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Add. 在位一周年記念の夜会にて 2

 伯爵令嬢として夜会に参加していたメルヴィの前に、セレナがいた。

 かつて王子の婚約者に選ばれ、王城で王妃教育を受けながらほとんど身につかなかったあのセレナが、背筋も伸び、少しも臆することなくこの夜会に参加していた。

 しかしメルヴィに気がつくと、

「メルヴィ様」

 自分の名を呼んで少し早足で歩いてくる辺りから徐々にほころびが見え始め、メルヴィの方がヒヤヒヤしてしまった。


 仮にも公爵夫人だ。メルヴィは先に礼をすると

「お久しぶりでございます」

と言ったとたん、セレナの方がより深く礼をして

「お久しぶりでございます」

と繰り返した。

「やだわ、あなた公爵夫人になったのだから、もっと堂々と」

「だって、メルヴィ様は私の先生ですから。敬意を払うのは当然でしょ?」

 にっこりと微笑むセレナにとって、爵位など関係ないのだろう。

「今日のドレス、よくお似合いですわ」

 メルヴィが褒めると、

「エヘヘ。センスのいい旦那様のおかげ」

 そっとスカートの裾を上げると、踵が低い靴を見せた。

「かっこつけるところと、楽できるところを見極めればいいって。これだけでずいぶん楽で、他のことに集中できるんですよ」

「噂には聞いていましたけど、ずいぶん仲がよろしいんですね」

 否定せず、ニコッと笑うセレナに、やっかみのない、純粋なうらやましさを覚えた。


 そこへ

「馬子にも衣装じゃないか」

 いきなり失礼な言葉を投げてきたのは、セレナの元婚約者の王子ヘンリだった。メルヴィは少し怯えた表情を見せ、セレナはそれを察してヘンリとメルヴィの間に立った。

「ヘンリ王子にはご機嫌麗しく」

 さらりと礼をするセレナにヘンリは少し驚きながらも

「やればできるんだな」

と、皮肉交じりに評価した。隣にいるヘンリの新しい婚約者も、扇で口許を隠しながら品定めするように目を細めている。

「王城に来るにはそれなりの格好が必要だと言うこと、ようやく理解できたようだな」

 まるで婚約を解消した時の自分の言葉が正しかったとでも言わんばかりに、セレナに言葉を投げかけたが、セレナは全く気にする風もなく、

「おかげさまで。私が至らなくても、夫にお任せすれば全て整い、わからないことは何でも教えていただけますので、安心して夜会に参加することができました」

と笑みを崩さなかった。


 気がつくと、傍にセーデン公がいて、セレナはセーデン公の腕を取った。

 父を見て、ヘンリは慌てて礼をした。

「父上…。お元気そうで何よりです」

「ヘンリも息災なようだね。…そちらは?」

「私の婚約者のハルハーゲン侯爵令嬢です」

 令嬢は美しい礼を見せ、

「アマンダ・ハルハーゲンです。閣下にお会いできましたこと、大変光栄に存じます」

 口許をきゅっと引き上げ、セーデン公を必要以上にじっと見つめて笑う姿に、セーデン公は自身の腕を掴むセレナの手にそっと手を重ねた。そして

「ヘンリのことを、よろしく頼むよ」

とだけ言うと、ハルハーゲン令嬢から目をそらせ、笑みを消してヘンリを見やった。

「このような祝いの場で、人の妻を悪しく言うのは感心しないな。…例え身内であってもね」

 穏やかな口調ではあったが、セーデン公がこのような場で注意を促すのは極めて珍しかった。

「おまえは完成したものを愛でる方が好きなのだろうな。私なら、身なりを注意するより、私の手で身なりを整え、愛する者が喜ぶ姿を楽しむのだが」

 そしてヘンリからセレナへと視線を動かすと、自分好みに美しくなった妻に満足げに微笑みを見せた。セレナも頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。

「君が私の仕立てた聖女の服を着て、王城に来る姿を見てみたかったな」

「もう聖女じゃありませんから!」

 照れながらセーデン公に微笑むセレナには、この華やかな場に何ら引けを取らない美しさがあり、自分にはあんな風に誰かを変える力はあっただろうか、と、ヘンリは何とも言えない敗北感を味わった。

 そばにいただけのメルヴィさえ、前王、セーデン公が今なお王であったなら、ためらうことなくお仕えしただろうと思った。


「ハールス嬢、すまないが少し休みたいのだが」

 セーデン公の申し出を受け、メルヴィはセーデン公とセレナを王族専用の控室に案内した。

 セーデン公はセレナとメルヴィをヘンリから遠ざけるためにあえてメルヴィに案内を頼んでいた。

 しばらく妻の相手をしてほしいと言われ、メルヴィは久々に気取らない口調でセレナと話をすることができた。


「そういえばあなた、聖なる力、本当になくなったの?」

「そりゃもう、聖堂でちゃんと測ってもらいましたからね。いっちばんすっからかんの時に、念入りに朝の祈りを女神様にフルチャージした後ですよ、力が残ってる訳ないじゃないですか」

 あっさりとネタバレされて、メルヴィも驚いたが、セレナは薄い笑みを浮かべた。

「正直に言うと、もう針を刺した傷さえ治癒できません。力が残っているとしても、ささやかなものです。…メルヴィ様も、聖堂を離れたくなったらお試しください。なかなかすっからかんにするほどの祈りを捧げる機会はないですが…」

 そう語るセレナは、力をなくしたことを少しも悔やんではいなかった。

「年金はどうしてるの?」

「一応、八年は勤めましたからね。ありがたくいただいてます。三カ月は年金で暮らして、今は西の聖堂と養護院に寄付してます。聖女の服だって、年に一回は新調してもらいたいじゃないですか。あんなバカ王子にバカにされてるのも癪だし」

 平気そうにしていても、実はセレナも服のことを言われて悔しかったのだと知り、メルヴィは、自身が恥ずかしくなった。

「私も悪かったわ。…あなたに王城へ行くための服くらい…」

「いいえ」

 謝るメルヴィにセレナは

「あなたから施されると、私も立場がなかったですから。教育係になってくれた、それだけで充分です。私は今でもあなたこそ王妃に向いていると思ってるんですからね」

 そう言って、あの時と変わらない、気取らない笑みを見せた。



 まるでセレナが予言したかのように、その二年後、メルヴィはクストに望まれ、ヴェーナ王国の王妃となった。

 そしてその子供が王太子となり、やがて王となり、ヴェーナ王国を繁栄に導いていくのだが、それはまた別のお話…。





2022.9.25

多くの方にお読みいただき、ありがとうございます。

元々番外編を書いていたのですが、筋が気に入らず、没。

それとは別に、ふらりと書いてみたこっちをふらりと載せてみることにしました。

たくさん読んでくださり、ありがとう記念。


ずっと思っていたのです。

 ヘンリ、王子のくせに文句ばっかり言ってないで服ぐらい買ってやれよ、

と。

買う気がないのは、気が利かないのと、モテないのと、セレナが嫌いだから。


セーデン公は、病がなければガゼボでの茶会の後にでも聖女の服を送ってたのではないか。

そこに愛があってもなくても、ふらりとそんなことができるオジサマは、

周りのことにもよく気が付く、素敵な王様だったに違いない。

きゃー!王様、かっこいー!


…という妄想が生み出した追話です。


誤字ラ出現、ご連絡ありがとうございます。

誤字とさえ言えない、あほ間違いも鋭くご報告ありがとうございます。


2022.9.26 

2位をいただきました。

ありがとうございます。


こんなに読んでいただいている最中も、あちこち修正・変更してます。

一番の決め台詞まで、バタ臭さを感じて修正しようとは。


何分いろいろと未熟者故、ご容赦ください。

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