11 錬金術
「『不帰の森』に怪しい人影、だと?」
「はい。何人かの兵士が見たっていうんでさ。なにかしてくるわけでもねえんですが、こっちを監視してるみたいだって話で」
ダンジョンに行った翌日、俺は執務室で将軍のドルトンからそんな報告を聞いていた。
実はドルトンには、定期的に『不帰の森』で『マナビースト』を討伐するように命じている。もちろん兵士や騎士たちのレベルアップとともに、『エクストラポーション』の材料となる『マナビーストの血晶』の回収が目的である。なおゲームでは『マナビースト』は何度も復活するタイプの中ボスで、現実となったこの世界でも同じであった。
「ふむ。実は『不帰の森』の奥にはエルフが住んでいるという話がある。もしかしたらそれかもしれんな」
「本当ですかい? 消えた種族が見つかったなんてことになったらえらい騒ぎになりますが」
「正直今そんな騒ぎが起きられても困る。兵士たちには絶対に関わらないように厳命しておけ。もちろんお前自身も関わってはならん。万一向こうが攻撃して来たら、決して反撃はせずに逃げるように」
「わかりました。もしエルフと敵対するなんてことになったらことですからね」
「ふっ、ドルトンはエルフなどという眉唾物の話を信じるのか?」
「他の誰でもない、公爵閣下がおっしゃることなら信じますわ。しかしもしエルフが公爵閣下のお膝元にいるなんて話になったら、他の貴族、特に王家からなにを言われるかわかったもんじゃありませんな」
「まったくその通りだ。だが本当にエルフだとすると、いずれ彼らの力を借りなくてはならぬ事態が起こるかもしれん」
「いや公爵閣下、そういう予言めいたことは言わんでいくださいよ。公爵閣下が言うと冗談になりませんや。ともかくエルフって話は伏せておいて、公爵閣下のおっしゃった通りにはしますんで」
ドルトンは肩をすくめ、挨拶の後執務室を去っていった。
一人残された執務室で、俺はふうと息を吐いた。
「……エルフか」
この『オレオ』の世界では、いわゆる人族以外にも、獣人族、ドワーフ族、それとダークエルフ族はすでに広く知られていて普通に街に溶け込んでいるが、エルフだけは特別な存在となっている。
ゲームの設定では、エルフ族は過去にあった人族との間の確執がもとで、種族ごとどこかへ姿を隠したことになっていた。そしてそのエルフ族との邂逅が、ゲームでは重要なイベントの一つであった。
もしこの後、本当に魔族の侵攻が始まりゲーム通りにストーリーが進むのであれば、エルフの力を借りなければならない場面は必ず出てくるだろう。
本来ならその辺りを解決するのは主人公のはずなのだが……
「あの王子と国王じゃ、エルフとは絶対上手くいかないよなあ」
この世界のエルフもファンタジーもののお約束に則って超絶美形ぞろいである。あの親子の好色そうな顔を思い出すと楽観視などできようもない。
ゲーム通りならエルフに関わるのはかなり先に話になるだろうが、姿を現したというなら一応は用意をしておくか。
俺は執務室を出て、公爵邸敷地内の別棟へと向かった。
そこは公爵邸の北側にある2階建ての建物だった。中に入ると様々な薬品や、微妙にカビのような匂いが漂っている。中には大きなテーブルが20ほど並んでいて、机上には一つずつ圧力鍋のようなもの――錬金釜が置いてあり、やはり一人ずつ魔術師のような格好をした人間がいて作業をしている。
そう、彼らは公爵家お抱えの錬金術師たちである。彼らは日夜、兵士たちが使う『傷薬』『魔力回復薬』や貴族必携の『解毒薬』、さらには仕事に使う『紙』や料理に使う『調味料』、そして『石鹸』などといった日用雑貨まで、幅広く錬金術を駆使して製作をしているのだ。
俺が入っていくと、全員が席から立ち上がって礼をしてくる。ちなみにここで働く錬金術師は全員女性である。力が要らず、女性が比較的多く持つと言われる『魔力』を使う職なので、錬金術師は必然的に女性が多い。
「皆ご苦労である。皆のおかげで私を含めて公爵家のものは全員がよい生活が営めている。感謝するぞ」
と俺が挨拶をすると、全員が一瞬ぽかんとした顔になった。もともとマークスチュアートはこんなねぎらいの言葉をかける人間ではなかったのだから仕方ない。
「は、はい、ありがとうございます」
「うむ。済まぬがトリリアナはこちらへ。他の者はそのまま仕事を続けたまえ」
「はいっ」
俺は指名したトリリアナ――20代前半の、金髪ポニーテールのおっとり美人――を連れて2階へと上がった。事務室に入り、2人の事務員にも挨拶をしつつ奥の談話室へ行く。
「仕事中済まぬなトリリアナ。術師たちは全員体調は問題ないか?」
俺の上司的な気遣い発言に、泣き黒子のおっとり美人は「あらあら」みたいな顔で首をかしげた。そりゃ上司の性格が急変したらそんな反応にもなるだろう。
さてこのトリリアナは、高い魔力量と優れた錬金術の腕をもつ、公爵家のお抱え錬金術師たちの筆頭である。雰囲気からするとリーダーシップがありそうには見えないのだが、あらあらと言いながらもきちんと錬金術師たちを上手くまとめているようだ。もちろんゲームには一切出てこなかった人間である。
「お気遣いありがとうございますお館様。おかげさまで全員健康ですわ」
「ならば重畳。諸君らがいなければ我らは生活もままらなんからな」
「そう言っていただけると皆喜びます。ところで今日はなにか新しいものを錬金するというお話ですか?」
「要件は二つだ。一つはとある薬を新たに作ってもらいたい」
「薬、ですか? どのようなお薬でしょうか?」
「簡単に言えば便の通じをよくする薬だ。どうもそれに悩む人間が多いと――」
「それは本当でしょうか!?」
俺が最後まで言い終わる前に、対面のトリリアナがつかみかからんばかりに身を乗り出してきた。普段のおっとりさからは想像もできない鬼気迫る表情に、俺は一瞬気圧されてのけぞってしまった。
「う、うむ、本当だ。この間レシピを開発してな。実はまだ試してはいないのだが――」
「私がこの身で試させていただきますわ! 多分皆も試したいと思うはずです!」
「そ、そうか。一応レシピと共に、私が作ったものも渡しておこう。効果があったなら指示した量だけ作ってくれれば――」
「いえお館様、もし効果があったのならすぐに量産して売り出すべきです! これでどれだけの女性が救われるか、それを考えただけで私はもう胸がときめくようですわ!」
トリリアナはそのおっとり感抜群の胸を自ら抱きながら、陶酔したようにそんなことを言った。
「そ、そうか。まあまずは効果を確かめてくれ。指示した数だけは確実にストックしておくように」
「かしこまりましたわ。それともう一つはなんでしょうか?」
「うむ、実は新しいポーションのレシピも開発してな。必要な素材がより安価なもので済み、必要魔力も少ないものだ。現在のポーション作成についてはそちらの新レシピに切り替えてもらいたい」
「まあ! そちらもとても素晴らしいものですわ。お館様は錬金術師としても超一流とうかがっておりましたが、驚くばかりですね」
「この程度はな。特にポーションは今後需要が確実に跳ね上がる。新レシピなら作業効率も上がるはずだ。済まないがその分数を増やして欲しい」
「かしこまりました。その、先ほどの薬の効果があれば、錬金術師たちの作業効率も上がると思いますので大丈夫です!」
「そ、そうか。よろしく頼む」
今回トリリアナに渡した『錬金術レシピ』というのは、錬金術でアイテムを作る時に必要となる素材の知識と魔法陣をセットにしたいわば設計図のようなものだ。ものつくりには便利すぎる錬金術だが、このレシピがないとアイテムの生成はできず、ゆえにレシピそのものが貴重な財産となる。
今回の俺が渡したレシピは、先の『エクストラポーション』と同じく、ゲーム知識が元になったものだ。『ポーション』についてはこの後戦が増える以上増産は必須だが、実は『便通の薬』も今後イベント攻略に絶対に必要になるアイテムなのだ。
まあそれがトリリアナたちにとっても必要というのは、ゲーム脳気味の俺にとっては盲点だった。言われてみれば元の世界でも、女性にとって『お通じ』は非常に重要な話であった。
そういえばシャンプーやコンディショナーなんて美容品もレシピにあった気がする。おいおいそちらも出して公爵家の収入としてもいいかもしれない。いや、その前に錬金術師をさらに増やす必要もあるか。このあたりはトリリアナに投げてしまおう。例の薬が効いて好感度が上がったりすれば、無理を聞いてくれるようになるだろうしな。




