05 迎撃戦 2
近づいてくる王家軍を遠目に見つつ、馬上にあるフォルシーナが、多少緊張の見える顔をこちらに向けた。
「お父様、いよいよ始まるのですね、同じ国の人間同士の戦いが」
「そうなるな。まこと愚かしいものだが、しかしこれを乗り越えねば民にさらなる被害が及ぶ。我らのやるべきは速やかに勝負を決することのみ」
「はい。きっとお父様なら歴史に残る戦いができると思います。私もその助けとなれるよう、微力を尽くします」
「うむ。まあ私の思う通りになれば、大きくぶつかる前に終わるとは思うがな。ツクヨミ、少しよいか」
フォルシーナの前に座る黒髪少女のツクヨミが、俺の声に反応してこちらを向く。
「はいマスター、どうぞご命令を」
「王家軍の中にいる強者の位置を知りたい。感知できるか?」
「お待ちください。……ランクB以上の魔力反応を持つ者は、軍の先頭にランクBが一つ、中央に同じくランクBが一つ確認できます。またそのランクB二つの周囲には、ランクDの反応が多数あります。集合しているので正確な数は不明ですが、それぞれ100から200の間です」
わかってはいたが、ツクヨミの能力はやはり恐るべきものがある。まあともあれ、ランクBというのが騎士団長リンと魔導師団長レギルで間違いないだろう。ランクDというのはそれぞれ騎士団員と魔導師団員ということになる。
「うむ、よい情報だ。では作戦を始めるとしよう。ドルトン、後は任せたぞ」
本隊の先頭に立つ将軍ドルトンは、俺の言葉に「お任せくだせえ!」とハルバードを振り上げて答えた。心強いことだが、今回に限っては彼が活躍をしないのが一番である。
「ではクーラリア以外はここで待機、以後はドルトンの指示に従うように」
「お父様と共に行けないのは大変残念に思いますが、どうかお気を付けください」
「公爵様、ご武運をお祈りしております」
フォルシーナとマリアンロッテの言葉に俺は「うむ」と答え、馬の首を巡らせた。
フォルシーナ、マリアンロッテ、エメリウノ、ミアール、ツクヨミを残し、クーラリアを従者として連れていく形で、俺は馬を橋の方へと向かわせた。
「ご主人様、お嬢様は連れてこなくて本当によかったですか?」
歩きながらクーラリアが馬上の俺を見上げてくる。
「無論だ。この作戦が上手くいかねばすぐさま乱戦になる。魔導師は連れてはこられぬ」
「まあそうですけど。でも『私の帰る場所になってもらいたい』はちょっとマズいと思いますですよ」
「なぜだ?」
実は従者については、フォルシーナに何度も「ぜひ私も共に」と詰め寄られたのだ。もちろん強く却下したのだが、あまりにねばるので、つい「お前には私の帰る場所となってもらいたい」という好感度アップセリフで説き伏せたのである。
「なぜってそりゃ……いやま、それもアリだとは思うぜです」
「意味がわからんな」
そんな緊張感のない話をしていると、大きな石橋の前に着く。俺はそこで馬を下り、手綱をクーラリアに渡した。
そして一人、橋の中ほどまで歩いていった。
俺が橋の真ん中で立っていると、進軍を続けていた王家軍は、目と鼻の先にまで迫っていた。その距離約300メートル。そこで先頭を来る騎士団長のリンが全軍に停止の合図を出した。俺に気づいたということだ。
リンはそのまま、一人の騎士団員を従えて橋のたもとまで馬を進めてきた。
わずかに風になびく青い髪、その下の両の目には決意の色がある。しかし腹黒公爵である俺の目は、その濃い青の瞳の中に浮かぶわずかな迷いを見逃さない。どうやらあの時の毒が十分に効いているようだ。
「我が領地へようこそラシュアル団長。王家の者が事前の挨拶もなく訪問するというのは珍しいが、いったい何用かね?」
「それはもちろんブラウモント公爵閣下、貴方を捕えることが目的です。前にもお話したように、貴方には王家への謀反の疑いがかかっております」
「本当にそれだけが目的かな? あの国王のことだ、私を捕えるついでに我が領から略奪を行い、ついでに我が娘を略取せよなどと言っているのではないか」
「少なくとも私はそのような命令は聞いてはおりません。私はただ、レギル将軍から貴方を力ずくでも捕えよ、さもなくば討ち取れと命じられているだけです」
俺を睨むようにして答えるリンだが、その顔にはいささかの悲壮感も張り付いている。
しかし王家軍を再編していたのはリンだったように見えたが、総大将がレギルなのも彼女として思うとろこはありそうだ。まあ、王城でのやりとりを見る限りロークスはレギルの方を信用していたみたいだし、そもそもリンは大森林開拓にも反対していた人間だからな。
「なるほど。ではこの場で私を討ち取ってみるかね。先日と同じ結果にしかならぬと思うが」
「それはやってみなければわかりません。今日は私の力をすべて出し切らせていただきます」
そう言って馬を下り、ランスと盾を手に橋の上に歩を進めてくるリン。どうやらありがたいことに、向こうから一騎打ちに臨んでくれるようだ。このシチュエーションを作っておいて正解だったな。
彼我の距離約10メートル。俺は腰からミスリルの剣を抜き、下段に構えた。
「迷いある刃は我が身には決して届かぬ。我が剣で貴殿の目の曇りを払ってくれよう」
「そのような言葉で我が心が揺れることはありません。王国騎士団団長、リン・ラシュアル、いざ参る!」
リンはランスを右脇に構え、盾を正面に掲げた。全身が淡い燐光を放っているのはリンの自己強化スキル『シャイニングオーラ』だろう。確かに今回は本気らしい。
俺が無造作に前に出ると、リンは絶妙のタイミングで短距離『縮地』、俺の目の前に現れる。こちらの呼吸を盗んだかのような業に彼女の真髄が見て取れる。
「しィッ!」
白銀のランスが無数に分裂するほどの連続突き。いきなりの必殺スキル『サウザンドスラスト』だ。ゲームでは範囲攻撃だったはずだが、リアルだと当然単体攻撃にもなる。
俺はその攻撃を、すべてミスリルの剣で捌いていく。超高速の攻撃スキルであっても、『神速』をもってすればすべてを見切ることも容易い。
「せッ!」
リンはさらに『縮地』で俺の左に回り込んできた。盾を叩きつけるように突き出し、俺が下がったと見るや、燐光をまとわせた突進攻撃スキル『シャイニングチャージランス』を放ってくる。
ランスを突き出しながら滑走してくるリン、そのスピードは前回よりも格段に速い。 俺はその一撃を受け止めるが、そのままの姿勢でズルズルと後ろに押し込まれる。
「ここでッ!」
『シャイニングチャージランス』の終わり際に、リンはさらに『サウザンドスラスト』を放ってきた。大技スキルの連続使用は相当に体力を消耗するのだが、恐らく単純な差し合いでは俺のスピードについてこられないと判断しているのだろう。ここで一気に畳み込むつもりのようだ。
「迷いが見えるぞ、『無尽冥王剣』」
範囲攻撃には範囲攻撃だ。俺も瞬時に無数の斬撃を繰り出し、リンの無数の突きを相殺する。中ボスクラスの大技の打ち合いの余波を受けて、強固なはずの石橋がビリビリと震える。
「くっ、これで押し切れないとはッ!」
リンが『縮地』を使い大きくバックステップ、仕切り直しの態勢をとる。呼吸を整えるリンのもとに、俺は再び無造作に歩を進める。
「団長の気迫は大したものだ。技も力も、決して私に劣るものではないだろう」
「……」
「だが何度でも言う。人は信じられぬもののために真の力を出すことはできぬ。認めたまえ、己の中にある迷いを。そして騎士としてなにに忠実であるべきなのか、もう一度問い直したまえ」
「もう何度も……問い直したのです! 私が仕えるべきは王家! 公爵閣下になにを言われようがそれは揺るぎません!」
「なるほど、何度も問い直すほど迷っていると、そういうことかな」
「戯言を……っ!」
う~ん、歯を食いしばって睨みつけてはいるが、明らかに動揺しているのは腹黒公爵にはバレバレなんだよなあ。もう一押していけそうなんだが、この間のように力の差を見せつけてという形だとちょっとすっきりしない気もする。
なんて少しだけ迷っていると、王家軍のほうに動きがあった。




