17.林の奥の小さな湖
朝食を食べて家の用事を済ませてログイン。
最近は現実の方が忙しく、ゲームをするのにまとまった時間が中々とれなかったのもあって、未だにアインスベルの街へは行けていない。
代わりにレベル上げや近場にあったセーフゾーンを解放してみたり、椅子を受け取るついでに家具職人のダニエルに修繕のコツを聞いたり、図書館に籠って知識を溜め込んだりなんかして過ごしていた。
そしてようやく休みを迎えまとまった時間が取れたので、今日こそはアインスベルに到着したいと思う所存でございます。
「ふぁ~あ、だる…」
このゲームにログインしたときの寝起き感は結構すごいと思う。これがあるお陰で、この世界で生きてる感というか没入感が増している気さえする。
それはさておき頭をガシガシ掻きながら出発準備を整える。
回復薬各種よし、装備の耐久よし、野営用テントよし、暇潰し用の本よし、あとは……
……うむ、準備はOK。
という訳でアインスベルを目指していざ、出発!
◇
最初の街ヤヌルカを出て南東へと進む。
一応今いる大陸は左を向いて吠えている犬の頭のような形をしており、ヤヌルカはその犬の口の先あたりにある小さな島である。そしてアインスベルは南東方向へと進んだ先にある。
直線的に行こうとすると途中に村がないため、どこかで野営をする必要がある。
ここでどこかしらの村でセーフゾーン解放イベントをしていると安全に野営が出来るのだけれど、先を急いでこのイベントをスルーすると魔物の湧く危険な中で野営をしなければいけなくなる。
まあこれはパーティーを組んでいれば交代で見張りをすれば済む話でもあるので、レベル上げにもなるし特に問題なしと捉える人も多いそうな。
ソロだったり、戦闘に自信のない人はセーフゾーンもしくは村に泊まりながら進む、といった感じらしい。
私はというと、今回は村へは寄らずセーフゾーンでテントを張りながら野営していくスタイルで行こうと思う。
というのも椅子を受け取りに行った際に、珍しい物を作らせて貰ったお礼ということでダニエルから竿受けを貰ったんだよね。
未だに一度も触れていない〈釣り〉スキル。
折角なのでこの旅の途中で一度くらいはやってみようかな、と。
そして釣りの出来そうな小さな湖が、この先にあるセーフゾーンの近くにあるという訳です。
今となっては余裕で叩き潰せるようになったワイルドドッグを横目に湖へと歩みを進める。
林の中にある、木々が開けた場所にひっそりと存在する小さな湖。
周りを木々に囲まれているからか、それともアインスベルに向かう街道からは大分逸れている所為か、他のプレイヤーの姿は見えない。
これ幸いと早速釣りセットを準備する。
と言っても椅子を出して竿受けに釣竿をセットするだけなのだけれど。
………。
あー…釣り餌忘れたわあ
…いや、このままでも釣れるのでは?どうかな?ダメかな?
まあ忘れてしまったものは仕様がない。とりあえず何も付けずにそのまま釣糸を垂らしてみよう。
というか雑貨屋の婆様が言っていた通り、この釣竿は針と糸が付いたただの棒である。糸を巻くやつもなけりゃ、竿が伸縮したりもしない。本当にこれで魚が釣れるのか甚だ疑問ではある。
まあ釣れたらラッキーくらいの感覚ではあるので、釣竿をセットしたらそのまま本を開いて読書タイムである。
これは街を散策していたときに見つけた古本屋で買ったものである。
絵本から雑学本まで雑多な本が所狭しと並べられていて中々面白かったので、また気になる本を発掘しに行きたい。
図書館の本は残念ながら貸出はしていなかったので、古本屋を見つけられたのはラッキーだった。
「………。」
あー…コーヒー飲みたいなぁ。
どちらかというとこの世界は紅茶が主流らしく、ヤヌルカの街ではコーヒー豆は見つけられなかった。
レイネ村の婆様が出してくれたコーヒーは一体どこで手に入れたものなのか聞いておけば良かった。
とこんな感じで釣りのかたわ…いや、読書の傍らに釣りをしているけれど、実はすでに3匹ほど釣れている。
トラウとカルプという、まあ鱒と鮒なんだろうなという魚が釣れた。
最初は何も考えず読書を始めてしまったのだけれど、途中でふと「あっここ安全地帯じゃないわ」と思い出してあわてて〈気配察知〉と〈気配希釈〉を掛けたところ、ポコポコと釣れるようになった。
ついでに〈集中〉スキルも意識するようにすれば読書の効率まで上がる。
これはスキルのレベル上げにとても良いかもしれない……!
ほくほくした気分で釣りと読書を続けていると、何かが〈気配察知〉に引っ掛かった。
〈気配希釈〉も掛けているからかここまで魔物は近付いて来なかったけれど、ついに出たか?と思い警戒していると、ガサガサと音を立てて現れたのは一人のプレイヤーだった。
何で一目でプレイヤーと分かったのかといえば、格好がスポーツキャップに青いシャツ、オレンジのベストにカーゴパンツという「あ~釣り人って言ったらそんなイメージ~」みたいな格好だったからである。というか実際釣竿も背負ってたし。
「あっどうも!ここで別の人に会うの初めてっス!どうっすか?釣れてます?あっオレは“浜助”って言います!ヨロシク!」
元気な青年である。というか声がでかい。
「うるせぇ、もっとボリューム下げろ」
耳を伏せながら文句を言うと、
「アッすいません!魚逃げちゃいますよね!申し訳ないッス!オレあっちで釣りますんで!何かあったら言って下さいッス、オレ釣りスキルだけはめっちゃ上げてるんで!じゃ、失礼するッス!」
ニカッとした笑顔でサムズアップしながら青年は去って行った。
とは言ってもこの湖は小さいので、普通に視界には入っている。
青年は近くにあった岩の上に腰掛け、やたらゴツい釣竿に何かキラキラしたものをくっ付けていた。
あれは確かルアーって言うんだっけ?と思いながらも別段興味もなかったので、再び読書の世界へと潜っていく。
その後つい読書に熱中し過ぎて釣竿がガタガタいっているのを放置してしまったり、近付いてきた魔物を倒しに行って帰ってきたら釣竿が半分沈んでいて慌てて引き上げたりと多少問題はあったかもしれないけれど、魚は沢山釣れたので満足です。
あとはセーフゾーンに移動して野営の準備をしようかな…と思ったのだけれど、折角だしここで何匹か味見してみるのも悪くないかもしれない。
水場があって片付けも楽そうだしね。
………。
……あー魚の丸焼きってどうやるんだっけ?
いや待って欲しい。私は別に料理が出来ないわけじゃないよ!ちゃんと家でも毎日じゃないけど、料理してるよ!?
たた魚を捌いたことがないだけだからね!?本当だからね!?
と謎の言い訳をしつつ、魚片手に悩む私。
ふむ、今までは切り身しか扱ったことがないのでこれは悩む。前にテレビで見た鮎の塩焼きは、何か鮎をぐねっとさせて細い棒を刺していた気がする。あっ塩もないな…?
そもそも料理スキルも取ってないしなあ…と思いながらその辺に落ちていた木の枝を湖で洗っておく。
そして魚をどうぐねっとさせたらいいのか分からなかったので、取り敢えず口から枝をぶっ刺し、隣に作った焚き火の上に置いてみた。
「ちょお~~~っと待っったあ!!!」
「あン?」
焼けるまで待つか…と椅子に座ろうとした所、奥の方から釣り人の青年が凄い勢いで走って来た。
「ちょっお兄さん、さっきから何やってんスか!!」
「あ"ぁ?何って魚焼いてんだろが」
「いやそうですけど!そうじゃなくって!何でなんの下処理もせずに、しかも火の上に置いてんスか!?てか塩は!?何もかけてなかったスよね!?」
「チッうるせェな…。だったらテメェがやれよ」
「もう!さっきっていうかここ来てからずっと気になってしょうがなかったんスけど!?魚掛かってんのに気付かないわ、どっか行っちゃうわ!しかも食べるのかと思いきや調理適当過ぎだわって!もお~~~!!!!」
青年はキャンキャン文句を言いつつもテキパキと魚を捌き始めた。どうやら本当に作ってくれるらしい。
そしていつの間にか青年が釣ったと思しき魚も紛れ込ませつつ、美味しそうな焼き魚が完成した。
「へぇ、悪くねェな」
「でしょ!?ちゃんと調理した魚旨いっしょ!?だからちゃんと覚えてね!?」
「めんどくせェ」
「もおぉ~~~!!」
聞けばこの青年、基“浜助”はリアルでの釣り好きが高じて、こうしてゲームの中でも釣りをエンジョイしまくっているらしい。というかほぼ釣りしかしていないらしい。
リアルでは中々行けない磯釣り・海釣り・船釣り・渓流釣り何でもござれ!な上にゲームならではの魚まで釣れるとなれば、やらない訳がない!と。
とはいえ釣り場=安全地帯という訳でもないし、珍しい魚を釣りたければ勿論強い敵が出るであろう場所にも行かないといけないので、ある程度は戦闘も出来るとのこと。
「まあそれでもどっちかと言えば逃げ足の方を鍛えてるんスけどね」
へへっと照れ臭そうに笑う姿はどこか少年っぽさがある。
「ジュカさんはリアルでも釣りするんスか?」
「いや、やらねェな。こっちでやるのもただの暇潰しだ」
「そうなんスね~。そういやオレの知り合いにもただ静かな環境の中で釣り糸垂らしてるのが好きって奴もいたかも」
「まァそんなとこだ」
「てか、ずっと聞きたかったんスけど……」
どうやらこの浜助くん、実はディレクターズチェアがずっと気になっていたらしい。
彼も今まで釣り用の椅子を探してきたらしいが、どの街の家具屋へ行っても野外で使うという椅子は無かったらしい。なので私が家具職人に直接注文したと聞くと「その手があったか!」ととても悔しがっていた。
あまりの悔しさからか床ドンまでしていたので、焼き魚のお礼にダニエルの店の場所を教えると「早速行ってきます!」とフレンド申請を投げつけ、承認も待たずにそのまま走り去って行ってしまった。
まあ悪い奴ではなさそうなので、取り敢えず申請は承認しておいてあげよう。
……というか足めっちゃ早いな。
浜助の信条「釣り好きに悪い人はいないッス!」




