14 王都攻略前
その後俺は、王都侵攻軍が王都へ着くまでの間、自領の公爵邸、侵攻軍の陣中、ヴァミリオラの屋敷、そして王都そのものに毎日転移をして、情報収集や情報交換などを行った。
公爵である自分が小間使いみたいになっているが、『転移魔法』を使えるのが俺一人なので仕方がない。エメリウノが作っている『通話の魔道具』がもう少しで完成するらしいのでそれまでの辛抱である。
王都は守りを固める以外の動きは不気味なほどになかった。ロークスも帰ってきたのだが、王城にこもってほとんど姿を見せなくなった。まあ切り札をすべて失い兵のほとんどが寝返ったことになるので、普通に考えれば自室で震えているような感じだろうか。なんとなくサキュバスと乳繰り合っている気もするが。
ドルトン、ラシュアル両名が率いる4万の軍は王都まであと1日のところまで来た。ヴァミリオラが率いる軍も近いところまで来ている。
俺は王都のブラウモント公爵邸に転移をし、執務室にて密偵ダークエルフのアラムンドと会っていた。
ちなみに王都の公爵邸は王家に接収されたのだが、どうもこちらまで手が回らないらしく完全に放置されていた。空き家は放っておくと賊などが住み着いたりするが、さすがに貴族用の区画にはそのような者は入り込めない。
「ご苦労。王都に特別な動きはあったか?」
「は。公爵軍の到着間近ということで臨戦態勢に入ったようです。先頭に将軍のリープゲン侯爵とその右腕の魔導師バヌアルを配し、お館様に対するつもりのようです」
「ふむ、戦をよくわかっている御仁のようだなリープゲン侯爵は。その二人、アラムンドは実力をどう見る?」
「リープゲン侯爵は私の気配すら感じ取っておりました。相当の手練れと思います。魔導師バヌアルは何度か魔法を放つ場面を遠くから見ましたが、ローテローザ公に近い実力はあるかと」
「さすがゲントロノフ公の配下か」
う~ん、その2人そんなに強いのか。
とはいえこちらにはドルトンとリンもいる。その2人だけでも遅れを取ることはない。そこに俺が加われば負けることはありえないが、申し訳ないが今回は奇策をもって相手をさせてもらうつもりだ。
「ゲントロノフ公の背後はやはりわからぬか?」
「そちらはまったく」
「そうか、お前が探れぬならば確かになにもないのであろうな」
と俺がさも納得したような顔をすると、アラムンドは微妙に視線を横に逸らした。
その挙動が、俺にとっては十分な解答となる。
「他にはあるか?」
「それが、王都の一部区画で食中毒のようなものが発生しまして、調べたところ井戸に毒が投げ込まれたようなのです」
「ふむ……?」
「そしてそれを、王室はお館様の仕業であると喧伝し始めました。王家の工作のようにも思えますが、今のところ裏は取れておりません」
「そうか、王もつまらぬことをする。市民の方に犠牲者は出ているのか?」
「ラファルフィヌス教会の方で聖女様を中心に迅速な対応をし、事なきを得たようです」
「不幸中の幸いか。その不幸も人為的なものとなれば安心もしていられぬがな」
「はい」
そういえば以前マリアンロッテが、大森林開拓の時ロークスが井戸に毒を投げ込めと命令していたなんて言っていた気がする。それをこの期に及んで行うというのはもはや無茶苦茶としか言いようがない。
まあ丁度いいタイミングだ。大聖堂に顔を出して教皇と聖女にもどんな様子か話を聞いてみるか。
実は大聖堂内にも、俺が転移していい部屋を用意してもらっている。
それは教皇の部屋の隣にある使用人室で、俺が転移しても当然ながら無人であり、カーテンも閉まっていて薄暗い状態だった。
……はずなのだが、そこにはピンクブロンド美人の聖女オルティアナがいて、掃除の真っ最中だった。
「えっ!? あ、公爵様!」
俺の姿に気付いて、嬉しそうに近寄ってくるオルティアナ。
少し前から距離感がバグっているオルティアナだが、相変わらず抱き着く勢いで迫ってくるので慌ててその肩を押さえる。
「突然済まぬな。この部屋を掃除されていたのかな?」
「はい! 公爵様がいついらっしゃってもいいようにしています」
「その心遣いとてもありがたく思う。時に王都でなにやら不穏な事件があったと聞いた。井戸に毒が投げ込まれたとか」
と言うと、それまで嬉しそうな顔をしていたオルティアナは急に真剣な表情になった。
「はい、そうなのです。幸い教会の者たちで駆け付けて毒消しの魔法が間に合ったのですが、報せが少しでも遅かったら犠牲者が出ていたかもしれません。食べ物や水などを調べた結果、井戸の中に毒薬が入っていたらしい瓶が落ちていたのです」
「ずいぶん悪辣なやり方だな。それと王家が私の仕業だと言っているようだが」
「調べに来た役人が、この瓶はブラウモント公爵領のものだと大声で言って、これは公爵様の仕業に違いないと人々に伝え始めたのです。ですがご安心ください、誰もそのようなことは信じてはおりません」
「そうなのか?」
「はい。それどころか早く公爵様に王都を解放してほしいと皆心待ちにしております」
「ふむ、それはよい話ではあるが……」
う~ん、一般民衆にまで期待されるほどは活躍してないと思うんだがなあ。まあそれだけロークスの統治が酷いということか。
話をしていると、部屋の扉がノックされ、そして白髪白髯の偉丈夫、教皇ハルゲントゥスが入ってきた。
「やはりブラウモント公爵であったか。なにかこちらの部屋から声が聞こえるので来てみたのだが……もしや邪魔をしたか?」
なにを勘違いをしているのか、教皇はニヤニヤと笑い始めた。
オルティアナが慌てて俺から一歩離れ、「いえ、ただ先日の事件の話をしていただけでしゅ」と言った。顔を赤くしてセリフを嚙まれると逆に怪しい感じになるんだよなあ。
オルティアナの反応をにさらにニヤニヤを濃くしていた教皇だが、部屋に入ってくると真面目な顔になった。
「冗談はともかく、ブラウモント公爵の王都攻略もいよいよといったところかな」
「ええ、一両日中にはこちらへの攻撃を始めることになるでしょう。王城周りが一時騒がしくなると思いますが、市街地のほうになるべく騒ぎが及ばぬようにはいたします」
「それだけ聞くとなにを言っているのかという話だが、公爵なら可能なのだろうな。こちらも騒ぎにならぬようには務めるつもりだ」
「そちらはお願いいたしましょう。ところで猊下、王家のほうから教会へはなんらかの通達などはあったのでしょうか?」
「特にはないな。なにしろこちらから国王陛下に面会を求めても断られるくらいだからな」
「それはなんとも驚くべきことですな。ではゲントロノフ公についても目立つ情報はありませんか」
「黒の公爵か? ふぅむ、特には……いや、熱心な信者の一人に王家に出入りしている商人がいるのだが、ゲントロノフ公の周りに黒い影がいるのを見たと言っているものがいたのう」
「黒い影、ですと?」
「うむ。ゲントロノフ公の影から、黒い人形が出てきて、いずこかに走り去ったとか。何かの見間違えかもしれぬとは言ってはいたが」
「ふむ……なるほど、ありがとございます」
俺がうなずいていると、横からオルティアナが顔を覗き込むように見上げてきた。
「もしかして公爵様の神のごときお知恵の中に、なにか思い当たることがあるのですか?」
「神からは程遠い身だが、今の教皇猊下のお話には多少聞き覚えがある。彼を捕らえた際に問いただすことにしよう」
「公爵様が無事に王位につかれることをお祈り申し上げております」
オルティアナが祈りのポーズを始めると、教皇は苦笑いをしながら目を逸らして見ないふりをした。さすがに聖女が王位簒奪を祈るのは教義的にマズいよなあ。
その後3人で少し話をして、俺は大聖堂を後にした。
さて、いよいよ王都攻略戦だ。
俺の中のマークスチュアートの部分が微妙に高揚しているのがわかる。やっぱりこの身は中ボスなんだなとしみじみ感じる次第だが、中ボスらしく王位簒奪はあっさり完了したいところだ。




