表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和装の皇さま ~Another Story   作者: 狼花
玖暁―――輝ける陽光の国
16/43

少年の日の思い出15

再生暦5009年5月

 日の出まで、あと二時間。


 薄闇の中でうごめく多数の影がある。それは解放軍でも市民でもなく、私兵騎士団だった。彼らは解放軍が夜明けとともに総攻撃をかけるということを知っていた。解放軍は市民に助力を申し出ているので、そういった指令が一般に出回る。それを私兵騎士が掴むのは容易なことであった。


 私兵騎士団は夜明け前に、解放軍を急襲するつもりだったのだ。


 だがそれらは解放軍に筒抜けであった。私兵騎士団がそう動くだろうと予想し、わざと知尋が大々的に「明朝に出撃」を言いふらしたのである。


 私兵騎士団が、静まり返っている解放軍の総本拠地を包囲した。そうして一気に突入したが、なんと民家の中はもぬけの殻だった。何事だと不審に思った瞬間、外に待機していた仲間たちが悲鳴を上げた。慌てて突入組が外に出ようとしたのだが、戸口で鉢合わせた人影に一刀で斬り捨てられてしまった。


「誰が奇襲を甘んじて待っているか、っての」


 吐き捨てたのは御堂瑛士である。解放軍はあらかじめ戦闘用意を整えており、奇襲に来た私兵騎士団を逆に奇襲することに成功したのだった。


 明け方の皇都に、腹の底に響くような笛の音が降り注いだ。闇に身を潜めていた真澄が、ひとり広場に出た。そこで真澄は声を張り上げた。


「さあッ! 出撃の時は来た――ッ!」


 その声に応じ、多数の騎士が姿を現した。真澄は抜き身の刀を天に掲げる。


「狙うは皇城、悪政皇の首のみ! 恐れることはないッ、進め――ッ!」

『おお――ッ!』


 騎士たちが雄叫びとともに駆け出していく。目指すのは一路、皇都の南にある皇城だ。真澄もその突撃の列に加わった。解放軍の拠点を襲った私兵騎士団をあっさりと片付けた瑛士は、駆け寄ってきた昴流と、その後ろにいる騎士の卵たちに声をかけた。


「この地区の守りはお前らに任せる。いいか、くれぐれも気をつけろよ」

「はい。瑛士さんこそ気を付けて」


 昴流の言葉に頷いた瑛士は、付き従う十五名ほどの騎士とともに、突撃部隊を追いかけて走り出した。昴流はそれを見送り、大典をはじめとした騎士学校の仲間たちを振り返った。みなが手にしているのは木刀で、真剣は昴流のみ所持している。それにしてもかなり緊張しているようで、大典でさえあまりの緊迫感でかちこちに固まっていた。


 このクーデターには市民が参加する。だが全市民が武器をとるわけではない。真澄はそんなことを強制など絶対にしないのだ。だから今回のクーデターに参加せずに傍観する者は多数いる。そんな彼らを、見境をなくした私兵騎士が害しようとするのを防ぐというのが、昴流に与えられた使命だった。昴流と少年たち約三十名、そして同規模の騎士隊が、この地区での防衛にあたる。


「大丈夫?」


 昴流が問うと、大典はぎこちなく頷く。


「緊張はしてるけど、大丈夫だ」

「相手の命を奪おうなんて考えなくてもいい。そもそも木刀じゃ無理があるし、敵も同じ国の民だ。必要以上の殺生を殿下は好まれない。貴族の私兵は基本的に腰抜けが多いから、一撃が入ればきっと引き下がるよ」

「引き下がらなかったら?」

「僕が斬り捨てる」


 表情を崩さずに言い切った昴流に、大典は生唾を飲みこむ。だが、今更後戻りはできない。


「行こうか」


 昴流はみなをそう促し、その場を離れて住宅地のほうへ向かった。


 そのころ突撃部隊の先頭は、市街地の真っただ中に差し掛かっていた。広い大通りはまっすぐ皇城の正門へ繋がっている。この道の両脇には様々な商店が並び、平時なら深夜とはいえ明かりが煌々と点いていた。だがいまこの道を占拠するのは無骨で改革に燃える騎士たちであり、常の華やかさは微塵もない。解放軍は小細工など弄さず、正面突破を図っていた。


 前方から大軍が押し寄せる。私兵騎士団であった。真正面からまともにぶつかり、もみくちゃの乱闘となる。勢いも技量も解放軍騎士のほうが上だが、いかんせん私兵騎士団は層が厚い。分厚い私兵騎士の軍を突き破ることは出来ず、先頭から順に騎士が脱落していく。


「――頭を、下げなさいッ」


 後方から知尋の声が響く。その声に応じた騎士たちがさっと身を引くと、私兵騎士団に特大の光が撃ち落された。それは巨大な爆発を引き起こし、私兵騎士たちを無慈悲に吹き飛ばしてしまう。


 その隙を狙って、真澄と瑛士が前線に躍り出た。真澄の刀が一閃するごとに血しぶきが飛び散る。このクーデターにより、短期間で真澄はここまで剣士として成長したのだ。


「皇子だ、皇子を討ち取れ!」


 私兵騎士団の中でそんな声が上がる。敵の砲火が真澄に集中した。だが真澄はなんら動じなかった。二人同時に振り下ろされた刀を、冷静に見極める。そして敵の攻撃が真澄に届く前に、真澄は刀を跳ね上げた。その一撃で、私兵騎士の刀が手首ごと宙を舞った。右手の手首から先を失ったふたりの私兵騎士が悲鳴を上げてのたうつ。


 真澄の会得している鳳飛蒼天流は、反撃というもので成り立つ流派だ。敵に先手を取らせておいて、それを受け流しつつ斬撃を加える。真澄を下すには、真澄以上に正確かつ強力な反撃が必要だった。


 その圧倒的な強さに、私兵騎士が鼻白んだ。真澄は意図的に、口元に冷たい笑みを浮かべた。


「これで終わりか?」


 玖暁とは騎士の国だ。ただでさえ強さが要求されるが、真崎の影響で皇の強さまで重要なこととなってしまっている。真澄は武皇の後継者として相応しい――敵味方に、それを示さねばならない。


 一瞬怯んだ私兵騎士たちだったが、腹を決めたのかもう一度斬りかかってきた。その斬撃を、真澄の前に割り込んで防いだ者がいる。瑛士だった。


「ここは俺に任せて、真澄さまと知尋さまは先に行ってください!」

「分かった」


 真澄はすぐさま身を翻す。それを追いかけようとした私兵騎士たちを、瑛士が斬り捨てる。


「行かせないぜ。さあ、死にたくなかったら退け!」


 私兵騎士たちにとって御堂瑛士は新参者だ。桃偉の弟子といってもどれほどのものか、という程度の認識しか持ち合わせていなかった。そして結果的に浅慮の償いを自らの生命で果たすことになったのである。瑛士があっという間に五人ほど斬ってしまうと、後方から体格のいい大男が進み出た。


「どけ! 俺がやる」


 その男を見て、瑛士は軽く眉をしかめた。


「あんたは、神谷家の……?」

「亡き兄が陛下に逆らったせいで、我が神谷家にまでいらぬ疑いがかかった。それを晴らすためにも、貴様ら反乱軍を先に進ませるわけにはいかん!」


 神谷家の次期当主で、桃偉の弟である。昴流がいつだったか、したたかに痛めつけられた相手だ。瑛士は無言で刀を構える。私兵騎士のような雑兵とは訳が違うようだ。


 刀同士が激しくぶつかり、派手な火花が散った。さすがに体格に見合うだけの膂力はあるらしい。だが威力だけあればいいものではないと、瑛士は桃偉から学んでいる。再度刀を打ちあわせた瞬間に、瑛士は相手の刀を受け流した。それによろめいた若旦那に、強烈な一撃を叩きこむ。それをなんとか避けた若旦那だったが、一度崩された態勢を元に戻すのは容易ではない。そろそろ決着だ。瑛士がそう思った瞬間に――何やらとてつもない地響きが聞こえてきた。これには両軍とも驚いたのだが、瑛士はすぐに立ち直った。大声を上げて部隊をまとめ、さっさとその場から退いたのである。


 代わって現れたのは、日用品や調理器具を携えた、数万人の市民だった。


「皇子殿下に加勢するぞ――ッ!」

「神谷団長の仇だ、やってしまえ――ッ!」


 私兵騎士たちの十倍近い人数に押し込まれ、あっという間に私兵騎士は撲殺されてしまった。市民が惨殺するのも躊躇わないほど、貴族たちというのは憎まれていたのだ。民の中には、不当な言いがかりで家族を殺された者もいる。積年の恨みを果たすべく、市民は立ち上がったのだ。数秒前まで瑛士と刀を交えていた若旦那も、民衆に押されて圧死している。


 これまで苦しい生活を耐えて受け入れるだけだった民衆たちは、自分たちの手で状況の打破に乗り出したのだ。これは大きな一歩だ。市民の勢いにあわや呑みこまれそうになった瑛士はなんとかその場を離脱し、部下の騎士とともに先行する真澄らを追った。憎悪に燃える市民たちの収拾をとるのは、市街地に配置した騎士たちの役目だ。


 一方で昴流たち騎士学校生は、住宅街を迂回して解放軍の背後を突こうとしていた私兵騎士の一団を見つけ、果敢に攻撃を挑んだ。こちらが三十人に対して、敵は十五人。二対一が成り立つ有利な状況だった。しかも騎士学校で、ふたりでの連携は嫌というほど習ってきた。護身術の剣術でしかなくとも、騎士学校生の戦力はかなり高い。


 昴流と大典、特に昴流のほうは飛びぬけて実力が高かったので、一対一で渡り合っていた。敵のほうも真剣を持つ昴流を危険視してか数人で斬りかかるが、昴流はそれを避け、時に大典に手を貸してもらいながら、すべて斬ってしまった。地面に倒れている私兵騎士の半分が刀で斬られ絶命しており、半分は腕や脚の骨・関節を木刀で砕かれ悶絶している。


 初めての戦闘に息を切らしている仲間を励ました昴流だったが、前方から人の足音が聞こえてはっと顔を上げた。こちらへやってきたその人影は、まず舌打ちをする。


「こんな餓鬼どもに負けるとは、役立たずめ」

「! 浩毅兄さん……か」


 昴流がすっと目を細める。明け方の薄闇に浮かびあがったのは、昴流の一番上の兄だった。つまり昴流らが戦った相手は、早坂公爵家の私兵だったのだ。


「派手にやってくれたな、昴流。まさか私が刀を抜く羽目になるとは思わなかったが……お前の裏切りの罪を、ここで清算してくれよう」


 浩毅が刀を抜き放つ。大典が身構えた。


「この人数相手に、ひとりでやるつもり……」

「待って、大典。ここは僕がやる」


 昴流が親友の言葉を遮り、前に進み出た。大典は目を見開いたが、何も言わずに下がる。浩毅とは自分が決着をつけたいという思いも勿論あったが、何より浩毅は卓越した剣の使い手だ。この人数でかかっても、仲間たちは斬り捨てられてしまう可能性が高い。


「戦う前にひとつ聞きたい――」


 昴流は浩毅を見つめた。


「圭也兄さんや……他の兄弟たちは、どうしているんです?」

「お前が兄弟の心配をするとはな。私以外の者は戦闘の参加を拒否した。圭也など、自ら腕を傷つけた」

「そこまで……」

「兄弟で争いたくないから、らしいぞ」


 その言葉に昴流は目を見張った。


「まったく、あいつもとことん甘い奴だ。私たちに兄弟などという絆を求めるなど、どうかしている」


 昴流の動揺を誘うための出まかせかと思ったが、浩毅の様子を見る限りそうでもなさそうだ。圭也は、昴流と戦うことを嫌がって自分を傷つけた――そこまで大事にしてくれていた。


 いつだって圭也は昴流に優しかった。それに向き合わなかったのは――昴流のほうだ。向き合っていたら、どうなっていただろう。昴流は、咲良の隣以外にも居場所を見つけることができたのだろうか――?


「僕の未来は自分で決める。兄さんの指図は受けない」


 昴流はゆっくりと刀を構える。


「小瀧の血とか、使命とか、そんなくだらないものには従わない! 僕がその呪縛を断ち切ってみせる。だから……いまここで、僕は僕の意思で貴方を倒す!」


 浩毅は無言で刀を持ちあげた。勿論昴流は、浩毅と戦うのは初めてである。緊張はしているが、不思議と恐怖はない。


 ――大丈夫。僕には、桃偉さんの教えがある。負けない。


 昴流が浩毅に斬りかかる。浩毅がそれを受け止め、押し返す。昴流は浩毅と位置を入れ替え、即座に反撃をする。その攻撃も防がれたが、昴流はよろめきもせずに斬撃を重ねる。その昴流の、激しくも巧妙な連続攻撃に、さすがの浩毅もついて行くのがやっとになっていく。


「くっ……」


 浩毅が苦しげに呻く。その表情を見て昴流は、もってあと三撃だと見積もった。


 一撃目。浩毅はなんとか上体を反らしてそれを避ける。二撃目。刃で受け止めるが、剣筋が定まらずによろめいてしまう。三撃目。浩毅の握っている刀が、昴流の刀によって真っ二つに叩き折られた。


 浩毅が愕然とした顔になる。常に表情を変えなかった兄の、こんなに驚いた顔は初めて見る。だが、ここで容赦してやるほど、昴流は甘くはなかった。これまで昴流が、この兄に何をさせられてきたか。幼いころは修行と称して散々痛い目を味合わされてきたし、最近は使い捨ての駒にされている。そんな状況を甘んじて受けるのは、もう御免である。


 四撃目が正確に突きこまれる。昴流の刀は浩毅の心臓を貫いていた。昴流は一気に刀を引き抜く。既に絶命していた浩毅は、そのまま後方に倒れた。彼が倒れた地面に、赤い水たまりが広がっていく。


「――兄殺し、か」


 昴流はぽつりと呟き、頬に飛んだ兄の血を拭った。固唾を飲んで兄弟対決を見守っていた仲間たちが、おずおずと近づいてくる。昴流は皆を振り返った。


「心配させてごめんね。先に――」


 言いかけた昴流は、言葉の途中で不自然に口を閉ざした。大典が首を捻る。


「どうした、昴流……」

「――危ないッ!」


 昴流は怒鳴り声とともに駆け出した。向かった先は、最後尾にいた同級生の元。彼のすぐ傍には、木刀で後頭部を一撃されて昏倒していた私兵騎士が倒れていた。その私兵騎士がにわかに意識を取り戻し、刀を掴むと、その少年へ斬りかかったのだ。そのことに気付いたのは、ただひとり、彼らと向き合っていた昴流のみだ。


 昴流は少年を突き飛ばし、敵の刀の軌道上に己の身を晒した。肉を切り裂く音、そして鮮血が地面に滴る音が聞こえる。大典が顔を真っ青にした。


「昴流ッ!」


 昴流は肩に一太刀を浴びたが、それをも無視して刀を振り上げた。今度こそ私兵騎士が永遠に倒れる。それと同時に、昴流も刀を取り落して崩れ落ちた。


 わっと仲間たちが駆け寄ってくる。昴流に庇われた少年が「昴流、ごめん、ごめん!」と言いつつ縋り付く。そんな彼らに「どけ!」と怒鳴りつけ、大典が昴流の傍に膝をついた。大典は一片の力が入らない昴流の華奢な身体を抱き起す。


「おい、しっかりしてくれ!」

「……平気、だよ。力が、抜けただけだから……」


 昴流は閉じていた目を薄く開くと、ゆっくりと身体を起こす。懐から布を取り出してそれを引き裂き、自分の肩に巻き付けて止血をする。だが斬られたのは右肩だった。昴流の利き手だ。相手が珍しく、左利きの騎士だったのだろう。この怪我では、これ以上刀を握ることは絶望的である。この少年たちの部隊は、昴流が実質的に統率してきた。その昴流が戦闘不能では、さすがにこれ以上の戦闘継続は厳しい。他部隊に合流するか、昴流が傷の手当を受けることができれば、継続できるだろうが――。


 そんなことを考えながら昴流がふらりと立ち上がると、大典は傍に落ちていた昴流の刀を手に取った。肩を押さえながら昴流が眉をしかめる。


「大典? 何をするつもり――」


 大典はくるりと昴流に背を向けると、木刀によって昏倒している私兵騎士の元に歩み寄った。それを見て、昴流が目を見張った。


「……! 大典っ……」


 大典は昴流の刀を、私兵騎士に向けて突きこんだ。誰も何も言えなくなったなかで、大典は念入りにとどめを刺して回る。全員の喉元に刀を突きこんだ大典は、刀を昴流に返す。


「自分が傷つくことを恐れて誰かを守れると思うなんて、馬鹿のすることだよな」

「……」

「俺も、昴流と同じ痛みを背負った。だから、最後まで一緒だ」


 昴流はその刀を受け取り、大典を見上げた。それから、ほろ苦い笑みを浮かべた。


「……分かったよ」


 昴流は刀を鞘に納め、歩き出した。仲間たちがそれに続く中で、大典が僅かに握りしめた拳を震わせた。豪胆なこの少年にとっても、人殺しの罪は重かった。


 それでも――彼ら騎士学校の少年たちの戦果は、目覚ましいものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ