あの日僕らは3
その翌日になって――あの特務師団本部での火災は不慮の事故であるという報道がされた。
火災による死亡者はなしとされたが、実際は十名ほどの死者が出たという。
その中には、李生の父である天崎の名があった。
特務師団は貴族たちと結託して、貴族が個人として彩鈴から仕入れた情報を受け取っていたらしい。そこには、玖暁から伝わってきた『神核の複製』なる資料があった。それがあれば、限りある神核が枯渇するという事態を避けることができるが、特務師団が民衆のためにその技術を使う訳がない。まず間違いなく、玖暁との戦争に導入されるだろう。そうなれば今まで以上の死傷者が出るに違いない。
だから天崎は、それを阻止しようとしたのだ。太古の英知の結晶である神核の複製など、古代人への冒涜に他ならない。かつその技術を大量虐殺に用いるというならば、そこに義はない。そうして天崎は単身で行動を起こした。深夜、特務師団本部に潜入したのである。
最優先すべきは、神核複製技術に関わる資料の抹消。余裕があればそれを持ち帰り、特務師団と貴族の裏取引を明るみに出す。そういう考えだったのだろう。
特務師団と貴族の繋がりに明確な証拠がなく、騎士団内部でも極秘事項となっていた案件である。騎士団長の桐生が心から信頼し、またいざという時ひとりで対処できるだけの腕を持つ天崎が、単身動くことを決めたのだ。
潜入して資料を手に入れた天崎だったが、予想以上にその規模は大きかった。とても持ち出すことなどできず、そうしている間にも特務師団が迫ってくる。だから天崎は決めたのだ。
自ら炎の神核を使い、特務師団と自分自身を道連れに資料を焼却することを。
半ばそうなることを予想していた天崎は、妻と息子を青嵐から脱出させた。事の首謀者が自分であると分かれば、必ず家族にも罰が下る。それを避けるために。
だから、もう二度と奏多は、李生に会えない――。
「……なんで、なんで李生の父さんじゃなきゃいけなかったの!? なんで死ぬ前提でそんな作戦をしたの!? おかしい、おかしいよ……!」
奏多は何度も父にその言葉をぶつけたが、一番納得できていないのは父であるというのもまた奏多は分かっていた。おそらくこのことは天崎が決めたのだ。天崎という騎士団の幹部を失ってでも、騎士団は特務師団のたくらみを阻止するという、明確な意思表示だ。これ以降、おそらく特務師団も滅多な手は打ってこないだろう。そうなれば青嵐の軍部の瓦解が目に見えている。彼らが望むのはあくまでも敵国に勝つことであり、自国の崩壊ではなかった。
国外脱出した李生とその母親は、まず間違いなく彩鈴経由で玖暁へ行っただろう。青嵐と玖暁の国境である天狼砦を、民間人が突破するのは至難の業である。その点、中立国の彩鈴へ行けば玖暁へ簡単に行ける。彩鈴に残らないのは、あの山岳地帯の国での生活がなかなか厳しいと思われるからだ。
李生はいつか青嵐に帰ってくるだろうか。――いや、きっと今のままでは帰って来られない。こんな緊張状態にある状態では無理だ。両国が戦争をやめ、国交が回復しなければきっと――。
「李生兄ちゃん……」
宙がぽつりと呟く。奏多はそっと弟の頭を撫でてやりながら言う。
「李生は遠くに引っ越しちゃったんだ。……でもきっとまた会えるよ」
「ほんと?」
「ああ、ほんと」
その時がいつになるかは分からないが、少なくとも明日明後日の話ではない。宙はそれまで李生を覚えているだろうか。
李生との思い出話を、宙に聞かせてやろう。李生がしてくれたこと、言ってくれたことを宙に語って聞かせよう。お前にはもうひとり兄がいたんだってことを、詳細に。そうすればきっと――李生と再会できたとき、宙も喜べる。
そのうえで自分は騎士になろう。父と一緒に、この歪んだ争いばかりの世界を立て直すんだ。それがきっと、天崎の命を背負った桐生の務めで、今からは奏多の務めでもある。
だから李生。その時まで、生きろ。




