13 戦の準備 通常仕様
さて、俺はそのまま次のフィールドへと『転移』した。
今度は王都のはるか北にある、瘴気の漂うおどろおどろしい森である。
魔族すらも寄り付かない、『魔霊の森』という名のフィールドだ。冒険者時代に一度だけ来たのだが、すでにAランク冒険者であった俺ですら足を踏み入れることをためらったほどの高レベルマップである。
ただこの森、奥地に魔女が住む館があり、ゲームではシナリオ上必ずそこでとある魔法を手に入れなければならなかった。『転移魔法』と同じような感じだが、こちらの魔法はイベント攻略に必須のもので、ただの便利魔法である『転移魔法』とは少しだけ意味合いが異なる。
「『神速』『魔の源泉』、チート二つ持ちなら問題なかろう」
と口に出して自分を奮いたたせ、全体が紫色に染まった、いかにも魔境っぽい雰囲気の森へと入っていった。
『魔霊の森』に出てくるモンスターは基本的にアンデッドしかいない。
しかもゲームでは終盤のフィールドなので、出現するのはすべて上位のものになる。
例えば捻じ曲がった樹木の陰からすぅっと出てくる『ジェノサイドスペクター』。ぼんやりと人型とわかる霊体型のモンスターだが、集団で現れ強力な魔法を一斉に放ってくる強敵だ。
「『ライトニングレイン』」
しかし『魔の源泉』スキルによって魔力無限大の俺は、中ボス専用全体攻撃魔法を無尽蔵に連発できる。
シャギュゥゥゥゥッ!
8体のジェノサイドスペクターは雷の雨に打たれて、その薄っぺらな霊体を引き裂かれて奇妙な叫び声を上げながら消滅していった。
しばらく進み、瘴気が一段と濃くなってきたところで、『カースドナイト』という首無しの鎧騎士が現れ始める。手にした呪いの槍で『呪い』『麻痺』といった状態異常攻撃を仕掛けてくる面倒なモンスターだが、残念ながら『ライトニングレイン』連射チートの敵ではなかった。
「中ボスと隠しスキルの組み合わせは完全にバランス壊れるな」
なお高レベルモンスターを1人で大量虐殺しているためレベルもガンガン上がっている。ゲームでの中ボスマークスチュアートはレベル50という設定だったが、今の俺は70後半はあるだろう。これは実はすでに魔王を超えていたりする。
鼻歌混じりでさらに奥に進む。
道中の中ボスである、三つ首巨犬のゾンビ『ケルベロスゾンビ』を『破星冥王剣』で真っ二つにし、さらに陰鬱とした森を進むこと30分、目の前に、奇妙に捻じれた形をした洋館が忽然と現れた。
『魔女の館』と言われる、アンデッドと化した古の魔女が住む館である。
俺はためらわずにその洋館の正面玄関に歩いて行く。館の前は毒々しい色の花が咲き乱れる庭園となっていて、その花園の上には無数の半透明の蝶が舞っている。ちなみにその蝶の霊体は、魔女を討伐に来た人間の成れの果てであったりする。
玄関の扉をノックするが、当然のように反応はない。引いてみると扉はあっさりと開いた。
玄関ホール内は一見普通の館のそれだった。左右に廊下、奥に階段。だがここがダンジョン化しているのはゲーム知識でわかっている。もちろんマップの知識もだ。
俺はアイテムを回収しながら最奥部へと進んでいった。出てくるモンスターは霊体モンスターの『ジェノサイドスペクター』『イヴィルゴースト』『ノーブルファントム』の3種類。
すべて強力な魔法や状態異常攻撃を使ってくる厄介な敵だが、無尽蔵の魔力にものを言わせ上位火属性魔法『フレイムブレス』で焼き払う。ちなみに『フレイムブレス』は名前の通り、ドラゴンが吐く炎のブレスみたいな魔法である。
廊下を走り抜け、階段を何度なく上り下りし、いくつもの部屋を通り抜けると、幅広な廊下の突き当りにある、重厚な両開きの扉の前にたどり着く。
息を整えて扉を開く。そこは左右に10台以上の本棚が並ぶ部屋だった。棚にはびっしりと分厚い本が背表紙を並べ、さながら図書室のようだ。『魔女の書斎』というマップである。
奥に歩いて行くと、書見台が一台、ぽつんと壁際に設置されているのが見える。そこには古びた書物が一冊置かれていて、嫌でも重要アイテムだとわかるようになっている。
棚の間を通って書見台に近づいていく。
と、半分ほど来たところで、目の前に急に半透明の幽霊っぽい老婆が現れた。ツバの広い三角帽子に黒いローブ、身長ほどもある木の枝のような杖。見るからに魔女と言いたくなる老婆である。
老婆は俺の顔を見上げると、皺を深めてにやっと笑った。
『ほうほう、ずいぶんといい男が来たものだねぇ』
「貴女にそう言ってもらえるのは光栄至極に存ずる、叡智の魔導師エメリウノよ」
俺がそう答えると、魔女は皺で隠れた目を見開いてから、再び楽しそうに笑った。
『ふひぇひぇっ。これは驚いたよ、まさか私の元の名を知る者がいるとはね。アンタ何者だい?』
「これは失礼。私はマークスチュアート・ブラウモント。インテクルース王国の公爵位にある者だ」
『ほ~う。王国の重鎮というわけかい。インテクルース王国なんて国は聞いたことがないんだがねぇ』
「今は貴女が生きていた時代からは2000年ほどが経っている。しかもその間、人間の文明は一度滅びかけている。聞いたことがなくて当然だ」
『そうかいそうかい。少し眠っている間にそんなに経っていたのかい。で、そのブラウモント公爵は、なんの用でこんなところまで来たのかねぇ?』
そう質問しながら、魔女は俺から少し距離をとり、杖でとん、と床を叩いた。
「貴女が作り出した魔法『ディスペルオール』をお教えいただきたい」
『ほ~う。2000年も経っているのに、まだそのことを知っている人間がいるとは驚きだよ。その魔法を追ってきた者、知っている者は全部始末したんだがねえ。どこでそのことを知ったんだい?』
「貴女の弟御が、密かに貴女のことを日記につづって残していたのだ。しかも丁寧なことに、『不朽』の箱に入れて家の地下にしまい込んでいたらしい」
『ああ、バザランの馬鹿者めが、余計なことをしおって。それで、公爵様はどんな理由で「ディスペルオール」を求めているのかね?』
「『ソウルバーストボム』を使う者が現れた、と言えば貴女なら理解できるだろう」
俺の言葉に、魔女は再び目を見開いた。
しばらくすると全身を震わせ、次いで怒りの形相をその皺だらけの顔に浮かべるようになる。
『その名前も久々に聞いたねぇ。しかしそうかい、あの鬼の魔法を継ぐ者が現れたのかい。なるほどそれなら納得さね』
魔女はそう言いつつも、炯々《けいけい》と輝く目で俺を見据えた。
『そういうことなら「ディスペルオール」を教えることを考えなくもないかね。しかし公爵様、アンタがその魔法を手に入れる目的は、「ソウルバーストボム」対策のためだけかい?』
「そのつもりだ、と言いたいところだが、しかし『ディスペルオール』は非常に強力な魔法。恐らくは他の場面でも使うことはあろうな」
『なるほど、正直なのはたしかに美徳さね。しかしアンタは、私がなぜ「ディスペルオール」を人の世から遠ざけたのかを知っているんだろう?』
「無論だ。だがそれでも私は手に入れねばならぬ。なぜなら貴女が封じた鬼もまた、復活が近いからだ」
俺の言葉に、魔女は一瞬すべての表情が抜け落ちたようになり、そして肩を落として溜息をついた。
『……なるほどねぇ。そういえば2000年経っていたんだったかね。それなら納得するしかないかね……』
「……」
『……わかったよ、私が生涯をかけて作り、命をかけて世から遠ざけた「ディスペルオール」、公爵様に預けてみようじゃないか』
「感謝する、叡智の魔導師エメリウノ」
俺が礼を言うと、魔女ニヤッと笑い、杖を掲げるようにして構えを取った。
『ただし、「ディスペルオール」は恐ろしいまでの魔力を必要とする。公爵様に扱えるだけの魔力があるかどうか、試させてもらうよ』
「当然のことであろうな」
と、こちらもミスリルの剣を杖に見立てて構えつつ、俺は内心胸をなでおろしていた。
なにしろこの魔女のイベント、それっぽく会話をしたが、完全にゲーム知識だけで適当に話をしたに過ぎないのだ。この世界のマークスチュアートは彼女の弟の日記なんて見たことないし、彼女の過去についてもまったく知らない。
第三者からみるとほとんど詐欺ではあるが、まあ魔法そのものは魔女の想いを汲んで正しく使うから許してもらおう。




