08 迎撃戦 6
転移した先は、見渡す限り荒れ地が広がる荒野であった。
『地獄獅子の墓場』と呼ばれる旧戦場跡で、ゲームでも有名なフィールドである。
ところどころに開いた地面の裂け目からは有毒な瘴気が噴き出していて、人間や動物はおろかモンスターすら寄り付かない不毛の大地だ。
冒険者時代のマークスチュアートがここに来たのは、単に誰も行かない不毛の大地の奥まで行くのが冒険っぽいと思ったからで、それ以上の理由はない。
結局なにも得られず、大量の毒消しポーションを消費しただけで終わったわけだが、今回はその無駄が役に立ちそうだ。
俺とレギルはその荒野のど真ん中にたった2人転移してきた。
レギルの心臓辺りから漏れ出す魔力はそれだけで人を吹き飛ばせるくらいの圧になっているが、まだ爆発までは猶予がありそうであった。
俺は『ディスペルオール』を何度か最大魔力で放ってみたが、一切効き目がなかった。エメリウノは『ディスペルオール』対策をされていたと言っていたが、どうやら本当らしい。
万一助けられればと思ったが、残念ながらもう打つ手はなかった。もはやレギルの身体からあふれる魔力は爆発寸前である。
「済まんな。仇は取ってやる」
俺はそれだけ言うと、『地獄獅子の墓場』の入り口付近に転移をした。ここからレギルのいる場所までは5キロ以上あるだろう。
遠くですさまじい閃光が発生した。地上にもう一つの太陽が現れたかと錯覚するほどである。
続いて腹の底まで響くような爆発音が届き、衝撃波が俺の顔を叩いた。想像よりも数等強烈な爆発に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
「これはシナリオが破綻しているというレベルじゃないな」
ゲームでは、レギルはロークスが王位についたあたりでフェードアウトしてシナリオには絡んでこなくなるキャラクターだった。逆に言えばだからこそ途中で死ぬという運命にもなく、それどころか『鬼』に関わることもなかったはずなのだ。
それはともかく、レギルがこのような形で最期を迎えたことは俺にとって結構な衝撃ではあった。マークスチュアートとして生きてきた中で俺は人の生き死にについては多く触れてきたし、盗賊をこの手で斬ったことも幾度となくあるので、その衝撃は人の死に対するそれとは微妙に違ってはいたが。
もっともレギルが『ソウルバーストボム』を使っていた時点で、俺としても彼は排除せねばならない相手ではあった。そう思い直して、俺は元の場所へと転移をするのだった。
石橋の上に戻った俺を迎えたのは、エメリウノと騎士団長のリンだった。
俺の顔を見て、エメリウノが白衣の裾を翻しながら俺に飛びついてきた。
「公爵様無事だったんだねっ。遠くですごい閃光と地響きが聞こえたから心配しちゃったよぉ」
「うむ、辛うじて間に合ったようだ。しかしレギルが『ソウルバーストボム』を仕込まれていたのは驚いたな」
「ホントだよねぇ。でもこれで『鬼』が復活してるっていうのが確定したから、私も本気出さなくちゃ。『ディスペルオール』も改良が必要みたいだしぃ」
「そうだな。この戦が終わったらそちらの裏も探らねばならん。しかし今はまだすべきことがある。ラシュアル団長」
エメリウノを引きはがしながら俺が呼ぶと、リンはまだ状況が飲み込めていないような曖昧な表情で俺のところへと歩いてきた。
俺は彼女の両肩に手を置き、その濃い青の目を正面から見て語りかけた。
「レギル将軍は己の魔法『ソウルバーストボム』の暴走によって亡くなった。先ほど貴殿が言うように、この戦いはすでに勝敗は決している。今の王家が、貴殿が忠誠を捧げる価値のないものだというのもすでに理解していよう」
「……はい、それは……今になってようやく理解をいたしました」
「恐らくは王家軍の将兵たちもそのことは理解していよう。そこでラシュアル団長、私は貴殿を新たに将軍として我が軍に迎えたい。どうかこの国の民の為に、私と共に戦ってはくれぬだろうか?」
ゆっくりと、微妙に声に魔力を乗せながら、リンの反応を探るように勧誘する。
今までの積み重ねがあって、さらに将軍として迎えるという餌をちらつかせれば、『燐光の姫騎士』としても乗らざるを得ないだろう。なにしろ彼女は彼女で、実家であるラシュアル家の存続なども考えなければいけない身なのである。
しばらくの沈黙。
それまで俺のことをなんとなく眺めているような感じだったリンの瞳に、強い意思の力が宿っていくのがわかった。
俺が祈るような気持ちでそれを眺めていると、リンははっきりとうなずいてから、その場で膝を折って頭を垂れ、俺に対して臣下の礼をした。
「かしこまりましたブラウモント公爵閣下。この身はすでに、閣下には返しきれぬほどの恩を受けております。その上で、国の民に尽くそうとする公爵閣下のお考えを汲めぬとあっては騎士としての恥となりましょう。どうか私を公爵閣下の麾下にお加えいただき、閣下の大望の手伝いをさせていただけますようお願い申し上げます」
「うむ、ラシュアル団長、いや、ラシュアル将軍。その言葉、その心を嬉しく思う。今後は我が盟友としてよろしく頼む」
「はっ! 閣下の御為に、この身のすべてを捧げることを誓います!」
俺が手を取って立たせると、リンはどこか決意のみなぎった表情で俺のことをじっと見つめてくるようになった。
どうやら彼女の忠誠心は王家から離れて、こちらを向いてくれるようになったようだ。まあ事前にかなり悩んでいたようだからな。これは腹黒公爵による積み重ねの勝利である。
「では閣下、私はまずなにをすればよろしいでしょうか?」
「まず王家軍を掌握してもらいたい。その上で、これからわが軍と共に王都へ攻め上ることを伝えて欲しい。無論その場には私も同席しよう。王家がいかに打倒すべき存在か伝えねばならぬからな」
「かしこまりました。閣下のお言葉を賜れば、将兵たちもすぐに閣下こそが正義と理解するでしょう! この私のように!」
ん? なんかリンの言葉に妙な圧を感じるな。
なんかこれ、もしかして逆方向に振れすぎちゃったりしてないだろうか。なにしろ真面目な堅物だからなあ。
まあこちらについてくれた訳だし、文句があるわけでもないのだが。




