10 立太子の儀 2
『立太子の儀』の会場は広大なホールで、奥に雛壇があり、雛壇の左右には扉がある。雛壇の後ろは大きなステンドグラスがはめ込まれており、なかなかに荘厳な雰囲気を醸しだしている。
俺とフォルシーナは、雛壇に一番近い丸テーブルへと案内された。隣のテーブルにはゲントロノフ公とマリアンロッテ、そして彼女の両親が座っている。
ほどなくして来場者全員が揃う。貴族関係者だけで200人はいるだろうか。この後に行われる『立太子の儀』は将来の王を決める場であるので多すぎるということはない。
俺は再度会場を見回す。
ゲントロノフ公とマリアンロッテは隣のテーブルに座っている。そしてその隣には――と目を移したところで、俺はある重要な人物が来ていないことに気づいた。
その不在の人物とは、俺とゲントロノフ公に続く三人目の公爵。三大公の一人ヴァミリオラ・ローテローザだ。なお『三大公』というのは、俺とゲントロノフ公、そしてそのヴァミリオラの3人を指す。要するにこの国を支える3人の公爵のことである。
しかし彼女とその妹がこの場にいないというのはどういうわけだろうか。公爵自身もゲームの主要キャラである上に、その妹アミュエリザはフォルシーナ、マリアンロッテと並ぶメインヒロインだ。それがゲームのオープニングにいないなどありえないのだが……
「国王陛下ご来臨、王妃殿下、王子殿下のご入場になります」
俺の思考は、アナウンスによって中断された。雛壇袖の扉が開き、3人の人間が入ってくる。
40代の、くすんだ金髪を後ろになでつけ口髭をたくわえた、パッと見人の好さそうな小太りの男・国王アーガルム。
30代の黒髪の妖艶な美女・王妃ミランドラ。
そして14歳の金髪の美少年・王子ロークス。
『オレオ』の主人公一家が入場し雛壇に並ぶ。
3人とも初めて見た顔ではないのだが、記憶が戻ってから見ると、なるほどたしかにほぼゲームで見た通りの外見だとわかる。ただ気になるのは、ゲーム主人公であるロークス王子の顔つきだ。
微妙に男子らしさを感じさせる美少年というのは元のイメージそのままなのだが、目つきが非常に悪い。傲慢というか、酷薄というか、その濁った眼の光は、とにかくおよそ主人公とは思えない。
その口元も時折ピクピクと動いているのだが、緊張しているというより癇癪を我慢しているような印象だ。
しかも王子は雛壇の上でなにかを探すようにしきりに目を走らせていた。
彼がなにを探しているのか――それはすぐにわかった。獣のような目が2カ所、ピタッと止まった場所があったのだ。
それはゲントロノフ公の孫娘マリアンロッテと、俺の娘フォルシーナ。つまりあの主人公は、この場で可愛い女の子を探していたということになる。
実のところ、この後のイベントを考えると彼がその2人に目をつけるのは別におかしなことではない。しかし俺の脳裏には、この時別の可能性が思い浮かんでいた。
国王アーガルムが一歩前に出て話を始める。
「皆の者、今日は我が息子、王子ロークスのためによく集ってくれた。ロークスは今年で14となり、王家の慣例に従えば王位の継承権を得る年となった。ついてはこの場にて、ロークスを正式に余の後継者とすることを宣言する」
王の宣言は事前に読めていたことだが、会場は「おお!」というどよめきが起こる。
俺としては、王のセリフがゲームのままなことに少しだけ感動していた。ただ問題はこの後だ。
王の言葉を受け、壇上の主人公、王子改め王太子ロークスは、悠然と一歩前に出た。
大勢の上位貴族の前でも物怖じしないその態度は、未来の王としての器を感じさせないではない。
「私はロークス・オーレイア、今日この日、父の後継者として認められたことを大変嬉しく思い、またその重責を重く受け止めるものである。私は今より一層の努力を重ね、この国の王として相応しい人間になることを誓う。ついては皆には、この国をより強く、大きくするために、一層の助力を願いたい」
事前に用意はされたいたのだろうが、14歳としては立派な挨拶だろう。会場にいる貴族たちの受けも悪くはないようだ。
王太子の言葉は続く。
「また私がこの国を発展させるその第一歩として、南部大森林の開拓を行おうと思う。もちろん私自らが現地に入り、指揮をするつもりである。この開拓が成功すれば、王国は新たな資源と宝を得て一層の飛躍をとげるだろう」
会場がふたたびどよめく。
アラムンドからも聞かされた『南部大森林』というのは、奥に資源や遺跡があるとされている未開の地で、その開拓は王家の悲願と言われている。ゲーム的には本当の意味でのスタート地点なる場所でもある。ただゲームでは開拓ではなく、ロークス王子はそこに逃げ込むという設定だったのだが。
アラムンドの情報の正しさを確認するとともに、原作ゲームとの相違を感じている中で、王太子はさらに話を続けた。
「また、私を側で支える者として、この場にて未来の妃もあらかじめ決めておこうと思う。マリアンロッテ・ゲントロノフ、彼女を私の第一の妃としたい」
「おおっ!」
これには先ほどより大きなどよめきが起こった。
この世界では、立太子の際に妃を指名することは珍しいことではない。これによって早くにつまらぬ権力争いを避けるという意味合いもある。
もちろん俺自身、以前からフォルシーナが指名されるべく動いていた。なのでフォルシーナに嫁がせないという話をした後、王家には早馬でその旨はしらせてはいた。王家からも指名するという話は来ておらず、それほど心配はしていなかったのだが、改めて宣言されることで、俺は内心ホッとすることができた。
なのでゲントロノフ公がこちらを見てニヤッと勝ち誇ったように笑っても、俺は涼しい顔でうなずき返すだけであった。
王太子ロークスに指名されたマリアンロッテが、会場に向かって一礼をして、雛壇へと向かおうとする。その登壇を待たずに、ロークスはさらに言葉を続けた。
「それから今決めたが、フォルシーナ・ブラウモント、お前を第二妃にしてやる。お前もこちらに来い」
さすがにこれは俺も驚いた。もちろん他の貴族もざわつき始め、ゲントロノフ公など目が飛び出さんばかりになっている。
ところが国王と王妃の様子はと見ると、「やれやれ仕方ない」といった程度の表情だった。ということは、この突発的な発言が彼らの中で許容範囲であるということなのだろうか。嫁に出さないと伝えたはずなのだが。
当のロークスはというと、注目浴びる中で、口の端をねじまげて笑っていた。そこには王太子としての品はかけらもなく、ただ好色そうな悪ガキが一人いるだけだった。
一方で指名されたフォルシーナだが、こちらも驚いたことに眉一つ動かしていなかった。『氷の令嬢』に相応しい冷たい能面のような顔で、ロークスを見返しているだけである。
しかしまさかロークスがそうくるとは。いや、そういう選択肢を選ぶとは。
実はあの酷薄そうな目を見た時に予想していないではなかったのだが、実際に言葉を聞くと少しムカつく自分がいた。自分の娘を「妃にしてやる」などと言われて、平静でいられないほどにはマークスチュアートも父親だったらしい。
ともかく問題はここでどう対応すべきかなのだが、実はもう少しで――
「お断り申し上げます、ロークス王太子殿下」
氷が音になったような、冷たい声だった。これは父を断罪するときの声だな、と思ったのは一瞬だ。
声の方に目を向けると、フォルシーナが決然として壇上の主人公を見返している姿が目に入った。




