Episode 32
--浮遊監獄都市 カテナ 第二区画 デンス 第一階層
■【印器師A】ハロウ
【印器師】という【犯罪者】は、【リッパー】や【偽善者】という今まで私が経験してきたものよりも、どちらかと言えば【食人鬼】に近いような【犯罪者】だった。
といっても、外部からコストを持ってくるタイプではなく、自身でコストを生み出すタイプの【犯罪者】ではあったのだが。
このゲームには使う事は稀、というか【犯罪者】によっては使う事すらないMPという概念が存在する。
例えば、マギの【薬剤師】のように薬を生み出したりだとか。
例えば、メアリーの【加工師】のようにアイテム生産時に使うスキルに必要だったりと、基本的には生産職くらいしか使わないもので、私も私で視界の隅にずっとあったものの使った事はなかった。
【印器師】はそのMPを使い、【洋墨】……つまりはインクを生成し使用する。
【洋墨生成】というスキルで生み出したインクは初心者キットの中に入っていた印章用インクと同じようなもので、それを使う事で印章、もしくは印器の印の効果を発揮することが出来るもの。
これがない限り、【印器師】の他のスキルが使えないためコストが必要だと判断したのだ。
「いやぁ、楽になったねぇ。近い所から飛んでくる支援ってのはいいものだ」
「私もこんな使い方が出来るとは思わなかったわ。意外と良いわね」
他にどんな性能のスキルがあるのだろう、そう考えシェイクスピア相手に戦っていた時に見つけたのが【印器乱舞】。
選択した対象……敵味方関係なく選べる対象に対し、選択した印章、印器で無理やり捺印するというスキル。
使用した瞬間に、自身が作った印章が独りでに宙に浮いた時は驚いたし、それがCNVLの方へと飛んでいきCNVLの方も驚いた。
そして印章の効果も発揮され、2人とも更に驚いた。
「これ、印器も対象だから……それこそ小さめのトンカチみたいな印器を作っておけば……」
「スキルのCTにもよるけど、相手にデバフ撒きながら味方にバフ撒けるわね。しかも前衛で戦いながら」
興味深い、といえばそこまでだろう。
しかしこれの使い方さえ何とか覚え応用まで出来るようになれば、戦術の幅が広がるというレベルではない。
残念なのは、無機物……それこそ武器に対して捺印ができないことだろう。
「ん、5レべにはなったわね」
「おけー。メアリーちゃんとマギくんもログインしてるっぽいし、ちょっとみんなで集まるかい?」
「いいかもしれないわね、ゾンビ系の素材も集まったし……CNVLの手が空いてる今にちょっと何個か印器用のトンカチ作ってもらいたいし」
「了解了解、じゃあいつもの工房に集合でいこう。チャット送っておくよ」
「ありがと、それじゃさっさと終わらせましょう」
そんなことを言いながら、彼女は異形と化した腕を振るい周りのアクターゾンビごとシェイクスピアへと攻撃を行っていく。
以前は苦戦した相手ではあるものの、今ではこのように話をしながらでも倒せる程度には私達の練度や装備の質も上がったということだ。
程なくして。
特に苦戦するような場面もなく、私達はシェイクスピアを討伐した。
MVPはいつものようにCNVLで、『シェイクスピアの腕』というアイテムを手に入れていたが……本人はそこまで(味的に)好きでは無いらしく微妙な顔をしていた。
私は炯眼が2個目になったため、両目につけておくことにした。
「よし、じゃあこのまま向かおうか……って目ぇ赤いな君」
「あ、やっぱり?2個目出たから両目につけてみたのよ。どう?」
「鮮やかな赤色だねぇ。良い色」
適当な事を言いながら、私達はそのまま入口へと戻り第二階層のキングス工房へと向かった。
私達の事を知っているプレイヤー達がさっきから一体何をしているのか聞きたそうにしているが、それに答える義理もないし……それにある程度の実力があるプレイヤーは私の恰好を見て察しているようなので、程なくして広まるだろう。
どれくらいの大きさ、形、数にするかをCNVLに伝えつつ歩いていると工房が見えてきて。
その目の前にメアリーとマギの2人が待っているのが見えた。
メアリーの前には今まで見た事のないほどに巨大な弓……バリスタのようなものが置かれており、あれが彼女の作っていたものなのだろう。
攻城兵器を持ってくるとは思っていなかったため、それを見た時少しだけびっくりしたものの、すぐに微笑を浮かべながら彼女たちへと声を掛けつつ、パーティ申請を投げる。
「ごめんなさい、遅れたわ」
「大丈夫です、そこまで待ってないですし」
『わぁ、ハロウ目赤いね!(゜д゜)!』
「あは、さっきまで2人でシェイクスピアをずっと狩ってたんだよ。それの副産物だねぇ」
そんなことを話しつつ。
CNVLにはトンカチを作ってもらいながらにはなるのだが……私達はこれからの【決闘者の墓場】、そのボスであるグレートヒェンとファウストに対する攻略法を考える話し合いを行う事にした。
といっても、バリスタや私の【印器師】という前までにはなかった要素も存在する。
次は何とかなるだろう、楽観とも言うがそれくらいの気持ちの方がまだマシだ。




