01 ルート開始
ブラウモント公爵邸の執務室は、微妙に戦の作戦本部仕様に模様替えされていた。
部屋の中央に大テーブルが置かれ、その上にツクヨミ謹製の大地図が広げられている。机椅子などいくつか余計に運び入れ、壁際には可搬式の黒板のようなものも設置した。その黒板には、戦に関わる様々な情報、兵数や糧食の残量、魔石の貯蔵量などが一応書かれている。
と言っても、これらがきちんと意味を持って使われるかというと、恐らくは使われないだろう。俺の予想だと、今回の対王家戦での戦闘は2回、1回は攻めてきた王家軍を押し返す防衛戦、そしてもう1回は王都攻略戦だ。ただしどちらも戦闘さえ始まれば当日中に終了する。こちらであれこれ手配する前に話は終わってしまうはずだ。
なお、すでに3日前に王家にブラウモント・ローテローザ両家からの退位を迫る上奏文を提出した。これで2家とその派閥の貴族は、王が変わらない限り今後王家に従わないという態度を表明したことになる。
無論王家としてはこのような状況は放置できないはずで、遠からず軍を差し向けて脅しをかけてくるだろう。その軍がこちらの領内に入った時点で、王家とは戦争状態に突入することになる。本来ならその前に王家からの使いが来て宣戦布告まがいの最後通牒をしてくるはずだが、あのロークスがそういった手順を踏むかどうかは微妙なところだ。
ともかくも、王家の軍もすぐに動くということはない。ただロークスは魔族領への侵攻を考えていたようだし、そもそも先日の魔族襲撃のこともあって、軍は常に出動可能な状態にはなっているはずだ。そう考えれば、短期間で動き出す可能性は高い。
なにしろ向こうは『転移の魔道具』を使えるのだ。その気になれば、今この瞬間にもブラウモント領近くに軍を出現させることも可能である。もっとも監視は常時つけているし、現れたらこちらも即座に対応はできる。そもそも俺が一日一回王都に『転移』して現地でスパイしているアラムンドに情報を聞いているから、もとより奇襲などありえない。
今執務室には、フォルシーナとミアールとツクヨミ、そして俺が呼んだ、というか『転移魔法』で連れてきた女公爵ヴァミリオラがいた。
「それで、私に伝えたいことというのはなんなのかしら?」
ソファの上で足を組むヴァミリオラは、ミアールの運んできた茶に口をつけてから、対面に座る俺に視線を投げてきた。
「事前に情報のすり合わせをしておきたくてな。一番の情報は王家軍侵攻のルートについてだ」
「貴方もしかして、王家がどのように兵を出してくるか、それもすでに掌握しているの?」
ヴァミリオラが身じろぎすると、真紅のロングヘアが豊かな胸からさらりと流れる。
「うむ、それを伝えたくて公をこの場に呼んだのだ。こちらを見て欲しい」
俺は大テーブル上にある地図を指し示す。
ほぼ中央に王家の直轄領があり、東北東にブラウモント領、東南東にローテローザ領がある。王家の直轄領が東西に長いので、王都からこのブラウモント領の領都マクミラーナはやや遠く、王都からローテローザ領の領都ロザリンデまでは比較的に近い。
今、王都の位置と、王家直轄領とブラウモント領の境、同じくローテローザ領との境にそれぞれ石で出来た駒が置いてある。俺はその駒を指でトントンと叩いた。
「この駒は『転移の魔道具』の位置を示している。前に少し話したが、魔族が用いる、集団を遠方まで一瞬で移動できる魔導具だ。そして王家はその魔道具を魔族から借り受け、この三か所に設置している」
「なるほど、完全にここと私の領地と、両方を狙っているということね。しかしこれはどうやって調べたのかしら?」
「ツクヨミが感知したのだ。むろん私が『転移魔法』で直接訪れて確認もした」
「撤去をすることはしないの?」
「自分が有利と思わせておいた方が動きが掴みやすいからな。公とて、ここから軍が現れると知っていた方が対策は取りやすいであろう?」
「まあそれもそうね。監視もしやすいし」
「ということだ。そして王家の軍だが、どうやら二軍に分けて、同時に攻撃を行うつもりのようだ。我が領には騎士団長ラシュアルと魔導師団長レギルが率いる部隊が、そして公のところには国王自ら率いる部隊が向かう」
と重要な情報を伝えると、ヴァミリオラは眉間に縦筋を作るほど嫌そうな顔をした。
「あの色ボケ王、私が相手なら勝てるとでも思っているのかしらね。どうせ私と妹を手に入れてとか、気持ち悪い妄想でもしているのでしょうけど」
「それは否定できぬな。ともかく、そちらには古代兵器が配備される予定だ。それは気をつける必要があるぞ」
「古代兵器? そういえばそんな話をしていたわね。あの時貴方が破壊したのではなかったの?」
「うむ、実はな――」
俺はレギルが遺跡に侵入したこと、『実験体1号』の代わりに『試作機1号』を持ち帰らせたことを詳細に伝えた。
「なるほど、それであの色ボケ王も勘違いしていい気になってるってわけ。ま、この間戦った『実験体1号』より弱いなら、私の相手にはならないわね」
「そうだな、公なら問題あるまい。ただあの飛び道具、特に背中から発射される球体には注意した方がよい。一般の兵に多大な被害がでるゆえな」
「貴方が風魔法で吹き飛ばしたやつね。忠告は聞いておくわ」
まあ古代兵器とはいえ、『真紅の麗炎』ヴァミリオラとメインヒロインのアミュエリザ、そしてゴーレム兵が複数いれば相手にはならないはずだ。
古代兵器さえ破壊してしまえば、王家軍は兵の士気が一気に落ちる。上手く行けばさっさと退却して都まで逃げ帰るだろう。
おっとそうだ、アミュエリザといえばいいものを手に入れていたのだった。
「ところでこの間よいものを手に入れたのだが、これを公に差し上げよう」
俺はマジックバッグから緋色の槍『スカーレットプリンセス』を取り出した。先日の『隠者の試練場』で手に入れたボスドロップ品である。当然ながら世界で一本だけの、伝説レベルの武具である。
「ちょっと、これは……!? 貴方、なにを考えているの? これはどう見たって国宝になるような槍でしょう?」
「ダンジョンのボスが落とした希少なものだ。強力なものであろうから、戦となるなら相応しき者が使うべきだ」
「相応しき者って……もしかしてアミュエリザのことを言っているの? まさか貴方アミュエリザに……」
目を見張って『スカーレットプリンセス』を眺めていたヴァミリオラが、一瞬で険しい顔になって睨んでくる。
「勘違いするな。それは公に渡したのだ。公が大切に思う者に使わせればよい。公を守る者が強くなれば、それが公そのもののためにもなろう。私がまず案じるのは公自身の身だ、それは理解して欲しい」
「……っ!? そっ、そう。そういういことならいただいておくわ」
俺の言葉に、ヴァミリオラは顔の険を抜いて、逆に呆けたような表情でうなずいた。
うむ、やはりこの渡し方で正解だったな。今の反応からすると、『スカーレットプリンセス』を俺が直接アミュエリザに渡したらヴァミリオラと決別するまであった。ただ『スカーレットプリンセス』自体はアミュエリザ専用装備みたいなものだから渡さないわけにもいかない。まあともかく、これで上手いこと彼女の手に渡るだろう。
さらに言えば、こんなところでヴァミリオラに倒れられたら困るのも確かである。彼女が優秀な領主であることは間違いなく、不本意ながら俺が王となった時、絶対に必要な人材だ。もともとゲームでは悲しい最期キャラだし、フォローはできるだけしておいた方がいい。
「でもこれほどの物、もらったとしても返すものがないわ。値段なんてつけられるものではないでしょう」
「公の歓心を買うと思えば安いものだ。今後とも協力し合う関係でいたいという私の心の表れとでも思ってくれればよい」
ヴァミリオラの言う通り、対価をもらうとしたらローテローザ領の経済が傾くレベルの武器である。そんなことになったら逆に恨みを買うまであるので、適当発言で誤魔化しておく。うまくすれば勝手にヴァミリオラの好感度、というか忠誠心がアップするだろう。
「そ、そそそそういうことね。そこまで想われているのは悪い気はしないわ。私ももとから貴方を裏切るとかそんなつもりはないから安心してちょうだい」
あれ、そんなこと言う割には視線を逸らし始めたんだが……。まさかやっぱり対決ルートの可能性がまだ残っているのだろうか?




