11.家具職人 ダニエル
街の南にある商業区をブラつくことしばし。
ふと目の前に住人が営む雑貨屋らしき店を発見した。
中を覗いてみるとポーションや携帯生産キット、他にもスコップやロープなどが置いてある。どうやら冒険や生活に必要な小物を取り扱った店らしい。
店はそこまで広くなく、コンビニと同じくらいかなといった印象。ぐるりと店内を見渡せばその内買おうと思っていた釣竿も置いてあった。
「コレを頼む」
「おやまぁ、ありがとね。でもいいのかい?これは見ての通り簡単な作りだから大した魚は釣れないよ?」
「別に構やしねェよ。ただの暇潰しだ」
「ほほ、そうかい。まぁ簡単な作りな分壊れにくいからちょうどいいかもしれないねぇ」
「十分だ」
店番をしていた婆様と言葉を交わし、釣竿の代金を渡そうとしてハッと気が付く。
(釣りってゲームでも現実でもほとんどやったことないけど、普通立ってやるものなんだろうか…?)
釣りといえば長丁場、みたいなイメージがあるんだけれどどうなんだろう。
座ってやる?地べたに?立ってやる?長時間も?このジュカが?
うーーーん……
ないかな。
「なァ、この辺に椅子を売ってる店はあるか?」
「椅子かい?テーブルとセットのやつかねえ」
「いや、釣りをするときに座るやつだ」
「ほっほっ。そんなのその辺の石にでも座ってやりゃあいいさね」
「フン、悪いが育ちがいいもんでね」
「へぇそうかい、そりゃ失礼したねぇ………っておやまあ、よく見りゃとんだ色男じゃないか。ふむ………こりゃいい店を紹介してやらないとねぇ」
最初は適当にあしらわれていたが、ジュカの顔を見た途端に態度が変わった。どうやらこの顔を婆様はお気に召したらしい。娘さんの旦那がやっているという店を教えてもらい、店を後にする。旦那さんの店自体は小規模らしいが、家具作りの腕は確かだとのこと。楽しみである。
「ここか」
辿り着いた店は雑貨屋から結構離れていて、街の東側にある住宅街のすぐ近くにあった。
特に店の前に家具を飾るでもなく、ドアに小さなプレートが掛かっているのみ。教えられていなかったら普通に素通りしていたと思う。
チリンチリンとドアベルを鳴らしながら店に入ると、奥で一人の男性が作業している所だった。
「おう、いらっしゃ───────誰だ?」
「あ?客だが」
「いや、あーーー……あっ!もしかしてあんた巡り人か?」
「そうだが?」
なんだなんだ、もしかして巡り人相手には商売しないとかそんな感じか?
思わず眉間に皺が寄る。
「いや悪ぃ悪ぃ!うちはこんな隅っこにあるし店だってわかりずれぇだろ?だから客ってーと街の奴らばっかりでよぉ。ご新規さんなんざ滅多に来ねーんだわ!」
ガハハ!と豪快に笑いながら謝ってきたこの男は、婆様の娘婿であるダニエルである。
街の住民をメインに商売しているからか、新しく家具を作るよりも壊れた家具の修理やリメイクなんかを主な仕事としてやっているらしい。
雑貨屋の婆様の紹介で来たと言ったら、ジュカの顔をじっと見た後「確かにあのばーさんの好きそうな顔だ」と言って納得していた。
「で?今日は何が欲しいんだ?」
「椅子」
「椅子ぅ?暖炉の前で寛ぐ用とかか?」
「いや、釣りをするときに座るやつだ」
「はあ?釣りってあの釣りだよな?」
釣りをするときに椅子に座るというのはそんなにおかしなことなんですかね…?
そう思いダニエルに尋ねてみると、そもそもこの世界にのんびりと釣りをするような人の方が少ないらしい。
確かに考えてみればここはモンスターの蔓延る世界。街の外=危険地帯なのである。そんな中でのんびりと長時間も座っているというのは普通に自殺行為なのだとか。
じゃあそもそも釣竿は一体どこで使うのかと言えば、街や村の中にある池や湖、海沿いの街ならば堤防沿いなどで使うものなんだとか。その時はその辺の石や丸太、或いは地べたに直接座ってやるものなので、態々椅子を用意してまで釣りをする人はいないそうだ。
そもそも釣りの目的が「おかずを一品増やすため」だったりがほとんどなので、サッと釣って釣れたらすぐ帰る、みたいな感じらしい。
などとこの世界での釣り事情を聞いた所で、取り敢えずどんな椅子があるのか見せてもらうことになった。
ダニエルの店自体は小さいけれど、店の裏にある倉庫は修繕予定の家具などが置いてあるため結構広い造りになっていた。
倉庫にはソファからタンス、ベッドにテーブルまで様々な家具が置いてあったが、私が求めている“野外でも使えそうな椅子”というものは置いていなかった。
「………ねェな」
「あー……まぁなあ。そもそも外で椅子使う奴なんざいねぇからな」
「ハァ、無いならいい。邪魔したな」
「……ちなみにどんなのが欲しかったんだ?」
義母からの紹介で来た客をそのまま帰すのも忍びなかったのか、そんな言葉をかけられた。
あんまり手間を掛けさせるのもな…と悩んだものの、折角なので欲しかったもののイメージをメモに描いて見せてみる。
描いたのは所謂“ディレクターズチェア”と呼ばれるもので、木の枠組みにキャンバスを張った折り畳み式の椅子である。
木と布で出来ているので勿論軽さもあるが、これならこの世界にあってもそこまで違和感はなさそうというのが主なチョイスの理由である。
「へぇ、珍しい形だな……ここは何でこんな形に?……ほう、ここが動くと畳めるのか!ふむふむ………」
メモを見せると、嬉々として検分し始めた。
店の仕事内容的には修理やリメイクが主ではあるものの、元々自分の手で何かを作り出すということ自体が好きらしい。今までにない構造の椅子の作りに興味津々である。
「な、なあ!これ俺が作ってみてもいいか!?」
「べ、別に構わねェが……」
メモを今にも引き裂かんばかりの勢いで握り締めながら眼前に迫られ、思わず身を引きながらも何とか頷く。
「よっっしゃあ!!一週間………いや、3日で完璧に作り上げてみせるぜ!任せてくんなぁっ!」
何だかよく分からないが、とりあえず椅子は作ってくれるらしい。
今すぐにでも作業に取り掛かりそう……というか既に作業を始めてしまっているんだけれどどうするのコレ。もう帰ってもいいのかな?
とりあえず3日後にまた来ればいいだろう、ということで店の方に足を向ける。するとガチャッとドアを開けて一人の女性が入って来た。
「ちょっとアンタ!店放ったらかしにしてどっか行くんじゃないって何度言ったら……」
怒り心頭といった雰囲気の女性と目が合う。
「あっあらやだ!お客さんかい!?やだねぇ、もう恥ずかしいとこ見せちゃって!!アラよく見たらえらい色男じゃないか!ますます恥ずかしいじゃないのさ!ちょっとアンタ!なんで最初からアタシを呼ばなかったんだい!まったく。さあさあこんな所で立ち話もなんだからね、向こうにお茶でも用意するわさ。注文はもう済ませてるのかい?ああそうだ注文書の用意もしなくちゃね。どうせあの人はそんなもん用意しちゃいないからね。まったく困った旦那だよ!あんたもそう思わないかい?」
怒濤のマシンガントークに呆然としている間に、気が付いたら店側の商談スペースのような所でお茶を飲んでいた。いつの間に。
このご婦人は名前をマルゴットと言い、まあ予想通りダニエルの奥さんである。ジュカの顔をやたらと気に入っている辺り、あの婆様と確かな血の繋がりを感じる。
そしてこの店は基本的に家具の修理などの作業面は旦那であるダニエル、そして事務仕事全般を奥さんであるマルゴットが担っているらしい。
「そうそう、そうなんだよ!あ、あとこれは最近小耳に挟んだ話なんだけどね……」
果たしてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか……
この止まらない会話、ちょっとうちの母と通じるものを感じる。こういう時は適当に相槌を打ちながら頷いておくのが吉である。下手に聞き返すと時間がさらに倍になってしまうので…。
しかしこの時間もまったくの無駄とも言えない。
会話内容は主に近所の噂話ではあるけれど、この世界の常識も何も知らない私からしてみればどれも興味深い話ばかりである。
中にはこの街の神殿長であるセレスティーノ様に対し、この街に住む凡そ9割のマダムたちがファンである、何て話もあった。いやどんだけ。セレスティーノ様がこの街に就任されたのは30代を過ぎた頃だったらしいけれど、それでも異例の若さだったらしく当時はその美貌も相まって非常に話題になったんだそうな。
他にもこの街は小さな島の上に造られているということもあり、実は街で暮らす人数の上限が決まっているらしい、とか。そもそもこの街自体が巡り人の為に造られた街であるため、宿泊施設や貸し店舗などはあっても永住するにはかなり厳しい審査があるのだとか。
それでも街の治安はこの大陸で1、2を争うくらいに良いらしいので、永住を希望する住人は後を立たないそうだ。確かに言われてみれば、他のゲームでは大きな街になると大抵貧民街やスラム街などの地域があったりするものだけれど、この街でそういった場所は聞いたことがないかもしれない。
あとはダニエル夫婦には息子が一人いるらしく、その息子は次の街であるアインスベルで暮らしているらしい。
「あの子もねえ、アインスベルで店をやっているんだけどちっとも帰って来なくてねぇ。まあ同じ店を持つ者としては長く店を空けるってのが難しいのも分かるんだけど、やっぱりちょっと寂しいわよねえ」
ふうっと片手を頬に当てながらため息を吐くマルゴット。
まあこの店も休めない訳ではないそうだけど、仕事の内容的にすぐ終わるものもあれば数ヶ月掛かるものもある。なので常に何件かの依頼を受けている状態らしく、お客様の家具を預かっている状態で店を空けることに抵抗があるとのことで中々息子さんの所へ遊びに行くことも難しいらしい。
「まぁこんなこと言ってもしょうがないさね!もしアインスベルに寄ることがあれば、あたしの代わりに息子の顔を見てやっておくれ」
「…気が向いたらな」
「はっはっは!それで十分さね!」
そう言ってマルゴットに背中をバシバシ叩かれながらも、ようやく終わった会話に安堵しつつ店を後にした。
旦那のダニエルといい、何かと豪快な夫婦である。
(それにしても……)
会話、というか対応にまったく違和感がなかったな……
改めてこのゲームのAIの性能の高さに感心しつつも、再び夕暮れに染まり始めた街中をゆっくりと歩くのであった。




