました。ミアールとクーラリアに負けないように精進します」
「お嬢の魔法はすげえ強力だと思う……ます。合図があったら全力でぶっ放してくれれば、あとはこっちでなんとかするますから」
「ふふっ、ありがとうクーラリア。頼りにしています。ミアールもね」
「はいお嬢様。お嬢様は私が必ずお守りをいたします」
「そうね。ミアールも少し戦っただけで見違えるようだってドルトン将軍もおっしゃっていたものね」
「ありがとうございます。ですがまだまだ私は未熟です」
うむ、女の子たちは女の子たち同士でそれなりに仲がいいようだな。3人で組んでもらうつもりだからいい傾向だ。
「よし、では始めようか。いつものように私が先に前に出るので、指示をしたら攻撃するように」
「はいお父様」「はいお館様」「任せろください公爵様」
敬語習得まで先の長そうなクーラリアの返事に吹き出しそうになりつつ扉を開ける。足を踏み入れると、そこはやはり広い空間となっていた。
奥には土の山が盛り上がっていたが、俺たちが少し前に進んでいくと、その土が生き物のようにウネウネと動き始め、やがて全高5メートルほどの巨人になった。魔法の力で動く泥人形『マッドゴーレム』である。その手には2メートルはある棍棒が握られている。
「ふむ、もっとも与しやすいのがでたな。動きが遅い相手だ、フォルシーナ、魔法を可能な限り撃ちこめ」
「はいお父様! 『アイスジャベリン』!」
一歩一歩こちらに迫ってくるマッドゴーレムの胴体に、氷の槍が5秒間隔ほどで撃ちこまれていく。当たった場所が凍るため、マッドゴーレムの動きが鈍るのも大きく、魔力切れになるまで全部で9発撃ちこむことができた。
「もう虫の息だ。クーラリア、ミアール、注意して攻撃せよ」
「おう公爵様!」
「はいお館様」
腕も満足に動かせない状態のマッドゴーレムに2人は突貫し、ズバズバと刀とショートソードで斬りつけていく。斬るたびに土がこそげ取れていき、遂にマッドゴーレムの右腕がどさりと床に落ちた。左足も半分ほど削れており、もう満足に歩けないだろう。
「魔法で核を露出させる。とどめはミアールが刺せ」
俺は風魔法『ウインドパイル』を発動。強烈な渦を巻く風の杭がマッドゴーレムの頭頂部から打ち下ろされ、身体を構成する泥をえぐりながら吹き飛ばす。
やがて胸のあたりまで削れると、そこから赤黒い球体が姿を現した。ゴーレムの心臓部、もしくは本体ともいえる『ゴーレム核』である。
「やれ」
「はいお館様! はあッ!」
ミアールが気合一閃ショートソードを核に突き刺し、マッドゴーレムの討伐は完了となった。




