12 後処理
その後はそのまま解散となり、集まった貴族は自分たちの使用人を伴って、それぞれの王都の邸宅へと戻っていった。
俺としてはフォルシーナと王太子ロークスの話を片付けてしまいたかったのだが、その日は邸宅へと引き上げるしかなかった。
翌日、早速国王に呼ばれ、王城へと向かった。
会談の間にて、国王アーガルムと対談する。幸い面倒になりそうなロークスはいなかったが、国王の後ろには親衛騎士と、昨日会場の後始末をしていた女騎士団長が立っていた。青みがかった髪を短くしたキツめの美人だが、少し疲れた顔をしているのはカオスデーモンイベントの後始末で昨日からロクに寝ていないからだろう。
「おおよう来たなブラウモント公。公の昨日の活躍は見事であった。今日呼んだのは、その褒賞の話と、昨日のロークスの提案について、少し話をしたかったからなのだ」
「お話の場を設けていただきありがとうございます。私としてもあの件は明確にしておくべきと感じております」
「そうであろう。それに関して余に妙案があってな、昨日の公の活躍に褒美の一つとして、公の息女をロークスの妻として迎えるというのはどうであろうか」
「……は?」
おっとつい中ボス面が出そうになってしまった。
しかしこちらとしてはふざけた話に聞こえるが、向こうとしては実は筋が通った話でもなくはない。次期国王の妃を輩出する、王の外戚となるというのは、一般的には上位貴族なら求めてやまないものだ。ただそれも俺にその気があればの話である。
「恐れながら国王陛下、それについては辞退申し上げます。先日お手紙をお送りしましたが、我が娘フォルシーナは我が下で婿をとらせ、後継ぎを産ませるつもりでおります。昨日フォルシーナが王太子殿下に失礼な態度をとりましたのも、実はそのことを強く教えていたためのこと。ゆえに昨日の褒美としては、フォルシーナの失礼をお許しいただければ、それで結構でございます」
「むむ、なるほど、そういう話であったか。確か公は子宝には恵まれていなかったな。しかしあれほど美しい娘、王家としても欲しいのではあるが……」
そう口にする国王の顔は、昨日王太子が見せた好色そうな顔に瓜二つだった。
しかし国王がこんな人間だというのは、公爵として何度も顔を合わせていたが知らなかったな。もっとも基本仕事の話しかしてなかったし、この手の話は周囲が必死に隠そうとするから仕方ないか。ゲームでは普通に名君みたいな扱いだったので、そういう意味でも意外である。
ちらと見ると、女騎士団長は眉間にわずかな皺を寄せて不快な感情をあらわにしていた。どうやら彼女は王の性向を知っているようだ。美人だから、もしかしたら言い寄られたりしているのかもしれない。
「大変畏れ多くはありますが、重ねて辞退申し上げます。国王陛下の命によりあの場を収めた私に免じて、その儀はお許しいただきたいと存じます」
「む……、むう……。確かにそうだな。余の命を受け、臣下すべての命を救った公の言葉とあらば、王である余も無下にはできぬ。公の息女は公の思う通りにするがよい」
「ありがとうございます」
よし、さすがにこれで王も王太子もこれ以上は口は出すまい。
なにしろ今、俺は国王と取引をしたのである。先のカオスデーモン撃退について、俺が王命で動いたと口裏を合わせてやるから、その代わり決して娘には手を出すな、そんな取引である。
なにしろあの場には上位貴族が揃っていた。国王は、そんな場で自分だけ助かろうとしたのだ。このままでは国王の信用が地に堕ちるのは間違いない。
そこで俺が王に命じられて戦ったということにしておけば、「あの場はブラウモント公に任せたから、衛兵や親衛騎士を前に出さなかったのだ」と言い訳できるようになる。
重要なのは俺自身がそれを認めるかどうかで、つまり今、俺はそれを取引材料にしたわけだ。
国王はコホンと咳ばらいをし、そして大げさにうなずいてみせた。
「うむ、しかしさすがに褒美がそれだけということもできぬ。勲章と褒賞金を後ほど領に届けさせよう」
「恐れ入ります。謹んで拝領いたします」
これでフォルシーナが王太子ロークスの元に行くルートはとりあえず消えた。フォルシーナがあんな態度をとったこともうやむやになったので、一石二鳥のいい取引ができたな。さすが腹黒糸目中ボス、この手の腹芸もお手の物だ。
それはさておき今回の件だが、本来なら王太子ロークスがメインヒロイン一人を選んで親衛騎士とともにカオスデーモンと対決し、騎士団長が来るまで粘るみたいな、戦闘シーンのチュートリアルを兼ねたオープニングイベントだった。ただその場にいた貴族は何人かが犠牲になる感じだったので、俺としてはそれを防げればいいかくらいは考えていた。それがここまで変わってしまうというのは驚きだが、おかげで俺のいい方に状況が動いたのはラッキーだった。
しかし今回のイベント自体、元のゲームと違う点が多いのは気になるな。領地に戻ったら一度情報を整理する必要がありそうだ。
その翌日には王都を発った。
フォルシーナは馬車の中でも王太子のことをかなり悪しざまに言っていた。
「お父様が輿入れを見直してくださって本当に嬉しく思います。王太子殿下のあの傍若無人な物言いは今思い出しても寒気がします」
「さすがにあの言葉は私としても看過できぬものがあった。とはいえお前の言葉も強かったので、一方的に非難はできなくなったが」
「も、申し訳ございません。つい……」
「いや、お前を責めているわけではない。さすがに王太子であっても、公爵家の娘にあの物言いはありえん。ともかく今回の件はあのカオスデーモンどものおかげでうまくまとまった。王太子もお前には二度と言い寄ることはあるまい」
「ありがとうございます。あの時のお父様は、まさに物語の英雄のようでした。あの場にいた他の人々も皆お父様に感謝しているでしょう」
「私としてはお前を守るついでに過ぎなかったのだがな」
こういうタイミングでもしっかり好感度アップをはかっておく。
フォルシーナは頬を染めて「嬉しく思います」と言っているので、これでまた断罪から遠のいたはずだ。今までの積み重ねがある以上、折に触れて好感度は上げておかなければならない。
「ところでお父様、気付いていらっしゃいましたか?」
「なにをだ?」
「あの場にいた貴族の令嬢たちほぼ全員が、お父様のことを陶酔したような目で見ていました」
「ふむ? まあ年頃の女性には刺激が強かろうな、あのような場面は」
「もしかしたらこれから、お父様の元に多くの結婚の申し出があるかもしれません」
そう言った時のフォルシーナは、なにかを探るような雰囲気だった。
まさか父親が後妻をとるかどうか気にしているのだろうか。まあ親子ほど歳の違う女性を妻に迎えるとか父親が言い出したら、そりゃキモいとかになるもんな。
「そのようなものいまさら受けるつもりはない。私の大切な人間はフォルシーナ、お前だけで十分だ」
「お、お父様……! はい……っ」
赤くなった頬を隠すように、両手で顔を覆う『氷の令嬢』。ゲームで見た、好感度アップ(大)のリアクションである。
なるほど、馬車の会話は辛いと思っていたが、好感度アップイベントだと思えば面白いかもしれない。好感度を稼げば稼ぐほど断罪ルートが離れていくのだし、今後も頑張ろう、将来のために。




