02 誤解を解く
微妙に不安を残しつつも、その後の打ち合わせは特に問題なく行えた。
すぐにヴァミリオラは領地へと帰したので、これで向こうも万全の体制で今回の戦に臨むだろう。
俺が執務室に戻ると、フォルシーナが半分『氷の令嬢』化した状態で迎えてくれた。って、一体なにがあったの!?
「どうしたフォルシーナ、なにかあったのか?」
「お父様はローテローザ公をとても大切になさっているのだと感じていました」
「彼女は同じ三大公であり、同盟相手でもある。彼女が重要な存在なのはお前にも理解できると思うのだが?」
「ええもちろんそれは理解しております。たださきほどの槍を渡した時のお言葉は、それ以上の心を感じたのですが」
「それ以上の心とは?」
と聞き返すと、フォルシーナは急に頬を上気させ、目を泳がせた。
「そっ、それはその……お父様は、もしかしたら王となったあと、ローテローザ公を妃に迎えるとか……」
「……は?」
ああなるほど、思春期のフォルシーナには先ほどのやりとりが口説いているように見えたのか。しかしいくらなんでもそれは無理がある設定だ。
「待てフォルシーナ。私はそのようなことは考えていない。そもそも女性に愛を語るのに、槍を贈ってするなどということがあると思うか? 私もさすがにそれくらいは弁えているつもりだが」
「あ、確かに……その通りですね。申し訳ありません、お父様のお気持ちをまた疑ってしまいました」
「うむ。お前の心配もわからぬではないが、私はお前を最も大切と思っている。お前の気持ちを裏切るようなことはしない。信じてくれ」
と言いながら、フォルシーナの銀髪を優しくなでておく。
この年頃の娘にスキンシップする父親というのもちょっと嫌がられそうな気もするが、ミアールによるとフォルシーナはむしろそれを求めているらしい。
実際俺がなでると、目に見えてフォルシーナの『氷の令嬢』面は溶けていった。
「あふぅ……。お父様、もっと……」
なんか色々溶けすぎな気もするが、まあ『氷の令嬢』モードよりははるかにマシである。一分ほどなでてやると、フォルシーナは満足して自分の席に戻っていった。ミアールがすぐに近寄って口元を拭いたりしているのだが、見なかったことにしておこう。まさかゲーム一番人気のヒロインが頭をなでられてよだれをたらしてたとか、そんなことはあるはずがないのである。
その日の午後、俺は『叡智の魔導師』エメリウノがいる錬金棟へと赴いた。
俺個人の錬金棟をそのまま与えたのだが、彼女はそこをすっかり自分の住居と定め、ずっと籠っているらしい。さすがに食事と風呂の時は使用人棟のほうに出てきているようだが。
「きゃはっ、公爵様おひさっ、ってこともないか。私に会いに来てくれたの? それはうれしいかもっ」
錬金棟に入ると、紫のロングヘアを羽のようなツインテールにしたエメリウノが、怪しげな薬品片手に飛びついてきた。競泳水着みたいなピッチリスーツの上に白衣を着るという、壊滅的に意味不明な格好をしている。
「落ち着けエメリウノよ。それよりその格好はなんなのだ? 魔導師服を支給したはずなのだが」
「あっこれ? なんか公爵様が作ったって言う『ぽりえすてる』だっけ? あれがすごくいい素材だから、トリリアナにわけてもらって作っちゃった。すごく動きやすくていいのよねぇ」
「それはいいが……もう少しこう、肌を見せないようにするとか、そういうことは考えぬのか?」
「外出る時は白衣をキチンと着るから大丈夫。あ、もしかして公爵様、こういうの気になるタイプ?」
「その格好は見たら誰でも気になると思うが」
「まあ私スタイルいいしね~。公爵様にしか見せないってことで見逃してぇ」
「私にも見せないようにしてもらえぬか。目のやり場に困る」
「あはっ、公爵様ってお堅いのねぇ。そういうのすごく好きかも?」
腕を取ってグイグイと胸を押し付けてくるエメリウノ。
う~む、ちょいエロソシャゲ版で追加された存在らしいから、そっち方面に少しキャラが寄っているのだろうか。まあでも元のゲームでもこんなキャラだった気もするな。
ちなみに目の前にいるエメリウノは実は魔導人形である。2000年前に生きた『叡智の魔導師』エメリウノが自分に似せて作ったもので、そこにエメリウノ本人の魂が入ることで人間と変わらないように振舞うことができるというものだ。
なお魔導人形ではあるが、その造形や質感は人間と寸分違いはなく、例えば今俺の腕に押し付けられている胸は、その感触が本物とほぼ同じで……というのはどうでもいいか。
ともかく俺はエメリウノをなんとかして引きはがしてから、周囲を見回した。彼女が来てからまだ10日ほどだが、部屋はエメリウノが持ち込んだ備品で完全に埋め尽くされていた。テーブルの上には今研究中のものだろうと思われる魔道具が置いてあり、その周りにも細かいパーツがいくつも散らばっている。
「ところで今なにを研究しているのだ?」
「あっ、これ? これは遠距離で通話できる魔道具。公爵様、それ気にしてたでしょ?」
「たしかにその通りだが、よく気付いたな」
「さすがに運命の王子様のことは理解しておかないとねぇ~。それにこれが貴族様に必要なものだっていうのもよくわかるし」
「多く一般にまで広まれば、それだけで世界のありようが変わるものだからな」
「あ~、やっぱり? 私もそうかな~って思ったんだけど、私ってそういう社会とか国とかにはあんまり興味はないのよねぇ~。そのへんは公爵様が上手に使ってくれるでしょ?」
「戦にも使うかもしれぬが、多くは民の幸福のために使うというのは約束しよう」
「うんうん、それでいいよ。完成はもう少しかかるから待っててね。ところで今日の用事は別なんでしょ?」
そう言って、エメリウノは紫の瞳をキラリと光らせた。
「うむ。実はそろそろ王家との戦いが始まるのだが、例の『ソウルバーストボム』の使い手が間違いなく現れる。出陣の時は声をかけるが、いつでも出られるように用意をしておいて欲しい」
「あ~、了解。って言っても、行く時は公爵様の『転移魔法』で一発でしょ?」
「そうなる。長期戦にはならぬと思うが、着替えくらいは用意しておくといい」
「わかった、すぐ用意しておくよ。さて、どんな話がでてくるのか、ちょっと楽しみだね~」
口ではお気楽そうに言いながらも、エメリウノの顔は笑っていない。
まあ彼女は『ソウルバーストボム』については過去の因縁があるからな。そこは俺などより余程真剣になるところだろう。




