19 避けられぬ道
「結局はこれが避けられない運命か。しかし今さらながらにこの世界のシナリオは崩壊してるな。まあもとよりゲーム通りと考える方がおかしいか」
王都の公爵邸に戻ってきた俺は、執務室で深い溜息をついていた。
ある程度は予想通り予定通りとはいえ、これで王家との対立が確定し、俺の簒奪ルートも確定したのだ。溜息の一つも出ようというものである。
「ともあれここも長居はできないな。さっさと王都を去るとしようか」
この屋敷の使用人は、家族を含めてすでに公爵領へと移動を完了している。ローテローザ公爵邸も同様だ。内戦が始まった時点でどちらの屋敷も接収されるだろうが、どうせ後で取り返すのだからどうでもいい。
実は先ほどから、この屋敷の周囲には性質のよくない気配が集まりつつあった。まあ普通に考えれば、反旗を翻しますよと宣言した公爵をそのままにするはずもない。
『転移魔法』でさっさとこの場を去る予定ではあるが、気配の中にはよく知ったものもあった。彼女にひと言声をかけるのもいいだろう。
俺は玄関まで行き扉を開いた。屋敷の前には軽装の白い鎧をまとい、短い槍を持った兵士が20人ほど並んでいた。王家直属の精鋭騎士団『王国騎士団』の団員たちである。
もちろんその先頭には団長であるリン・ラシュアルが、愛用のランスと騎士の盾を手にこちらを見据えていた。
「これは王国騎士団の諸君、そしてラシュアル団長ではないか。ずいぶんとものものしいが、一体何用かね?」
白々しく聞いてみると、リンは眉を寄せて厳しい顔をした。ただその瞳には多少の屈託が見て取れる。
「王家への造反容疑で、公爵閣下の身を拘束させていただきます。こちらの屋敷はすでに騎士団が包囲をしておりますので、どうか大人しく従っていただきたく思います」
「それは国王陛下のご命令かな?」
「そう考えていただいて結構です」
「ふむ、あの場では予告をしただけで、まだ造反はしていなかったのだがね」
と言うと、リンは一歩前に出てきた。
「ブラウモント公爵閣下、閣下は本当に王家と対立するおつもりなのですか? 今王国内で争いが起きれば、どうなるかわからぬ閣下ではないでしょう?」
「もちろんだラシュアル団長。しかしそれ以上に、今の王家の元ではこの国に先がないのもよく理解している。それは団長にも賛同してもらえると思っているのだが?」
リンは、ロークスが魔族襲撃を利用して王位についたことを知っている。それは前回彼女と話をした時にわかっていた。ならば彼女も、今の国王に義はないことは理解しているはずだ。
だがリンは、苦い顔をしながらも首を横に振り、決然として答えた。
「どのような理由があれ、今の公爵閣下を逃がすわけには参りません。私は王家に忠誠を誓った騎士ですので」
「ふっ。まあ貴殿ならそう答えような。しかし団長、これだけは覚えておいてほしい。貴殿はこの国を守るために必要な人間だ。たとえこの国を治める者が誰になろうともな」
「……なにが言いたいのですか?」
「そのままの意味だ。そして私は、有為な人材は必ず手元に置くと心に決めている。貴殿もその一人というだけだ」
「私には閣下の言葉の意味は量りかねます。ともかく我々には従っていただきます」
リンはさらに一歩前に出る。騎士団員たちも半円に広がって槍を構えた。
俺はゆっくりと腰のミスリルの剣を抜く。
「もとから黙って捕らえられるとは思っておるまい。ただ団長、大切な部下を失いたくなくば彼らは下がらせることだ。剣はともかく魔法は手加減ができぬのでな」
う~ん、いかにも悪人なセリフだなこれ。
しかし俺の実力を知っているリンは、これには従わざるを得ない。彼女が手で合図をすると、団員たちは大きく後ろに下がった。
「一手ご教授願います、『蒼月の魔剣士』殿」
リンは盾を前に、ランスを後ろに引いて半身に構える。防御重視、カウンター狙いの構えだ。馬上では攻めのイメージが強い王国騎士団だが、本来は守りを得意とする集団である。
「よかろう。参る」
俺は両手で握ったミスリルの剣を下段に構え、ゆっくりとリンとの間合いを詰めていく。
魔剣士の俺としては魔法を使ってもいいのだが、彼女の構える盾は魔法防御力の高い特注品だ。それでも『魔の源泉』でゴリ押しは可能だが、こちらはまだ隠しておこう。
リンのランスが届く間合いに入る。
もちろんスキル込みなら最初から俺の間合でもあるのだが、高レベル者が相手だと『縮地』は基本的に見切られることが多いのも確かである。
「……ッ!!」
俺がさらに踏み込むと、リンは超高速の突きを繰り出してくる。銀のランスが描く光の跡は5つ。神速とも言える五連突きだ。
俺はその突きを、すべて剣で流し受ける。当然こちらの剣技も神速レベルだ。団員達にはまったく見えていないだろう。
「……チィッ!」
リンは盾を前に構え、極短距離の『縮地』で迫る。『シールドバッシュ』という騎士の基本スキル。
俺が下がるとリンはそのまま再度五連突き、いや七連突きか。俺がすべていなすとリン身体を低くした。ランスの先端に光の粒子が集まるエフェクト。これはスキルの予備動作だ。
「ハァッ!!」
輝くランスを前に突き出し、自身も光の粒子をまといながら、リンは滑るように突進してくる。『シャイニングチャージランス』という彼女の固有スキル、『燐光の姫騎士』の二つ名の元になった技である。
誘導性能の高い技で、避けても慣性を無視した動きで方向転換してくる。これはこれでリアル世界だとチート技だな。
仕方ないので俺は輝くランスを正面から剣で受け止める。凄まじい音と閃光が巻き起こり、俺の身体がズルズルと後ろに押し込まれる。しかし最終的には中ボスパワーが騎士団長の突進力を凌ぐ。『超力』という腕力アップスキルも極めている俺に隙はない。
「さすがに大技では押しきれませんか!」
リンは体勢を立て直し、燐光を放つランスを何度も突き出してくる。俺もその攻撃を弾き返しつつ、隙を見ては斬撃を放つ。互いに短距離『縮地』を繰り返して切り結びはじめると、公爵邸の庭は竜巻にでも襲われたようにズタズタになっていく。
「さすが『燐光の姫騎士』殿。だが残念ながら、貴殿の槍にはためらいがあるようだ。それでは私に勝つことはできぬ」
「ためらいなど! この槍は王家に捧げたもの。その敵を相手に一切の躊躇はありませぬッ!」
まあ確かにその通りなんだよなあ。明らかに殺しに来てるっていうか、致命傷さえなければポーションで治るって前提の攻撃だし。
とはいえ精神攻撃は大切である。彼女にはゆくゆくは節を曲げてもらわないとならないし、せいぜい揺さぶりをかけておこう。
「普段の貴殿の槍なら私に届いたであろうに。このような迷いの残る技ではオーク一匹仕留められまい」
「そのような言葉で誤魔化されたりはしないッ!」
「言葉ではなく、貴殿の槍がそう語っているのだがね」
俺はリンの槍を強く叩き、一瞬だけ『神速』を出してリンの横に回り込む。剣をリンの首の寸前で止め、目を見開いたリンの顔を確かめ『縮地』で距離を取る。
「ふっ、今ので一本取ったと思うがどうかな」
「くっ! なぜ斬らなかったのですか!?」
「先も言った。この国の民には貴殿が必要なのだ」
「ふざけたことをッ!」
再び剣と槍が交錯する。が、十数合の後、先と全く同じ流れで俺が一本を取る。
「なぜ……私の槍は貴方に届かないのですか……ッ!?」
「それは貴殿が一番わかっていよう。自らが信じていないもののために、人は力を十全に出せるものではない。貴殿はわかっているはずだ。本当はなにが正しいのかを」
「く……っ! そのようなこと……ッ!」
「貴殿はまだ若い。今は認められずともよい。だが、その時が来たらもう一度考えるがいい。貴殿が本当に忠誠を誓うべきは誰なのかを、な」
よし、糸目腹黒公爵必殺の適当発言が決まったな。
これでリンは「私が忠誠を誓うべきは王家ではなく王国民だった?」とか勝手に考え始めるだろう。この間の対談では上手く返されたが、今回は物理的に圧倒しての適当発言だからな。さすがのリンも返せまい。
「さて、そろそろ私はおいとまさせていただこう。物事を進めねばならぬのでな」
俺はそう言うと、剣を鞘に納め、騎士団員に向かって声をかけた。
「騎士団の諸君、諸君らもロークス国王即位の動きに関しては怪しんでいるものも多かろう。かの王は、王都民を犠牲にし、さらに父王を弑して王の座についたのだ。私はそれを暴き、この王国を正しい道へ進ませるつもりでいる。その際には諸君らには騎士団員として引き続き役を全うしてもらうつもりだ。それを覚えておくといい」
これは王都軍の精鋭である騎士団員への勧誘である。人間自分の身分が安堵されるなら、上がどうなろうが知ったことじゃないからな。かなりの毒になるはずだ。
「公爵閣下、その言いようは……さすがに許されませぬ!」
俺の言葉を聞いて、リンが慌てたようにランスを構え直す。
「ラシュアル団長、貴殿がそう慌てては逆に団員が不安になるというものだぞ。もっとも今回は貴殿がどのような態度を取ろうが関係なかろうがな」
さて、そろそろ退場するか。
俺は右手を天に掲げて魔法を発動する。
「では次にまみえる時までしばしのお別れとしよう。『ライトニングレイン』」
俺の周囲に激しい稲妻が落ちる。
同時に『転移魔法』発動。
これで向こうは勝手に目くらましで逃げたとか勘違いするだろう。自爆したと取ってくれても面白いがさすがにそれはないか。
ともあれこれで王家との対決、まっっったくの本意ではないが、簒奪ルート本格始動である。
……はあ、胃が痛い。




