閑話 届いた言葉
再生暦5014年
桐生奏多――20歳
桐生宙――12歳
天崎李生――18歳
「兄さん、手紙来たよ」
出かけていた宙が帰ってきて、奏多の自室の扉を開けながらそう言った。机に向かって書き物をしていた奏多は、振り返って首を傾げる。
「手紙? 誰から?」
「それが、差出人の名前どころか宛先もないんだ。さっき外で手渡されたんだよ、兄さんにって」
「なんだそれ」
奏多は苦笑しつつ弟から手紙を受け取り、その封筒の裏表を確認する。何の個性もない白の封筒には、確かに宛先も差出人も書かれていない。
封を切ると、中には便箋が一枚。これもまた無個性な無地の便箋だが、びっしりと文字が書かれていた。兄の手元を覗き込んだ宙が眉をしかめる。
「うわ、何書いてあるのこれ?」
読めるはずもない。てんでばらばらに並べられた文字と数字。とても意味を成しているようなものには見えなかったのだ。
だが奏多は大きく目を見張った。慌ててメモ帳を破り、便箋を見ながら何かを必死に書いていく。あまりのことに口を挟めなくなった宙は、黙って兄の作業を見守っていた。
その手紙は暗号で書かれていたのだ。幼いころに奏多が遊び半分で創り出した暗号。それを使えるのは、奏多の他にもうひとりだけ――。
『桐生奏多さま
俺のことを覚えておいでだろうか。
天崎です。
十年前は、訳も言わずに姿を消してしまってすまなかった。
事情はもう把握しているだろう。
父は……亡くなったのだろうな。
その分を奏多たちに背負わせてしまったと思うと、
心苦しくなる。
俺は今、玖暁にいる。
母も元気だ。
色々あったが、ようやくこうしてお前に
手紙を送れるくらいにまで落ち着いた。
警戒して彩鈴経由で手紙を出したが、
まあ、お前以外にこの暗号が解けるはずもない。
お前が忘れていないことを願う。
いつ会えるかは分からないが、
きっとまた会えるだろう。
騎士団長と宙によろしく。
この言葉が、お前のもとへ届きますように』
「李生……!」
奏多のつぶやきに、宙が驚いたように目を見張る。
「李生さんて、昔隣に住んでた?」
「そうだよ宙、李生だよ! 李生からの手紙だ!」
この日をどれだけ待ちわびたか。李生は奏多の予想以上に、奏多のことを覚えてくれていた。だって、こうして奏多の家の住所を覚えているくらいなのだ。いっそおかしな記憶力だ。
便せんの最後にはこちらも暗号で、李生の住所が書かれていた。玖暁の皇都、照日乃だ。
暗号を使い、なおかつ彩鈴を経由して手紙を送るなど、昔の慎重さに磨きがかかっているようだ。
十年。長い月日だ。
もうあのころとは違う――宙も成長し、奏多は騎士団に所属するようになっていた。李生は遠い玖暁の大地で何をしているだろう。
玖暁では皇が替わった。悪政皇と呼ばれた真崎から、その息子である双子の皇子が即位したのだ。その圧倒的な国民の支持率、卓越した手腕。戦う相手としては厄介であるが、むしろ奏多には喜ばしいことだ。先代の真崎よりも、現皇のほうが話が通じるに決まっている。彼らなら、こちらの言葉に耳を傾けてくれるだろう。
いつの日か戦争が終わるように、奏多は最大限の努力をするだけだ。
「嬉しそうだね、兄さん」
宙の言葉に、奏多は微笑んだ。
「嬉しいよ、勿論」
奏多は急いで、李生への返事をしたためはじめたのだった。




