08 娘と行くダンジョン 2
馬車に乗って街を囲む城壁を抜け、さらに街道を30分ほど行くと、街道を外れた森の中に遺跡のようなものが見えてくる。
遺跡までの道は一応整備されているが、さすがに馬車では入れない。俺たち4人は馬車を下りて、歩きで森の間の小道に入り、遺跡まで進んでいった。
やがて俺たちの目の前に、学校の体育館ほどの大きさの、石造りの台形の遺跡が現れる。正面に入口があり、奥からはダンジョン特有の、ねっとりと絡みつくような空気が流れてくる。『石舞台ダンジョン』と呼ばれる、ゲーム的には中レベルのダンジョンだ。
「これがダンジョン……なにか強い力を感じます」
「はい。身が引き締まる思いがいたしますね」
ダンジョン初挑戦のフォルシーナとミアールが真剣な顔をしているが、怯えた様子はないので大丈夫そうだ。クーラリアは慣れているのか平気な顔である。
「よし、中に入る。私が先頭を行く。フォルシーナ、ミアールの順で続き、クーラリアは最後尾を守れ」
「はいお父様」
「はいお館様」
「はいよ、公爵様」
「様付け」の返事にもすっかり慣れたものだなと思いつつ、中に入っていく。
中はやはり遺跡風の、石を組み合わせて造られたような通路だ。進んでいくといくつも分岐が現れ、ここが迷宮になっているのだと判る。
石の通路をしばらく進んでいると、前方にモンスターの気配。
「公爵様、敵だぜ……です」
「クーラリアは前へ来い。フォルシーナは魔法の用意、ミアールはそのまま待て」
「おう!」「はいお父様」「はい」
通路の奥からやってきたのは、緑の肌をした人型のモンスター。赤い目と鷲鼻が特徴の醜い小鬼『ゴブリン』。だが目の前のそれは身長が成人男性ほどもある、大型の『ホブゴブリン』である。手には石斧を持っていて、低い唸り声を上げつつこちらに近づいて来る。数は3匹。
「フォルシーナ、用意ができたら撃て」
「はいっ、『アイスジャベリン』!」
氷の槍が超高速で飛翔し、真ん中のホブゴブリンの胸に突き刺さる。そのままホブゴブリンの上半身は凍り付き、倒れると同時に砕け散った。
「お嬢、すげえ威力だぜ! ……です」
「お見事ですフォルシーナ様」
2人の言葉通り、驚きの威力だ。先日モンスターと戦い始めたばかりだが、すでに魔導師として力をつけつつある。
「クーラリアは左をやれ。右は俺が腕を落とす。ミアールはそのあと攻撃をせよ」
「任せなっ!」
「はいっ!」
狐獣人のクーラリアは刀を構えて、金髪と太い尻尾を翻してホブゴブリンに突っ込んでいく。彼女の実力ならまったく問題はないだろう。
俺はもう一体に『縮地』で近づき、石斧を握る右腕を斬り落とす。一瞬の出来事に、なにが起きたのか理解していない様子のホブゴブリン。
「ミアール、やれ」
「いきますっ!」
メイド服姿のミアールがすっと接近し、身体を低くしてホブゴブリンのももを斬りつける。ホブゴブリンは我に返って、残った左手でミアールを殴ろうとする。
ミアールはそれはひらりとかわし腕に一撃、さらに踏み込んで脇腹に一撃瞬時に斬撃を放つ。思ったよりも訓練を積んでいる動きである。
傷つき暴れるホブゴブリンから一度距離をとったミアールは、一瞬動きが鈍くなったのを見逃さず、その首筋に刃を突き立てた。
力なく倒れるホブゴブリンは、光の粒子となって消えていく。
「ふむ、悪くない動きだ。躊躇なく攻撃できるその精神力も良い」
「ありがとうございますお館様」
一礼するミアール。
クーラリアの方は一瞬でホブゴブリンの首を落として決着をつけていた。
「やはりクーラリアは慣れているな。ダンジョンは何度も入ってもらうことになるゆえ、今日は勘を取り戻すようにせよ」
「了解だぜ……です公爵様」
「うむ。では先に進むか」
俺が指示するとクーラリアとミアールはすぐに返事をした。
のだが、なぜかフォルシーナだけはじっと俺のほうを見たまま動かない。
「どうしたフォルシーナ」
「私だけ褒めていただいておりません」
「……ん?」
「私だけお父様に褒めていただいておりません」
急に『氷の令嬢』感を醸しだすフォルシーナ。
俺は背筋に少し冷たいものを感じ、急いでフォルシーナに近づいてその頭をなでた。
「すまぬな。お前の魔法も素晴らしかった。すでにあれほどの威力が出せるとは、さすがは我が娘だ」
「……あっ、あふぅ……ありがとうございます。今後も精進いたしますね」
好感度アップ(大)で回復には成功するも、ミアールとクーラリアの生温かい視線が少し痛い。
しかしまさかダンジョンでも断罪ルート復活を警戒しなければならないとは。やはりこの世界は俺を中ボスにしたがっているのかもしれない。




