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和装の皇さま ~Another Story   作者: 狼花
彩鈴―――険しき山脈の国
37/43

駆け落ちの旅3

遅くなりまして申し訳ありません。

本日より連載を再開します。

 一応彩鈴の地図は所持していたので、王都を飛び出した宙と蛍はやや北の山中にある村を目指した。到着したのはその日の夜で、とりあえず宿を探したのだが、この寒村には宿など存在しなかった。困った二人は村長らしき人の住む大きな小屋に向かい、一晩泊めてくれないかと交渉した。最初こそ渋面だった村長の老人だったが、宙が腰に刀を佩いているのを見てある提案を持ちかけてきた。


「最近村の傍の山の中に獣が棲みついて、夜ごと畑を荒らしに来る。その獣どもを退治してくれないか。約束してくれたら、うちに泊めてやろう」


 この村は農業に従事する者がほとんどで、畑を荒らされると生活ができなくなるのだ。何とも物騒な依頼だったが、宙も蛍もそれを了承した。元々刀1本で諸国を渡り歩くつもりだったので、これは願ってもない仕事の依頼である。


 夜中宙と蛍は交代で畑を見張っていたが、結局獣は来なかった。仕方がないので、翌朝になってすぐ獣退治のために山に入ることになった。温かい朝食まで出してもらえたので、これはなんとしてもやり遂げなければならない。


「なんかのどかな山だけど、本当に獣なんて棲みついているのかな」


 草を掻き分けつつ軽い足取りで斜面を登る宙のあとを追いながら、蛍が頷く。


「さっき、足跡があったよ」

「え、ほんとに……?」


 宙がぎくりとして呟き、それから溜息をついた。


「全然気づかなかった……やっぱ目の付け所が違うんだな」

「宙が何でもできたら、私の仕事がなくなるから。これで丁度いいの」

「成程。じゃあ、俺もそう思っておく」


 二人はさらに山を登っていく。と、数分したところで傍の茂みが揺れた。宙が刀を構える。


「おっ、来たな……」


 宙の言葉通り、茂みから獣が飛び出してきた。


 宙は刀を一閃させる。その一撃で獣は絶命して倒れ伏す。すると次から次へと獣があふれ出してきて、ふたりを取り囲んでくる。宙がげっと苦い顔をした。


「どこにいたんだよ、こんなに……」

「様子が変……なんだか狂暴」


 蛍はぽつりと呟く。自然と蛍と宙は互いの背を預けあって立っている。宙は獣たちから目を逸らさずに尋ねた。


「普通は、こんなじゃないのか?」

「うん。……もしかしたら、子どもがいるのかも」


 野生の獣は、子どもを守るために凶暴化する。いまはその影響が出ているのかもしれない、ということだ。


「……子どもまで、退治しておかないとな」


 宙がポツリとつぶやく。非情だが、宙も人間である以上は人間の命を優先させる。それに、宙と蛍が依頼されたのは『獣を退治して、村の被害の元を断ってくれること』だ。そのためには、いずれ成長してまた村を襲う可能性のある子どもも退治する必要がある。


 傭兵として生活していくというのは、多分そういうことなのだ。感情は捨て、仕事を優先させなければならない。


 獣が一匹、宙にとびかかってきた。宙は姿勢を低く取り、両手で掴んだ刀を振り上げた。腹を切り裂かれた獣は、切ない悲鳴を上げて地面に倒れ、二、三度痙攣して動かなくなった。その横で蛍の強烈な回し蹴りが炸裂し、獣が吹き飛ばされる。蛍は所持していた短剣を引き抜き、倒れた獣の首筋にそれを突き立てた。その蛍を背後から襲おうとした獣を、宙が退ける。


 成獣たちを残らず倒した宙は、周囲の散策を始めた。そして、小さな洞窟を見つけて中を覗き込み、蛍を呼ぶ。


「ここがねぐらだ。奥に子どもがいる」

「そっか……」

「……蛍は、入り口見張ってて。俺がやるから」


 蛍が驚いて宙を引き止めようとしたが、するりと蛍の手をかわして宙は洞窟の中に入った。彼は、蛍の分も汚れ役を引き受けるつもりなのだ。いくら害獣であっても、子どもを殺すのはあまりにも惨い。宙には、蛍にそれを見せてたまるかという思いがあった。


 宙の背中を見送った蛍は、大人しく洞窟の入り口で待機することにした。まだ討ちもらしがあるかもしれないと警戒し、深い森の奥を見据える。


 と、横手の茂みが揺れた。はっとして身構えると、そこから現れたのは人間――今最も見たくない人物であった。


『琥珀……!』

『探したぞ、蛍石』


 追っ手の琥珀であった。もう見つかってしまった。蛍が一歩後ろに下がると、琥珀が一歩前進する。すでにその手には短刀が握られていた。


『いい加減に戻ってこい。中途半端に外の者と交わるな』

『中途半端なんかじゃないわ。私は……本気』


 きっぱりとした蛍の言葉に、琥珀はもう何も言わなかった。黙って間合いを詰め、蛍に短刀を振り下ろしたのだ。


 蛍は横っ飛びにそれを回避する。続く二撃目は、身をかがめてやり過ごす。だが、かわすのが精いっぱいであった。琥珀の武術は卓越しているし、こちらが攻撃に移れる隙はない。


「ったく、しつこい野郎だな!」


 そんな声と共に洞窟から飛び出してきて、琥珀に斬りかかったのは宙である。宙の刀はすでに血に濡れている。


「宙!」


 蛍が表情を輝かせる。宙は琥珀と刃を打ちかわしながら怒鳴りつける。


『いいか! 蛍は帰らない、俺と一緒に来ると彼女本人が決めたんだ! 蛍の考えを否定するなよ!』

『貴様が誑かしたのだろう……! 我々は、外界とのかかわりを断った一族。掟に反する者を野放しにはできない』

『掟? それがそんなに大事か? 人ひとりの人生狂わせるほど、あんたは偉いのかよっ』

『掟は絶対なのだ! 私はその掟の守護者。責務を果たすまで!』


 振り下ろされた琥珀の斬撃を、後方に飛びのいて宙は回避する。だが場所は傾斜のきつい山中で、足場の悪い場所での戦いは琥珀が秀でていた。一気に宙に肉薄した琥珀の一撃が襲い掛かる。


 鮮血が舞った。宙の右腕から大量の血が滴り落ちている。蛍は悲鳴を上げかけてなんとか声を抑える。


 宙は冷静だった。琥珀に体当たりして後ろに退かせた隙に、蛍の腕を掴んで宙は走り出したのだ。負傷した今、もはや琥珀に勝つことは不可能であった。


 琥珀は遠ざかる宙と蛍の後姿に怒鳴った。


『血の契りも結んでいないのに逃げるなど、中途半端以外の何物でもない……!』



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 宙は急いで村に戻り、村長に獣討伐完了を報告した。村長は、宙の腕の傷からの出血がまだ止まっていないのを見て処置を申し出てくれたのだが、宙はそれを断った。そしてそのままの足で、慌ただしく村を出たのだった。


 歩きながら器用に止血をして包帯を巻いていく宙を見て、蛍は小さく縮こまった。


「ごめんね、宙。ごめん……」

「蛍が謝ることじゃないよ。気にすんなって」


 宙はにこやかに笑う。


 彼ら、というより宙の足は青嵐方面へと向いていた。蛍は宙について行っているだけなので、一体どこへ向かっているのか分からなかった。けれども宙の足取りは確たるものであるから、気が向くまま歩いているわけではなさそうだ。


 包帯を留めた宙は、袴の裾についた埃を払った。そして蛍を振り返る。


「蛍」

「ん……?」

「蛍の一族、もう殆ど若い人がいないんだよな。それはなんで? 子供がかかる流行り病でもあって、みんな死んだのか?」


 蛍には思いがけない質問であっただろう。


「そうじゃなくて……みんな一族を出て都会に行っちゃったの」

「行っちゃった人たち、どうなったの? 琥珀みたいな奴が追いかけて、殺した?」

「ううん。血の契りを結んじゃえば、もう掟から解放されるから……」


 言いかけた蛍がはっと我に返る。宙がにっと笑った。


「そ、俺はそれが聞きたいの。『血の契り』って何? それを結べば、琥珀は追いかけてこないのか?」

「……ち、血の契りは、一族の人間が外部の人間と交わす契約なの。私たち一族の事情を口外しないと誓うもの、私たちはそんな誓いを信じるというもので……よ、要するに結婚の誓いだよ」


 赤面しつつ呟いた蛍を、じっと宙は見詰める。成程、そうやって蛍の一族の若い者たちは集落を出たのか。やはり閉鎖的な村は息苦しかったのであろうか。二度と戻れないという誓いを立ててでも、掴みたかった未来があったのだろう。



「……じゃあ、結ぶか。その誓い」

「え!?」


 あっさりと飛び出した言葉に、蛍が驚愕して顔をあげる。


「そんな簡単なものじゃないんだよ?」

「分かってるよ」

「私の事情で、宙にそんなことさせるわけには……!」

「あのね、蛍」


 宙は改まって蛍に向きなおった。


「重要なことだから、俺もちゃんと考えたよ。俺はむしろ、蛍とその契りが結べたらすごい嬉しいんだけど」

「……え?」

「琥珀が中途半端って言ってたけど、実際中途半端だよな。逃げるなら、本気で逃げようぜ。あいつが文句言えないように、遠くまで」


 それを聞いて、蛍は思う。もしかして琥珀は、契りを結べと暗に促していたのだろうかと。蛍と琥珀は、一族に残された若者のうちのふたりだった。昔から何かと気にかけてもらっていたし、蛍も兄のように思っていた。


 だからこれも、琥珀なりの心配か――。


(……分かりにくい人)


 そして宙は、とんでもなく分かりやすい。


「蛍が嫌でなきゃ、俺がその契りを結びたい」


 その真摯な言葉に、蛍は破顔した。


「嫌なんて……そんなことない。嬉しい……」


 宙は微笑んで頷いた。


「で、どうすればいいの? その契りって」

「うん……」


 蛍は宙に近づき、ごく自然な動作で背伸びをし、宙の唇を自分の唇で塞いできた。ぎょっとした宙であったが、次の瞬間口の中に鋭い痛みが奔る。蛍が宙の唇を少し噛みきったのだ。


「ッ……」


 口内に血の味が広がる。思わず宙が咀嚼すると、蛍はすっと離れた。


「これで、終わり」

「……成程、だから『血の契約』か」


 宙はあまりにもあっさり訪れたキスに目を白黒させてしまったが、思ったより心は落ち着いていた。そして自然に、それを『嬉しい』と感じている自分がいることに気付く。大層な名であったが、結局は当人同士が契約を守る誓いを立てて終わりなのだ。


「……蛍、このまま青嵐へ行こうか」

「青嵐に?」

「うん、俺の故郷。前は慌ただしくて、全然神都も見れなかっただろ。あんなんでも、割といいところもあるんだよ。それを紹介したいんだ」


 国外に出れば、きっと琥珀も追ってはこない。宙はなんとなくそれを確信していた。


「ほんとの意味での駆け落ち、しようぜ」


 その言葉に、蛍は満面の笑みを見せてくれたのであった。



 このふたりが青嵐に新居を構えて生活するようになるのは、まだもう少し先の話――。

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