03 動きあり
それから2日後の執務室。
午前の執務が終わったタイミングで、アンドロイド幼女ツクヨミが急に立ち上がって机の前にやってきた。
「マスター、『転移の魔道具』の稼働を確認しました。ブラウモント領側、ローテローザ領側同時です」
「報告ご苦労。予定通りだな。フォルシーナ、マリアンロッテ嬢たちにも準備をするよう伝えよ」
「はいお父様」
フォルシーナが執務室を出ていくのを見送ってから、俺は卓上の魔道具でエメリウノと使用人を呼んだ。
使用人2人がすぐにやってきて、俺の鎧装着を始める。
鎧の装着が終わると同時にフォルシーナ、マリアンロッテ、ミアール、クーラリアたちが入ってきた。いつもの制服風魔導師服、修道服風ドレス、メイド服、巫女服(すべてミニスカ仕様)だ。遅れてエメリウノも、白衣の前を閉じた格好でやってくる。
ミスリル鎧をつけた中ボス姿の俺を見てマリアンロッテが目を輝かせた。たしかこの領まで逃げてきたときに一度この姿は見ているはずだが、あの時は余裕がなかったからな。
「ブラウモント公爵様、その鎧がとてもお似合いです! まさに『蒼月の魔剣士』様ですね!」
「う、うむ。マリアンロッテ嬢に気に入ってもらえてなによりだ」
正面から褒められるとさすがに恥ずかしい。美少女に『蒼月の魔剣士(笑)』とか呼ばれるなんて新手の拷問でしかない。
「……んんっ、では現地まで『転移』するぞ。全員近くに寄りなさい」
「はいっ」
いやいつも言ってるけど、別に俺にぴったりくっつかなくてもいいんだからね。
さすがにエメリウノは離れたところに立っているが、「さすが王子様は違うねぇ」とか言いながらにやけている。
ツクヨミも同じく一歩離れたところに立っていたのだが、こちらはフォルシーナたちの姿を見て、首をかしげてから近づいてきて俺の鎧を掴んできた。
なんだかよくわからない状態で、俺は『転移魔法』を発動した。
『転移魔法』で飛んだ先は天幕の中だった。
ドルトンに頼んで陣地に張らせている、領主であり総大将である俺専用の天幕である。もちろん無人にするように言ってあるので誰もいない。
天幕を出ると、目の前にはずらりと並ぶ天幕と、その間をさかんに歩き回る兵士たちが目に入る。そう、ここは領都マクミラーナから西に80キロほど、王家の直轄領との境に近い平原、そしてブラウモント軍1万3千が陣を張る野営地であった。
物々しい雰囲気だが、マリアンロッテを含め、フォルシーナたちはこういった野営地は初めてではないので特に反応はない。俺は娘たちを連れてひとまず将軍ドルトンのいる本部の天幕へと向かった。
衛兵に挨拶をして天幕に入ると、中にはドルトンと10名ほどの将官がいて、地図が広げられたテーブルを囲んでいた。
俺に気づいて全員が敬礼をする。俺の後ろの美少女軍団については慣れているので全員無反応だ。いや、ドルトンだけ微妙に口の端で笑っている気がするな。
「公爵閣下、ちょうどいいところに。予想通り例の坑道跡から王都の兵がぞろぞろと出て来てるみたいですぜ」
ドルトンに促され、テーブルの地図を覗き込む。王家直轄領の東端あたりに駒が複数置かれ、そこに王家軍が出現したことが表されている。ツクヨミが感知した『転移の魔道具』は、その付近の坑道跡に設置されているのだ。
「うむ。ツクヨミの方が『転移の魔道具』の動作を感知した。王家軍の正確な数はわからぬか」
「まだ出てきてる途中なんでそこはまだ。監視はさせてますから、向こうが揃ったら報告が来ますわ。それと騎士団長の『燐光の姫騎士』がいるのはすでに確認されてますぜ」
「先行して出てくるのは彼女らしいな。だが魔導師団の方はまだ出てこないか」
「そっちは確認されてませんな。ともかく、向こうが全軍揃って、進撃を開始するまでにはあと3日ほど必要だと思いますわ」
「うむ。向こうがこちらの領地に入ったところで動く。例の場所で迎え撃つ作戦は問題ないな?」
「準備はできてますぜ」
ドルトンが自信ありげにニヤッと笑う。用兵に関しては彼の方が上なので、そこは問題ないだろう。
「では動きがあるまではせいぜい休ませてもらうか。私は天幕のほうにいる。なにかあれば使いを寄越せ」
「はっ、了解しました」
敬礼するドルトンにその場を任せ、俺はフォルシーナたちを引き連れて、再び俺専用天幕に戻ってきた。
非常に大きな天幕で、テーブルや椅子があるほか、寝床も簡易ベッドが用意されている。しかもベッドは複数あって、フォルシーナたちもここに寝泊まりできるようになっている。俺は別の天幕にしようと思ったのだが、フォルシーナに「兵たちに余計な労力を使わせないほうがよいのではありませんか?」と言われたのだ。
俺が椅子に座ると、フォルシーナは対面の椅子に、マリアンロッテ、エメリウノはベッドに腰を下ろした。ミアールはすぐにお茶の用意を始め、クーラリアもそれを手伝い始める。なおツクヨミは俺の側で直立不動で立っている。
「お父様、どうやら戦まではもう少しかかるようですね」
ミアールからお茶を受け取ると、フォルシーナが俺に目を向けてくる。
「うむ。大きな軍勢が動くには時間がかかる。王家の軍は3万ほどだが、それを考えれば移動開始から3日で行軍まで始められるのはむしろ早すぎるくらいだ」
実際、公爵軍1万3千も80キロを移動するのに4日かかっている。実のところこのスピードは前世の軍に比べれば異常に早い。それは兵がすべて『レベルアップ』をしていて身体能力が高く、補給部隊も四本足ゴーレムを使った高速仕様だからである。もちろんドルトンの指揮能力の高さ、そして普段から厳しい訓練をしていることも大きい。
「しかし王国の兵同士が戦うのは残念な気がいたします。お父様でも、双方に被害が少ないような方法で決着をつけるのは難しいのでしょうか?」
「相手の出方次第だな。ラシュアル団長とレギル団長が私の誘いに乗ってくれれば、兵の被害は最小限で済むだろう」
「それは、もしやお父様が直接戦われるということでしょうか?」
「うむ。私や騎士団長らのような突出した武将がいるなら、その方が話が早いからな。ただ今回我が軍1万3千に対して王家軍3万。数的有利にあって一騎打ちを受け入れることは普通はない」
とはいえ、おそらくリンは先頭に立って出てくるだろう。彼女はそういう性格である。
問題はレギルの方だ。先日のあの様子なら、俺が前にいれば出てくるような気もするのだが、こればかりはわからない。彼が『ソウルバーストボム』を使えるなら、後方でそれをひたすら連発する、というようなことも可能ではある。
俺が少し考え事をしていると、エメリウノがベッドの上から俺に聞いてくる。
「公爵様、『ソウルバーストボム』の使い手ってのはどういう奴なの?」
「王国魔導師団団長のレギルという男だ。見た目は若い美男子だな」
「へえ、団長さんがそんな魔法をね~。でもあれを使う人間を登用してるなんて、ここの王家もロクなものじゃないんだね」
「そうかもしれぬ。国王も知りつつ使っているようだからな。して、お前としてはどうしたい?」
「私は直接戦うのはそんなに得意じゃないし、公爵様が懲らしめた後で話を聞かせてもらえればいいかな」
「無力化して捕えるのはなかなか難儀な相手だが」
「公爵様なら大丈夫でしょ」
エメリウノは気楽に言うが、さすがにレギルほどの人間を無力化するのは簡単ではない。倒すだけなら必殺技一つでいけそうな気もするが。
ともかく今後の魔族との戦いや、それ以外の周辺国の動きを考えても、この戦いは速やかに、かつ被害を抑えて終わらせないとならない。ロークスやゲントロノフには申し訳ないが、中ボス+チートパワー全開で終わらせてもらおう。




