1章 → 2章
―― ブラウモント公爵邸 フォルシーナ私室
「ミアールは、あの魔族襲撃の時は大丈夫だったの?」
「フォルシーナ様、はい、特になにもありませんでした。お館様が騎士様たちに事前に注意をされていたようで、騒ぎの時も私たちは落ち着いていられました」
「さすがお父様ね。でもあのカオスデーモンというモンスターがそちらに現れたら大変だったでしょうね」
「護衛の騎士様にお聞きしたところ、20人いればカオスデーモン5体くらいなら対処できるとのことでした。ですので恐らく大事には至らなかったかと」
「あの騎士たちも有能なのね。さすがお父様が率いる親衛騎士たち、立派だわ」
「そうですね……。あの、フォルシーナ様……大変失礼なのですが、お館様は……」
「お父様は変わられたわ。あの時、私を輿入れさせないとおっしゃられた時から、まるで別人のよう」
「やはりそうお感じになられますか」
「ええ。でも安心して。別人のようではあるけれど、別人ではないの。むしろ今のお姿が、本来のお父様なのだと思う」
「それは……はい、私もそう思います」
「たぶんお父様は、若くして公爵家を継ぐことになって、色々と無理をなさっていたのよ。だから自然と周囲にも冷たく当たってしまい、私に対しても公爵家の道具のような見方をなさっていた」
「はい」
「でももうこの公爵領はお父様のお力で十分以上に栄えているわ。王都に行ってわかったけれど、人々の表情はこちらの方がはるかに明るいもの」
「私も王都に行って、全く同じことを感じました」
「だからお父様も自信をつけられて、本来の姿に戻ったのだと思う。ミアールのことだって、貴重な家臣だから大切にしなさいと言ってくださったのよ」
「そ、そうなのですか……?」
「ええ。ミアールは信じられる人間だとおっしゃっていたわ。だからミアールにも自信をもってほしいの」
「ありがとうございます。まさかお館様にそのように評価をいただいているとは思いませんでした」
「ふふっ。でも少し困ったこともあるの。それは、今のお父様があまりに素晴らしすぎるということ」
「フォルシーナ様……いえ、たしかにそうかもしれません」
「あの時も皆の前で卓越した剣技をお見せになって、全員を虜にしてしまった」
「虜、ですか?」
「そう。カオスデーモンをこともなく倒す『蒼月の魔剣士』。若い女性が目の前でその姿を見たら、一体どうなると思う?」
「それは……きっと見惚れるでしょうね。私も是非拝見しとうございました」
「その通りよ。そして実際にあの場にいた全員が見惚れていたわ。妃に選ばれていたゲントロノフ公の孫娘ですらそうなのは、あの王太子にとってはちょっといい気味だったけれど」
「しばらくは貴族様の間で噂が絶えないかもしれませんね」
「中には分もわきまえず、お父様のもとに輿入れしようなどという人間も現れるかもしれないわ」
「な、なるほど。確かにお館様はまだお若くいらっしゃいますし、可能性はございますね」
「そうなの。でもミアール、お父様は私に、公爵家の跡取りを産むようにおっしゃったわ」
「はい、確かにそのようにおっしゃっておられました」
「それに馬車の中では私のことを『最も大切な人間』だとおっしゃってくれた。だから、他の女性がお父様のもとに来るなどいうことはあってはならないの。そう思うでしょう、ミアール?」
「……え? ええ、いえ、ハイ。その通りだと思います」
「ふふっ、そうよね。私はお父様のお役に立てるようにこの身を捧げるつもりよ。ミアールもそれは理解をしておいてね」




