02 被検体
マークスチュアートは王位簒奪を行って倒される中ボスというのはすでに言った通りだが、実はそれだけなら絶対悪というわけでもない。
たしかに王位を奪うこと自体一般には悪であるが、簒奪の際には魔族に占拠された王都を解放もしているし、自分の領地では評判の悪くない公爵という描かれ方をしていたので、マークスチュアートが王になるほうが民衆にとっては良かったのではないかという考察もネットでは見たことがある。
ただそれでも、これだけは「ない」と言われる悪事を、マークスチュアートは一つだけ行っていた。
それはこの手の悪役にはお約束の感もある、『強化人間』を作るための『人体改造実験』である。
マークスチュアートはその才能によって禁断の魔導実験に手を染め、さらってきた人間を実験体に非道な人体改造研究を行っていたのだ。
……というのはゲームの話で、今はまだ「これから行おうとしていた」という段階だ。ただし実験体になる人間はすでに確保している状態なのだが。
「被検体はどこから連れて来た?」
「すべて奴隷商から購入しております」
「違法なものではないな?」
「はい、認可を受けている商人を利用しています」
人体実験目的で買っておいて違法もクソもない気がするが、まあそこはこの後修正予定だから確認は必要である。なおこの会話でわかる通り、この国では奴隷売買そのものは合法だったりする。
さて、公爵邸の隣に一軒家ほどの建物がある。俺が錬金術の研究をするための離れで、その一階には様々な実験道具や薬品や魔物の素材などが並んでいる。
『錬金術』――前世の世界ではうさん臭いことこの上ない言葉だが、この世界では非常に実用的な学問かつ生産技術である。
この世界の『錬金術』は、ゲーム的に言えば、「素材を集めてアイテムを作ることができるシステム」である。もちろん元ゲーム『オレオ』にもあったシステムで、様々なアイテムを造り出せるほか、特に高位のアイテムは基本錬金術システムでしか作れない仕様であった。
そして実はマークスチュアートは高位の錬金術師でもあったという話で、いくら中ボスとはいえちょっと能力が盛られすぎな感もある。もっとも俺の記憶では、確かに錬金術の勉強も幼いころから熱心にやってはいたのだが。
俺とアラムンドはその建物に入ると、奥の倉庫へと向かった。倉庫には大小の木箱が並んでいるが、その内の一つを動かすと地下への階段が現れる。
階段を下りていくと、そこには地上の建物の部屋より広い空間があり、そこには手術用のベッドや謎の円筒形の水槽や、どう見ても拷問器具にしか見えない拘束具のついた椅子などが並んでいる。正直ここだけ世界が違う感があるが、ゲームで見たことのある空間なのは間違いなかった。
そこにある手術用、もしくは拷問用に見える道具類を調べるが、幸いなことにそれらはすべて『未使用』であった。俺の記憶でも、まだ『実験』をした覚えはない。
「しかしどう見ても、取ってつけたような感じだよな……」
アラムンドに聞こえないように独りごちる。
これもネットで考察されていたのだが、このマークスチュアートの『人体実験ネタ』は、どうにもマークスチュアートを救いのない悪人としたかったゲームシナリオ側の意図が見え隠れしていたのだ。
そもそもこんな実験をするなら、王位簒奪に備えて『強化人間』を使えるようにもっと早く実験を開始しているべきだし、単純に人間を強化するだけなら錬金術を研究してそれ用の薬でも作った方が余程早いのだ。
もっとも、その辺の事情はこのリアルな世界では一応説明がついていた。
実はマークスチュアートがこの悪事に手を染めるきっかけは、アラムンドがどこからか持ってきた『強化人間』の情報がもとになっている。しかもその情報には、『強化人間』が造れれば最愛の妻を生き返らせることができるかもしれない、という話も含まれていたのだ。そしてさらに、その情報入手のタイミングがつい最近だったという、それだけである。
これは推測だが、アラムンドとしては、というよりアラムンドの背後にいる者としては、魔族の王都襲撃前に『強化人間』を量産されたくなかったのだろう。しかしその研究だけは俺にやらせ、成果はかすめとりたかった。ゆえにこのタイミングになったと思われる。実際ゲームだとラストダンジョンに『強化兵』とかいうモンスターも出てくるので、技術を奪ったのは間違いない。
と考察をしているうちに、その拷問部……実験室を通り過ぎ、さらに奥の扉を開いて先に進む。
そこは廊下になっており、その廊下の左右には扉が8つ並んでいる。
その扉には鉄格子付きの小さな窓があり、中を覗くと、動物の耳が頭についた、獣人族の少女がベッドに座っているのが見えた。顔の血色はいいが、左腕の肘から先がない。奴隷商人の間では欠損奴隷と言われる人間だ。
「ふむ、健康そうだな。全員欠損奴隷か?」
「はい、言いつけ通りに」
所詮実験体だから安い欠損奴隷でいい、みたいなことを指示した記憶はある。
いくつか部屋をのぞいて見てみるが、たしかに全員手足のいずれかを失っているようだ。
酷いのは2カ所失っている者もいたが、医療がそこまで進歩していないこの世界で大けがを負っても生きていられるのは魔法のおかげである。
と、それはいいのだが……
「なぜ全員獣人族の少女なのかね」
「王都近くの獣人族の里がモンスターに襲われて、大量の流民が発生したようです。その中で大けがをした者を治療と引き換えに奴隷にしたとか。少女ばかりなのはその方がお館様の好みに合うかと思いまして」
「なるほど」
とうなずいて見せたが、全然なるほどじゃないなこれ。
前者はそもそも国が騎士団でも派遣して助けるべき案件であるし、後者に至ってはまるで俺の好みとは関係ない。
そういえばゲームでも人体実験の犠牲者は少女ばかりで、それで主人公たちが憤るシーンがあった気がするが、これに関しては冤罪だったんだなあ。
と思いながらもう一つの窓をのぞいてみると、そこには10代後半と思われる少女がいた。他の部屋は全員10代前半に見えたので少し気になってしまう。
見ると右腕が肩からなくなっていて、左目も大きな切り傷があって完全に潰れている。
金髪のロングヘアで、先のとがった耳はかなり大きい。尻尾は太く先端が白くなっているので恐らく狐の獣人だろう。比較的長身で、その雰囲気から戦士であっただろうと思われた。
「彼女は?」
「もとは里でも1、2を争う剣士だったようです。ただそのモンスター襲撃の際にあのような怪我を負ったとか」
「ふむ……」
実は彼女には見覚えがあった。もちろんゲームでの話だ。たしか中ボスマークスチュアートの直前に出てくる、やはり中ボス扱いの強化人間兵だった。妙にカッコいい女剣士だったので、そこでしか出ないキャラながら人気があった。
「まあいいだろう。私の実験には丁度よい人間たちだ。アラムンド、ご苦労だった」
「ありがとうございます。実験はいつから?」
「まずは素材を集めねばな」
「素材? すでに集めてあると思いますが?」
「まだ足りぬものがあるのだ。ここまで用意をしたのだから焦っても仕方がない。しばし待て」
「は、承知しました」
と言う割には微妙に承知していない顔のアラムンド。さすがにここで俺が先延ばしにするのは彼女としても、というか彼女の雇い主としても困るのだろうな。無表情キャラが顔に出すくらいなのだから、やはりこの実験自体が仕組まれたものだとわかる。
まあともかく、これですでに奴隷を買って地下に幽閉しているという事実は確認できた。
よく考えたら、実験を始めていなくてもこれ自体結構マズい話である。特に娘のフォルシーナに知られたら、遠のいたはずの断罪ルートが一気に近づいてしまうだろう。
しかしただ彼女たちを解放しても、彼女たちを買ったという事実が消えるわけではない。なので策を練らなければいけないのだが、さてどうするか。
実験を中断せざるを得ない状況にしつつ、彼女たちを買ったことを正当化する方法――
「……欠損奴隷……錬金術……そうか、素材が足りないんだな、確かに」
俺のつぶやきに、アラムンドが怪訝そうな表情をした。




