20 王都攻略戦3
女魔導師バヌアルは溜息をつき、そして三白眼の目をロークスに向けた。
「なあ国王陛下、悪いがアタイはマリアンロッテお嬢の味方なんだ。マリアンロッテお嬢が向こうの公爵様についてるってんなら、アタイは向こうにつくよ」
「なに!? お前はゲントロノフの配下だろうが! 黙って足止め役をやってりゃいいんだよ!」
「そんなの知らないね。マリアンロッテのご両親にも守ってやってくれって言われてるしさ、アタイとしてはそっちが優先なんだ。国王陛下がマリアンロッテお嬢の夫だったら一緒に守ってやってもいいんだけど、お嬢がアンタを嫌ってるようじゃどうにもなんないね」
そう言ってマリアンロッテの方に歩いてくるバヌアル。マリアンロッテの前に立つと、ニコッと微笑んでその肩に手を置いた。
「お嬢が無事でよかったよ。行方不明なんて言われたときには驚いたけど、どうやら裏があったみたいだね。これからはアタイが守るから安心しなよ」
「ありがとうございますバヌアルさま。私の方からお味方になってもらうように話をしようと思っていたのですが、その前にこちらに来ていただいて嬉しく思います」
「お嬢には恩があるからね。それに、そこの公爵様がここに来たってことは勝負ありなんだろ。戦うだけ無駄ってもんさ」
「はい、それが正しいと思います。ブラウモント公爵様はとてもお強いので、バヌアルさんでも勝つのは大変だと思いますし」
「ふぅん、お嬢はそちらの公爵様にずいぶんとご執心みたいだね。あの初心なお嬢がそんなになるなんて、そっちのほうが驚きだよ」
「そっ、そういうことはここでは……」
バヌアルがにやりと笑うと、マリアンロッテは顔を真っ赤にして下を向いてしまう。
なんかよくわからないシーンが始まったが、重要なのはバヌアルというロークス側の強力な駒があっさり寝返ったことだ。
もちろんそれで大慌てなのはロークスだ。
プルプルと身体を震わせながら、癇癪一歩手前の顔をミルラエルザに向ける。
「くそがッ! おいラエルザ、お前魔族軍四至将とかいう強い奴なんだろ。こいつら全員消し飛ばしてしまえよ!」
「それは無理でございます、国王陛下」
「なんだと!」
「ブラウモント公が持つ剣は『シグルドの聖剣』。『蒼月の魔剣士』と呼ばれた彼がそれを持ったなら、私では到底勝ち目がありません」
「なんだよそれ!」
「だからこそ陛下にお渡ししたのです。それを奪われたのは陛下の失態。ですから私が公爵に鞍替えをしたとしても、決して恨むことのないようにお願いいたします」
「は……?」
「ではごきげんよう陛下」
『冷笑のミルラエルザ』という名にふさわしく、口元に冷たい笑みを浮かべたミルラエルザ。つかつかとこちらに歩いてきて俺の隣に立つと、ロークスの方に向き直った。
それまで状況が飲み込めていないロークスだったが、さすがに味方がいなくなったことを悟ったのか、全身の震えを強くし、そしていきなり剣を振り上げた。
「ふざけんなァッ!! 俺は国王だぞッ!!」
それは技もなにもない、ただ癇癪を破裂させただけの攻撃だった。
俺は『シグルドの聖剣』を一振りしてロークスの剣を弾き飛ばすと、剣の腹でその足を払って床に転がした。
「クーラリア」
「あいよご主人様!」
狐獣人の剣士が素早くロークスを抑え込み、その両手と両足に枷をつける。
両手を後ろに回され、走れないように両足を短い鎖でつながれたロークスは、それでも暴ようとしたが、クーラリアに押さえつけられてもがくだけしかできなくなった。
「クソッ、クソッ、なんだよこれっ、俺は国王だぞッ!」
「そうですな。ですが陛下、陛下はその国王という座が容易に奪われることもご存じのはず。なにしろご自分もまたお父上から奪ったのですから」
「てめっ! ブラウモントッ、このクソがぁっ! テメエみてえな陰険野郎が王になったってすぐにガ……ッ!?」
さらに罵詈雑言を吐こうとしたロークスの口に、木の棒がねじ込まれた。
その木の棒はフォルシーナが持つ『精霊樹の杖』の先端であり、ねじ込んだ当の本人であるフォルシーナは、能面のような無表情でロークスを見下ろしていた。
その瞳は限りのない冷気をたたえ、まさにゲームで父親を断罪する『氷の令嬢』そのものだ。
……じゃなくて、一体何をしているんでしょうかねこの娘は。
「王位を奪うために民を犠牲にした男が、大陸の覇者となられるお父様にそのような口をきくことは許されません。お黙りなさい」
「モガッ、モガガッ!」
「本当に愚かな男」
フォルシーナは吐き捨てるように言うと、杖をそのままにして身体を俺の方に向けた。その時にはもう『氷の令嬢』モードは完全に解除されている。
「それでお父様、これで王都攻略は終了ということになるのでしょうか?」
「あ、いや、そのだな、まだ陛下は国王でいらっしゃるからな?」
「国王陛下は口がお寂しいそうなので、精霊樹をくわえていただいております。なにか問題がありますでしょうか?」
そう答えた時のフォルシーナの目に、俺は今までにない力を感じた。
そういえば本来、このタイミングでフォルシーナは父親の軛から逃れ生まれ変わるのだった。もしかしたらロークスを王位から追放することで、それに似た現象が彼女に生じたのかもしれない。
「ああ、まあ、そうだな、問題は、ない」
「ようございました。それで、これからどういたしますか?」
「う、うむ。まずは王城陥落を知らせる。ツクヨミ、信号魔法を放て」
「はいマスター」
ツクヨミは窓際へ行き窓を開け放つと、両手を前に出した。額の先と両手の先に淡い魔法陣が浮かび上がり、次いで手の先に光球が生じる。その光球は空へ向けてと放たれ、100メートルほど上空で数回に渡って炸裂し、激しい音と光を生じた。
すると王城内の各所から、幾筋もの煙が上がり始める。
公爵軍の精鋭兵が発煙の魔道具を使ったのだ。この大陸では戦の作法ともいえる、『砦奪取』の合図である。
「これでよい。さて、ゲントロノフ公の行方も追わねばならぬが、ミルラエルザ、転移の魔道具は使えぬようにしたのだな?」
「はい。城内のものは私の方で回収をいたしました。ゲントロノフ公が使うことはできません」
「とすると、どこかに隠れているか、自らの足で逃げているかだな。どこへ行ったかはわかるか?」
「ええ、わかります。使い魔をずっとつけておりますので」
「今どこにいる?」
「王城を抜け、西の城門へと向かっているようです」
「結構。ならばそちらは後でよい。ツクヨミ、城壁守備隊のリープゲン侯爵はまだ健在か?」
「はいマスター。ランクBは城壁を離れこちらへ向かっているようです」
「ふむ、ドルトンたちとは戦わなかったか。狼煙を見て王城の救援に来るつもりだな」
俺はそこで、マリアンロッテのそばに立つ女魔導師バヌアルに話しかけた。
「バヌアル殿と言ったか。貴殿はリープゲン侯爵を投降するよう説得できるか?」
「あのおっさんは頭が固いから無理だね。最初に命じられたことを最後までやるタイプだよ」
「マリアンロッテ嬢が共にいてもか?」
「ゲントロノフ公の命令を最優先するだろうね。リープゲンのおっさんは力ずくで止める以外ないよ」
「忠義の者なのだな」
「困ったおっさんだよ」
バヌアルはやれやれといった感じで肩をすくめた。
この感じだと、リープゲン侯爵は剣で『お話』をしないとならない人間のようだ。
そんなことを話していると、精鋭部隊の隊長ローランが部下を多数引き連れ執務室前までやってきた。
「公爵閣下、王城内は完全に制圧を完了いたしました」
「ご苦労。諸君らはこのまま王城内に待機し、制圧状態を維持せよ。我々はこちらに向かっているリープゲン侯爵に対応する」
「兵は必要ございませんか?」
「要らぬ。侯爵一人を倒せばこの戦は終わる」
「はっ!」
俺はロークスの身柄をローランに預け、皆を引き連れて執務室を後にした。




