17 最終確認 1
とまあ多少想定外のことはあったものの、王家と対立するにあたって、俺個人としての物理的な準備は整った。
ヴァミリオラは俺と呼応して動く準備を進めていて、こちらも派閥の取り込みまで完了しているそうだ。
元宰相マルダンフ侯爵の方も順調に説得は進んでいるとのこと。というか、ブラウモント公爵家の派閥もそうだが、『立太子の儀』の時の一件で王家に対する信頼は地に落ちていて、逆に俺の信用が知らない所で爆上がりしていたらしい。
それはともかく、「フォルシーナを寄越せ」ということを伝えに来た王家の使い氏がそろそろ王都に帰り着く頃だ。
その前に約束通り、ロークスには俺から直接断りを入れておかないとならない。
いつもの通り『転移魔法』で王都の公爵邸へと移動をする。
本当は城門を通るところからやらないと怪しまれるのだが、王家との対立はほぼ不可避なので多少雑でも構わないだろう。
使用人を呼んで馬車の用意をさせ、王城まで向かう。
心なしか王都の様子は前にも増して活気が失われている気がする。通りをゆく人間は下を向いて歩いているものが多く、その表情も暗い。閉まっている店も増えたようだ。建物の修復もまったく進んでいない。
俺もヴァミリオラも王都へは復興資金をかなり融通しているはずなのだが、どう見てもそれが王都民にまで回っている様子はない。王家の使い氏の話は本当のようだ。
王城の守備だけはかなり厳重に行われていた。
兵士たちは俺の姿を見て一度は止めようとしたようだが、ひと睨みすると素直に扉を開いた。単に上からの命令を遂行しているだけの彼らには同情を禁じ得ない。
王城内だけは整備がきちんと行き届いていて、以前よりもきらびやかさが増しているような気さえする。いや実際、廊下に飾られている絵画の枚数は増えているようだ。
王の執務室では、相変わらず秘書官のラエルザが応対してくれた。
涼し気な美人顔も変わらずだが、俺の顔を見た一瞬だけは緊張している様子がうかがえた。まあ中ボスでもあり『蒼月の魔剣士(笑)』でもある俺は、彼女ら魔王軍四至将と対等以上に戦える人間である。多少構えるのは仕方ないだろう。
「おいおい、俺が呼んだのはフォルシーナであってお前じゃないぞブラウモント」
サキュバスが化けた美女に挟まれながら、ソファの上で国王ロークスは忌々しそうな顔をしてそう言い放った。
「急な来訪失礼いたします。その我が娘の件で参りました」
「だからお前は呼んでないっての。それともなにか、もしかして俺の頼みを聞けないとか言いに来たのか?」
「結論としてはそうなります。我が娘フォルシーナは国王陛下の妃には相応しくありません。この度のお話はなかったということにしていただきたく存じます」
俺が単刀直入に言うと、ロークスのハンサム顔から一瞬感情が抜け落ち、そしてすぐに怒りの表情に塗り替わった。
「おい! 三大公だかなんだか知らないが、国王の命令を断るなんてできると思ってんのかよ! 俺はフォルシーナをさっさと寄越せと命じたんだよ! お前は黙って娘を俺に差し出してりゃいいんだ! ローテローザといいお前といい、ふざけたことを言いやがって。それでもこの国の公爵かよ! 誰のおかげで貴族面できてると思ってるんだ!」
「我々は王国貴族ではありますが、国王陛下の命を無制限に聞くわけでもございませぬ。王国法にもその旨明記されておりますれば、それに従っただけでございます」
「ああ!? おい、ブラウモントてめえ、なにを平気なツラしてそんなこと言ってんだよ! だったらお前は公爵位剥奪だ! ブラウモント家も解体させる! なんか最近お前の領は景気がいいみたいだからな。その財産は俺がしっかりと上手く使ってやるよ」
「残念ながら、爵位の剥奪は国王陛下の一存で決められぬ旨も王国法には明記されております。そのお言葉はなんの意味も持ちませぬ」
「おい、ふざけんな! 俺が剥奪といったら剥奪なんだ! それが嫌ならさっさとフォルシーナを連れてこい! いいな!」
いやいやこれはまったく話が通じないな。よくぞここまで捻じ曲がって育ってしまったものだと感心するくらいだ。
「それより国王陛下、見た限り王都の復旧がまったく進んでいない、というよりも着手すらされていないように見受けられるのですが、どうなっておられるのでしょうか?」
「んなのはどうでもいいだろ! 町なんざ下民どもが勝手に作り直すんだからな! 王家が金を出すようなものじゃない!」
「陛下、それは間違いでございます。このような時に民に手を差し伸べることが王の務めにございます。ゲントロノフ公もそう申し上げなさっているのではありませんか」
「言っていたかもしれないが知ったことか。下民は王に貢ぐだけの存在なんだ。あいつらが俺のために働けばそれでいいんだよ。お前だってそうやって偉そうにしてるんだろうが」
「心外ですな。私は常に民のことを一番に考えております。その証左として、王都復興のためにいくばくかの資金も王家にはお渡ししたはず。それが正常に執行されていないとすれば、これも大変な問題なのですが」
「あんなはした金、すぐに使い切っちまったよ。お前んとこには金をもっと寄越せとも言っておいたはずだ。フォルシーナと一緒にさっさとこっちに持ってこい。わかったらさっさと下がれ。目障りなんだよお前は」
う~む、多少は話もできるかと思ったが、これはやはりどうにもならないか。
ここでのやり取りだけ見れば、世間知らずでマトモに教育されなかった子どもがわがままを言っているだけとも取れるんだが、しかしロークスはもうすでにやらかしてるからなあ……。
「では最後に一つだけ。国王陛下、此度の陛下の即位について私には疑問がございます。先日の大森林開拓、陛下は事前に魔族の侵攻があることを知っていながら、故意に王都の主力を率いて開拓に出たのではありませんか?」
「なんだと……?」
そこでロークスの顔色がサッと変わった。腹芸ができるタイプでないのはわかっていたが、完全にクロだなこれは。
「話によると、陛下は南の町サウラントに兵をしばらく留めていたとか。そしてその間に王都が襲撃され、そして偶然にも近くに留まっていた陛下の軍が王都を解放した。いささか都合が良すぎる話に聞こえますな」
「てめえ、なにが言いたい? 俺が悪だくみして王になったとか言いたいのか?」
「城の奥に立てこもられていた先王陛下が、王都解放の際の騒ぎに乗じて魔族によって害されていた。それもいささか不自然に過ぎると感じられますな」
「……ブラウモント、てめえは……」
獣のような表情で俺を睨んでくるロークス。
元が美少年顔なだけに醜悪さがいやましている。
チラッと見ると、秘書官のラエルザは眉を寄せつつも、口の端を微妙に皮肉っぽく持ち上げていた。
まあ確かに、魔族という第三者から見たら人間の国のゴタゴタなんてただの喜劇かもしれない。彼女の立場からするとこの国が荒れすぎるのは好ましくはないはずなのだが、それでも笑いが漏れるのは『冷笑のミルラエルザ』の名ゆえだろうか。




