16 四至将ミルラエルザ
俺が本陣の前に行くと、天幕の前に将軍ドルトンや兵士数名、そしてミルラエルザが立っていた。ミルラエルザは途中まで羽で飛んできたはずだが、今はもちろん人間のフリをしている。
紫紺の髪を短くまとめた、金の瞳の怜悧な雰囲気の美人秘書官ラエルザ、それが今のミルラエルザの姿である。
ドルトンにはミルラエルザが来るかもしれないということはすでに伝えてあり、来た場合は中に入れるように言ってあったが、それでも彼女の実力を感じてか、ドルトンは少し距離を取って隙なく構えている。
「公爵閣下、美人のお客さんですぜ。国王陛下の使いだそうで」
「うむ、済まぬなドルトン。しばらく天幕を借りるぞ」
「へい、誰も近づけないようにしやす」
「頼む」
というやりとりにミルラエルザは目をわずかに細め、そして俺の腰にある『シグルドの聖剣』を見て、さっと緊張の面持ちになった。
「ラエルザ殿、こちらへ入られるがよい」
「急な訪問申し訳ありません。ご対応いただき感謝をいたします」
「国王陛下の使者とあらばぞんざいに扱うわけにはいかぬ」
俺とミルラエルザ、2人だけで天幕に入る。
「済まぬがもてなしはできぬ。そちらに座られよ」
「はい。ありがとうございます」
互いに椅子に座り、テーブルをはさんで対面する。
改めてその顔を見ると、なるほど魔族でも1、2を争うと言われる美貌の持ち主である。もっとも変装を解くと肌の色が青くなったり耳がとがったりツノが生えたりとだいぶイメージは変わるはずだ。プレイヤーの間でもラエルザ派とミルラエルザ派で小さな対立があったりした。
「では、国王陛下が貴殿に託した言葉をお聞かせ願おうか」
俺が切り出すと、ミルラエルザは「いえ……」と首を横に振った。
「実は私がこちらに参りましたのは、国王陛下の命によってではありません」
「ほう、それはどういうことかな」
「私は、私個人としてこちらに推参いたしました」
「それはつまり王の秘書官ラエルザ殿ではなく、魔族軍四至将ミルラエルザ殿としてここに参られたということでよろしいか?」
「……ッ!?」
腹黒糸目公爵必殺の「すべて知っているぞ」的先制攻撃に、ミルラエルザは目を見開き、そして素早く椅子から離れて身構えた。
「そう慌てることもなかろう。貴殿をどうこうするつもりならすでにやっている。今こうして話し合いのテーブルについているということは、こちらにも貴殿の話を聞くつもりがあるということだ。椅子に座りたまえ」
「……失礼いたしました」
ミルラエルザは構えを解くと、一礼して再び椅子に腰を下ろした。
「公爵閣下はいつから私のことを?」
「初めて会った時からだ。貴殿ほど有名な魔族を見落とすほど私も間は抜けていないつもりでな」
「お見それいたしました。それではなぜ今まで私をお見過ごしになっていたのでしょうか?」
「王家との関係がどのようなものか見極めておきたかったのだよ。貴殿が王を操っているのか、それとも王が貴殿を利用しているのか、それとも互いに利があって手を結んでいるのか、そういったことをな」
「閣下はどのように判断されたのでしょう」
「貴殿がここに来たのは、私の話を聞くためなのかね?」
俺がたしなめると、ミルラエルザはハッとした顔になり、頭を下げた。
「大変失礼いたしました。この度私が閣下のもとに参りましたのは、閣下が王位につくために私がお手伝いできると考えたからです」
「ほう。王を裏切るというのかね」
「閣下の、というより人間族の立場からご覧になるとそうなりましょう。しかし私がこちらの国に参りましたのは、魔族の侵略からこの国を守りたいからでございます。ですので、魔族に対抗できる実力者につくのが当然の行為なのです」
「なるほど。その実力者というのは、例えばこの『シグルドの聖剣』の持ち主ということか?」
俺が剣の柄に手を置くと、ミルラエルザの顔に緊張が走るのがわかる。まあこの剣を俺が使えばミルラエルザですら一太刀で終わりかねないからな。
「その通りでございます。その剣が閣下を選んだ時点で、私は閣下のもとに参じるしかないのです」
「ふむ……。それで、此度の戦に関して貴殿にはどのような助力がいただけるのかな」
「兵の配置などの情報や、国王陛下やゲントロノフ公がどこに隠れているかなどをお教えできます。もちろん彼らの逃走経路などを押さえることも可能です。彼らはいざとなれば『転移の魔道具』でゲントロノフ領に逃げるつもりなのですが、その『転移の魔道具』の設置場所をお教えすることもできますし、使用を阻止することもできます」
「ふむ」
「もちろん閣下が王位に上られた後も協力いたします。『転移の魔道具』をお貸しすることもできますし、能力の高い魔族を配下として閣下にお預けすることもできます。私は人の精神を操る術を身につけておりますので、そちらでもお役に立てると思います」
なるほど、前半はともかく、後半はそれをもってロークスたちに協力していたのだろう。魔族の配下はキャバクラのコンパニオンみたいなことをさせられていたみたいだが。
まあともかくこのあたりは予想通りであり設定通りでもある。問題はこの後だ。
「その対価として、貴殿は私になにを求めるのかね」
俺が問うと、ミルラエルザは姿勢を正し、こちらをまっすぐに見つめてきた。
その顔には冷笑もなく、ただひたすらな真剣さのみがうかがえた。
「もし閣下が王におなりになった暁には、我が国の権力と富を壟断する魔宰相ロゼディクスを討伐していただきたいのです。彼の者は魔王様の意を無視し、人間族を支配しようとする愚か者なのです」




